君がいる明日 - main
ヲトメ心は爆発寸前!


「大事な話があるんだ──」

 そう言って俺、アルフレッド・F・ジョーンズは、隣の家に住む二つ年上の幼馴染、アーサー・カークランドに約束を取り付けた。
 そして学校が終わった放課後、約束の刻限。

「……」
「………」

 綺麗に片付いたアーサーの部屋の中、俺達は微妙な距離をおきつつ膝を突き合わせて座っていた。
 折り畳んだ膝の上、いわゆる正座した腿の上にきゅっと握った拳を乗せて、俺達は今、無言でお互いに自らの膝頭を見詰めている。
 手を伸ばしても届かない距離、けれどお互いに手を伸ばし合えば届く距離。

 それはまるで、今の俺達みたいに。




 俺は小さい頃からアーサーが好きだった。
 まだ彼を兄だと慕っていた時から、ずっと。
 そんなアーサーが、卒業を機にもう直ぐ引っ越してしまう。


 だから俺は今日、――彼に告白するんだ。


「……アーサー……俺、」


 一旦言葉を切って顔を上げる。
 けれどアーサーが今どんな顔をしてるのかなんて見ていられなくて、俺は再び顔を伏せて目を瞑った。

「っ……ずっとアーサーの事が好きだったんだ。友達とか家族としてじゃない、恋人に……なりたいと思ってる」

「……ッ」

 言葉を挟む余地を与えず言い切れば、アーサーが息を呑む気配がして。
 バッと顔を上げて俺を見たのが分かったけれど、俺は顔を上げる事が出来ずにいた。
 グルグルと目が回っているみたいに、緊張で呼吸さえ侭ならない。

(……言った……っ!)

 屈折十余年、幼い頃に何度も繰り返したさり気ない告白は全てかわされて、否、気が付かれずにスルーされて来たからこその直球勝負。
 喩えアーサーに断られたって、俺は────。

「………も……」

「え……?」

 聴こえた声に、いや、そんなまさかと驚いて顔を上げる。
 すると視線の先に見えるのは、真っ赤になって泣きそうなアーサーの顔で。
「兄弟だろ?」なんてつれない事を言う彼を、押して押して押し捲る予定が崩れて拍子抜けしたのなんて、ほんの一瞬。
 次の瞬間、俺の中を目まぐるしく駆け巡って全身から噴き出してしまいそうになったこの衝動は。

「……俺も……ずっとお前が好きだったんだ……」

 アーサーが、俺の大好きな人が言う。
 ああ、嬉しさでどうにかなってしまいそうだよ。

 そのまま暫く、二人して固まった。
 もじもじ、そわそわと身体が揺れてしまって仕方ない。
 時計の音がやけに大きく感じる沈黙。

「………」
「…………」

 それにつれて、じわじわと湧いてくる実感。
 今日から俺とアーサーは、恋人同士だ!

 でも……ん?

 待てよ……。

 ……恋人同士って──。

「――……なあ、……恋人、って…何するんだ……?」

 ぽつりと漏らされたアーサーの声。
 その質問に、俺は咄嗟に答えられずにいた。
 正直、告白を受けて貰える自信なんてなくて……俺を一人の男として意識してくれたら良いなって、それくらいしか思っていなかったから。
 後の事なんて、まだ考えたことのない未知の領域で。
 俯き加減で耳まで赤くしたアーサーが、不意に赤い舌を覗かせて自身の唇を舐めた。
 上唇、順に、下唇。
 湿って発色の良くなる彼の唇。

「……ッ」

 ゴクリと、喉が鳴ったのを気が付かれやしなかっただろうか。
『唇を舐める時は、キスして欲しい合図なんだぜ〜?』
 アーサーの友人の言葉が思い出されて、俺の心臓は早鐘を打つように鼓動し始めた。

(っ、そ……そんな訳ないじゃないか……!)

 これまでの、ふわふわと身体が浮いてしまいそうな心地良さを伴う動悸じゃない。
 耳の後ろに心臓があるんじゃないかってくらい、ドクドクと全身の血液が騒ぎ出す。

(……「キス」……なんて……)

 言葉にはならなかった、先程の問いへの答え。
 やけに乾いた唇を、口腔へ引っ込めて舌を這わせて舐めた。
 そんな自分の行動にさえ体温が急上昇する。

(……ッち、ちが……今のは、キスを意識した訳じゃないんだぞ……!)

