君がいる明日 - main
blindfold 後編


 あれから幾日か経った、矢張り放課後の生徒会室。



「で? 見付かったのか?」

「いや……まだだ、つかあいつ、一日中俺を探してばっかいやがる。そんなに俺をからかい倒してぇのかよ。これじゃあ、あいつが誰を好きなのか分かりゃしねぇ」

 はぁ、と盛大な溜め息を漏らしたイギリスは項垂れる。机の上に肘を付いて組んだ手に額を乗せた。
 そんなイギリスの前、生徒会長机に散らばる資料はどれもがアメリカの隠し撮り写真だ。

「一日中って喩えば?」

 何処か遠い目をしたフランスが、「何でそこ大事なとこに気付かないんだ」と漏らす声はイギリスに届かない。
 机上の写真の中から、イギリスは登下校の様子を撮ったものを幾つか抜いて一番上に並べた。
 正面に立つフランスに見えるように自分からは反対向きに置いた写真を、端から順に指差す。

「まずは朝だ。俺が遅刻者チェックで正門に立つ日は必ず遅れて来やがる癖に、俺が担当じゃない日はそうでもねぇ。しかも見ろ! 俺が担当じゃない日に遅れてくる時はあいつ、塀を乗り越えて来てやがったんだ!」

 イギリスの手が、アメリカの写真を広げる為に隅へと追いやられて山を成す資料をバシッと叩いた。
 本気で憤っている様子にも関わらずアメリカの写真を叩くのは避ける辺り流石イギリス、とは口に出さずにフランスは写真をマジマジと見詰めた。
 端から順に、腰に手を当てて説教をしてるイギリスをどこ吹く風でからかいながらも其の口許は確実に緩んでいるアメリカ。
 生徒会の腕章を付けて正門に立つセーシェルの前を、堂々と余裕で通過するアメリカ。
 裏口付近と思しき高い塀の上から綺麗に着地するアメリカ。
 イギリスが遅刻者の首根っこを捕らえて生徒手帳の確認をしている背後から、脅かすつもりなのだろう、両手を広げて忍び寄っているアメリカ。

「あ〜あ、アメリカのやつ楽しそうな顔しちゃって、よっぽどお前に構って欲しいんじゃねぇの?」

「はぁ!? 嫌がらせだろ! こいつに構って目の前でみすみす遅刻者を逃した事は一度や二度じゃねぇぞ!」

 イギリスは次いで机の引き出しを漁り、取り出した紙封筒からまた別の写真を幾つかフランスの前に提示する。

「これも見ろ!」
「これは……? ってアメリカのクラスの授業風景じゃないの! どうやって撮ったんだおい」

「企業秘密だ。んな事より! ほら……!」

「……アメリカのヤツ、外見てばっかだな……はは、なんだよこの嬉しそうな顔、外に宇宙人でも見付けたのか?」

 写真はどれも、アメリカは机上に教科書を出してこそ居るが、窓際の特権を生かして外を見ているものが大半だった。
 中でも飛び切りの笑顔で窓の開いた外に向かって手まで振っているアメリカを指して、フランスが笑う。
 その瞬間、イギリスは握り拳で書類の山を殴った。上の数枚にグシャリと皺が出来てよれる。そのままの勢いでイギリスはフランスを怒鳴りつけた。

「ちげぇよ……これはな! 俺が外のグラウンドで体育の授業を受けている時、あいつが
『イギリスー!君の眉毛は此処からでも良く見えるぞー!』
って言った時の顔だ!」

 フランスとイギリスは同じクラスだ。フランスも同じ記憶に思い至ったのか、顎を擦りながら頷く。

「あー……そういや確かにんな事もあったな。いやけどよ、その後に……」

「極めつけはこれだ!」

 ──その後、羞恥で肩を震わせながら泣きそうになったイギリスに、アメリカが二階の教室の窓から飛び降りて来て、必死に弁解してたじゃないか。そんなフランスの言葉は、顔面に叩き付けられた書類の束によって阻まれイギリスには届かない。

「いだっ! もう! ったくよぉ……ん? 生徒会室か……この盗撮写真の何処が問題なんだ?」

「何処って……ちゃんと見ろよ!! このアメリカの顔!」

 イギリスは自分が見た事の無い穏やかな表情で柔らかく微笑むアメリカを指差しながら泣きたくなる。
 彼の視線の先にいるのは、金魚だ。

「俺、こんな顔向けられた事ねぇよ。俺は金魚以下なんだ……」

「んな事言ったら俺だって金魚以下……っか見るとこ違うでしょーが! ほら此処!」

 フランスの指が示す先には、遠近法により写真の隅に小さく映るイギリスが、会長机に突っ伏して眠っていた。

「っ悪かったよ! 最近はアメリカの事ばっか考えて眠れなくてだな……」

 居眠りを指摘されイギリスはバツが悪くなる。
 フランスは叫び出したい衝動を抑えて写真の中のイギリスの、肩の部分を指差した。

「だぁあ違う!! ほら……これ! お前の肩にアメリカのジャケットが掛かってんじゃねぇか!」

「ん? ああ……これか、この写真見てから気付いたんだよな。こん時はアメリカが金魚に
『君は何処かの眉毛と違って可愛いね』
っつってんのが聴こえて目が覚めて喧嘩になったんだ」