 しかし未だ彼の問いに返していない以上、このまま何も言わずにいる訳にはいかない。
 俺は頭の中の今まで使った事が無い場所をフル回転させる。
 恋人…恋人…恋人──。

「っ……手! 手を繋ごうよ!」

 咄嗟に浮かんだのは、手を繋いで仲良く並んで歩く恋人同士だった。
 俺は焦りながらアーサーに右手を差し出す。

「……手……?」

 アーサーも、まだ赤く火照った表情をきょとんと瞬かせた後、俺に向かってそろりと片手を差し出して。
 俺の右手とアーサーの右手が、恋人同士になって初めて触れ合った。

(……ってこれじゃ握手だよ!)

 俺達は今、向かい合って正座をしたまま、互いに手を伸ばしてギリギリ届く距離で、握手をしている。
 しかも今まで気付かなかったけど、俺の手には汗が滲んでいて。
 これでは、どんなに緊張していたかが嫌でも分かってしまう。

「……っ、…ちょっと離……」

 慌てて手を引いたけど、不意に指先へと力を込めたアーサーが離してくれなかった俺の腕は、微かに動いただけで目的を果たせずに終わった。

「ア、アーサー? ……その、汗が……」

 声が、変に震える。
 アーサーのゆらゆらと揺れた新緑の瞳は相変わらず下を向いていたけれど。

「………嫌だ……離したくない…」

 か細い声が奏でる音色が、一言一言、丁寧に紡がれる。

「……もっと、そっち行っていいか……?」

 頷く以外、俺に何が出来ただろうか。

 手は繋いだまま、アーサーがゆっくりと立ち上がる。
 そのまま俺の方へと歩いて来て。

「あ……、」

 けれど正面から握手している状態なものだから、隣に腰を降ろす事は出来ない。
 結局は互いの位置が少し縮まっただけで、俺は「やっぱり一度手を離そうか?」そう言おうとしたのに。

「………」

 アーサーは俺の間近、真正面にぺたんと座り込んで膝を三角に畳み、縮こまるように背を丸めて膝頭に額を押し付けて俯いた。
 俺の目の前には、アーサーのつむじ。

「ア、アーサー……?」

 ふわふわと無造作に跳ねる金糸から覗く耳は、これ以上ないほどに赤い。
 繋いだ手は、もう熱いくらいだった。
そのまま、暫し時計の音に耳を傾けながら、ただただ瞳にアーサーの姿を映す。

 この人は、今日から俺の恋人。
 ちょっと素直じゃない可愛い人。
 ずっと好きだった人。
 そんなアーサーの肩が、小さく上下している。

「……、…アーサー…?もしかして……寝ちゃった…?」

 一向に顔を上げない彼。
 そんなまさかと手を解こうとすれば、けれど其れを阻止するかの如く指先に込められる微かな力。
(…まったく、もう……)

 余程、恥ずかしいのだろうか。
 そんなにも俺を意識してくれているなんて。

 俺は触れ合う手を離さないように動かして、指先を絡め合うように繋ぎ直した。
 アーサーからも、きゅ、と応えが返る。

 俺達は今、繋がっている。


「…ねえアーサー、顔を上げてくれよ」


 目に見えてピクリと震える肩。
 そろそろと頭が持ち上がり始めて。

 まだ心臓はバクバクいってるし、手は汗が滲んでるし、きっと俺の顔だって真っ赤に違いないけれど。

 きっと泣き出してしまいそうな程に濡れているであろう、新緑を思わせる翠の双眸。
 その眼差しと目があったら、今度は「キスしていい?」って訊いてみよう。


「…、アーサー……あのさ――――」




  ◇◇◇




「大事な話があるんだ…」

 そう言って今日、幼馴染みで隣の家に住む二つ年下の弟みたいな奴、アルが放課後うちに来ると言った。
 用件はと訊けば、此処では云えないと一言返されて。
 けれど何を言われるかなんて、その目を見れば明らかだった。

(なんつー目ぇしてんだよ…)

 アルの直向きな眼差しが、真っ直ぐに俺だけを映す。

(解り易すぎんだよ…ばか…)

 俺はアルが好きだ。そしてアルも俺を好いてくれている。いわゆる両想い。
 バレバレだ、と思っていた…お互いに。

 けれどどうやら、この様子を見る限り俺の気持ちは全く伝わっていなかったようだ。

 ずっとお互いにお互いが一番で、だから特別恋人になりたいとは思っていなかった。
 この春、俺は進学を機に引っ越す事になった…とはいえ、たかだか駅二つ分。
 全寮制でなければ家から通ったくらいだ。
 今だって毎週末帰って来るつもりでいる。

 けれど、この話を初めてアルにした時は、酷く動揺している様子だったから。
 もしかしたら其れが火付け役になったのかも知れない。

(だからって、こんな…)

 アルは今日、休み時間に突然3年の俺の教室まで来たかと思ったら、教室の入り口まで出向いた俺に開口一番そう言った。
 酷く熱の籠もった、真剣な眼差しで。

 アルは無茶苦茶解りやすかった。
 好意に鈍感と云われる俺が解るくらいだ、きっとよっぽどなんだろう。

 腐れ縁のフランシスが俺に何かちょっかいをかける度に、必ず喰って掛かってはからかわれている。
 嫉妬してくれているのが嬉しくて、そんなアルが可愛くて分かってて敢えてフランシスを放置している俺も俺だが、其れすら分かっていてアルをからかっては毎度見事な報復を喰らって懲りないフランシスも相当だ。


「…アーサー…俺、」


 アルの告白は直球だった。
 小さい頃に何度もされた、拙くて可愛い告白なんてメじゃないくらい。
 俺の部屋に入って来た時からガチガチに緊張していたアルにつられて、ただでさえこっちまで緊張していたのに。
 今まで聴いた事ない低い声に、心まで震えた。

(っ…つーか、顔…赤過ぎ…!)

 もしかすると、赤面は空気感染するのかも知れない。
 告白はアルが部屋に来る前から分かっていた事なのに。
 俺まで、返す言葉が震えた。


 それにしても、ふと思ったんだがアルは俺と恋人になって…どうするつもりなんだろう。

 出掛ける事は余り無いが、週末はほぼどちらかの家で一緒に過ごしているし、泊まる事もしょっちゅうだ。
 食事はほぼ毎日。
 風呂だって、アルが真っ赤な顔して嫌がったつい最近までは良く一緒に入っていた。
 親愛のキスだって、もう何度も。

 となるともう、唇へのキスか、それ以上しか残っていない。

(…キス……)

 以前フランシスが唇を舐めるのはどうのこうのと言っていたが、その通りだと思う。
 無性に乾いた唇を、殊更ゆっくりと意識して舌で舐めた。




 握られた手は、痛いくらいに力強くて。


(…ばか…手、いてぇんだよ…)


 見詰める先では、瞳に宿る雄が微かに見え隠れしていた。

 何だか、繋いだこの手を離したら襲われてしまいそうだなんて錯覚してしまって。
 ずっと伸ばしていた手が痺れて距離を寄せる。

 アルの顔を間近で見ていられなくて膝頭に顔を埋めると、呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに息が荒くて、肩が上下しているのが自分でも分かった。


 間の抜けた見当違いな事を云われた後、不意に、名前を呼ばれる。


(声…震えてんじゃねーか…何する気だよ…ばか…)


 心臓が、バクバクと破裂寸前みたいに鼓動して。

 可笑しいな、真っ赤なアルを可愛いと思う余裕はあるのに。

 分かり切っていた告白をされて、手を握り合っているだけだと云うのに。


 この顔を上げたら、俺は一体何をされるんだろう。




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45000HITリクエスト
【恋人になって初めて手を繋いだ米英】

 @あとがき

誰がこんなものを書けと言っった、と小一時間説教されてしまいそうな話で申し訳ないです。
思いのほか英さんが余裕で、乙女なのが米だけに!
両方乙女にするつもりだった。
サイト一の乙女な二人を目指していた筈だった。
米視点で英が乙女に見えるのは、乙女による乙女フィルターがかかっていただけで、肝心の相手の頭の中では既に大人の階段を登り始めているという結果に。

そんな訳で、乙女攻め×エロ大使、でした!
誰もそんなリクエストはしていない…精進します!






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