「……他に感想は」

「机に突っ伏して爆睡なんて、情けない醜態晒しちまった……」

「違う! 違うの! なんかお前の基準おかしい!」

 フランスが首を左右に振りながら身振り手振りで訴える中、イギリスは自分が口にした『金魚以下』の発言に傷付き項垂れていた。
 そんなイギリスを暫し見遣って思案した後、フランスは徐に口を開く。

「はぁ……。坊ちゃん、今この辺りで日本式のお祭りがやってるらしいんだけどさ。気ばらしに行かね?」

「んー……いい、なんか……今なら、眠れそうな気がする、から……」

 項垂れ俯いていた頭がカクッと下がってはのろのろと起こす動作を繰り返す。

「…………好かれてる自覚……ねぇ」

 フランスがぽつりと漏らす頃には、既にイギリスの瞼は閉じられた後だった。




  * * *




 不意に人の気配を感じてイギリスは瞼を持ち上げる。
 いつの間に寝てたのか、そう思いながら視線を巡らせると、スカイブルーの瞳と目が合って。

「やあ、起きたのかい?」

「んあ? ……あめ…りか……?」

 姿を認識し、声を認識し、緩慢と覚醒し始める脳が弾き出した名を紡ぐ。次いですっと伸びて来た指を目で追った。唇の傍まで来てピタリと止まる。
 くす、と小さく笑む音が頭上から落とされた。

「よだれ、」

「………、……っ!?」

 言われた言葉を反芻し、理解した所でイギリスはガバッと音がする勢いで身を起こす。

「っお、お前いつから居たんだよ! 起こせばいいだろ!」

「今来たばかりさ! ほら、これを見せたくてね」

 アメリカが後ろ手に隠していた何かをイギリスの眼前に突き付ける。小さなビニール袋の中に、金魚が三匹と水が入っていた。
 窮屈そうに泳いでいる。

「……きんぎょ?」

「YES! アルフレッドとキクとフランシスさ!」
「へっ?」

「名前だよ! アーサー1匹じゃ寂しいだろうと思ってね」

 言うが早いかアメリカはアーサーの金魚鉢まで近付くと、小さなビニール袋をひっくり返して中の金魚を投入した。

「おい! もっと丁寧にやれよ! 水跳ねてるだろ!」

 ぼちゃぼちゃ、と盛大な落下音に波立つ水面。
 知ってはいたが乱雑な振る舞いに、イギリスも席を立って鉢へと近付く。
 広い水の中に移された3匹は楽しそうに泳いでいるが、突然の出来事に元からの住人だったアーサーは隅の方へ行ってしまった。
 端から見ると仲間の輪から外れているようで、いつかフランスが言っていた「アーサーはお前に似てる」なんて屈辱的な言葉が思い出される。

 ぼんやり眺めていると、1匹の金魚がアーサーに近寄って行った。鼻…があるのかは定かでないが、鼻先を擦るようにじゃれている。

「ほら見てよ! アルフレッドが寄って行ったぞ!」

「分かるのかよ」

 中を泳いでる金魚は、少なくともイギリスには皆同じに見えた。

「アーサーに1番に寄って行ったのがアルフレッドって決まってるんだぞ!」

「ばぁか、んだよそれ」

 アメリカ曰わく、アルフレッドとキクとフランシスは今日祭りに行ったアメリカと日本とフランスらしい。
 最後の1人は名前からして予想出来るが。アルフレッドは…否、仮にアルフレッドがアメリカだとして、理由を訊いた所で帰ってくる言葉はどうせ「ヒーローだからさ!」とかそんな所だろう。
 イギリスは、水の中でパクパクと口を開閉させて何事かを話しているように見えるアーサーとアルフレッドの2匹を、温かな気持ちで見詰めた。

「……ねえイギリス」

 金魚鉢の透明硝子を指先で突いていたアメリカが、僅かに声の調子を変えた。
 視線は鉢の中を見据えた侭、静かな声がイギリスを呼ぶ。
 なんだが酷く言い難い話でもするみたいだ。
 自然とイギリスの声も強張る。

「……な、んだよ……」

「なんで電話に出なかったんだい? 君も誘おうと思ったのに」

「は? 何言っ……あ、携帯忘れた」

「全く、君って人は……まあ、お陰で良い話が聴けたけど」

 アメリカが金魚鉢から名残惜しげに視線を剥がして、ゆっくりとイギリスを振り返る。
 真っ直ぐに注がれるスカイブルーの瞳。声は僅かな緊張を孕んでいるように思うが、背筋はすっと伸びて堂々とした態度だった。
 雰囲気に呑まれてしまいそうになる自分を叱責してイギリスが口を開くより先に、アメリカは更に続ける。

「──俺の好きな相手が誰か調べてたんだって?」
「……っ!」

 開き掛けた唇を今度は引き結び、羞恥か怒りか、恐らくその両方でイギリスは顔が熱くなるのを感じた。

(フランス……っ! シメる……!)

 その反応をYESと取ったのか、アメリカは確認もせずに理由を問うて来る。

「どうして?」

「……っ、……お、応援してやる為だ! 可愛い元弟分の叶わぬ恋……なん、だろ? 元兄として、当然だ……」

 自分で"元"と二度も言って悲しくなったが、それよりもアメリカの恋の応援をする自分を想像すると、今にも涙が零れてしまいそうになって。
 なるべく不自然にならないようにと、イギリスは視線を逸らした。

「……けどその人、君みたいに俺を弟扱いするんだ。きっと俺の事、そんな風には見てくれないよ」

「っ……そ、そんなの分かんねえだろ!? お前、お、俺の目から見たって格好良い……し、弟としても恋愛対象としても、両方で好きかも知れねーじゃねぇか」

 違う。それは自分だ。
 また以前のように、兄弟だった頃に戻りたいと思いつつ、しかし弟の恋路を手放しで応援してやれない程に、好きなのだ。

「………それにその人、男なんだ」

「な、何が悪ぃんだよっ! フランスの奴なんか綺麗なら誰でもっつって節操なしじゃねえか! 男も女も関係ねぇよ! お前が好きなら……っ」

 そうだ、男も女も関係ない。
 アメリカだから、アメリカだけが好きだった。──なのに、

「……本当に、応援してくれるんだね?」

「…っ……そうだッつってんだろ!? ヒーローなら、簡単に諦めてんじゃねぇよ!! は、はは……何処のどいつだ、俺が生徒会長の権限使ってでも引っ捕まえて来てやるぜ」

「あはは、それは頼もしいや」

 アメリカが柔らかく微笑ってイギリスを捉える。
 嗚呼、この顔は、金魚に向けていたあの顔だ。
 自分には決して向けられる事の無い、優しい笑顔。
 一体誰を想い描いているのだろうか。
 見ていられなくて、イギリスは俯いた。

「……俺が好きな人、さ……」

「お、おう」

 駄目だ、泣くな、駄目だ。
 逃げ道は既に自分で塞いでしまった。
 アメリカの口から誰の名が紡がれようと、喩え其れがフランスだろうと、そうかと頷いて応援して、祝福してやらなくてはいけない。
 イギリスは耳を澄まし、ぐっと下唇を噛んだ。

「………君なんだけど」

「そうぇァア!?」

 待て、待て、待て。
 今、何だって?
 開いたまま閉じない口もその侭に、イギリスは勢い良く顔を上げて目の前のアメリカを見据える。
「なんの冗談だ?」なんてそんな問いは、紅くなったアメリカの頬を見てしまった自分が許さなかった。
 何も言えずにいると、僅かに逸らした眼差しを再びイギリスへと定め、アメリカがきゅっと眉間を寄せる。

「……俺の為に捕まえて来てくれるんだろう? 早くおくれよ」

 イギリスの目の前で、アメリカの両腕が広げられて。スカイブルーの瞳に捕まった。
 びくり、と大袈裟なまでに肩が跳ねる。

「……あ……」

 それでも脚は、望む場所へと一歩、また一歩と近付いて。
 両手を広げた胸の前、触れ合うギリギリ。イギリスはこれ以上はもう無理だと目を瞑って身を硬くした。

「ねえイギリス、さっき自分で言った事……覚えてるよね?」

 イギリスは固まったまま動けない。

「さっきの言葉は俺に向けられてるって、思っていいのかい?」

 小さく、本当に小さく頷こうとして、近過ぎる距離はイギリスの額をぽすんとアメリカの胸に凭れさせた。アメリカの肩が驚いたようにピクンと跳ねる。

「……君って人は、本当に可愛いね」

 背中に腕が回され、イギリスは逃れようと身を捩った。

「ちがっ…! 今のは事故だ!!」

 それでも、腰を屈めたアメリカに額を合わせられてしまうと、身動き一つ取れなくなる。

「君の気持ちも、聴きたいんだけど。俺は君が好きだ、ずっと好きだった……君は?」

 狭い腕の中で僅かに身動ぎ、手を伸ばしてアメリカの頬へ触れた。
 何故だろう、自分に向けられていると分かった途端に「好き」の言葉だけでは物足りなくなった。
 だってこいつはハンバーガーだってアイスだって好きだ。
 だから、

「……────」

 イギリスは自分の気持ちを、言葉よりも分かり易い態度で教えてやった。





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タイトルの「blindfold」は「目隠し」
目隠しされて自分も周りも相手も見えていなくて、相手の存在しか感じられない。信ずるは己が心のみ。恐らくそんな意味が込められています。

「………畜生、金魚を見る目と同じ目で見やがって…」
「金魚?アーサーの事かい?だってあれは君なんだろ?フランスが言ってたぞ?」
「…………」
「……………」

バカっぷる。

なんだかリクエストの内容に沿えていない気が…!
いやしかしキーワードは全てクリアしている筈!

12000HITリクエスト作品で、【両片思いですれ違いの米英、嫉妬する英】でした!
リクエストされた方のみお持ち帰り可です!






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