君がいる明日 - main
タイムリミットは後1年


『おい……』

 突然の電話、名乗りもしない呼び掛け。
 なんて事ない、いつもの事。

「なーに?」

 電話の向こうの掠れた声には気付かぬ振りを装って、いつもの調子で返す。
 それでも少し声が優しくなってしまうのは、本心ではそうしてやりたいと思っているのだから仕方無い。

 俺がワザとらしいくらいベタベタに甘やかしてやれば、こいつはどんな反応をするだろうか。
 想像すら難しい。

 だって俺達は、殴って殴られて殴り返して、そんな事ばかり飽きるほど続けて来た、所謂腐れ縁。
 そんな俺の相棒、イギリスからの反応はまだない。

『……』

「──あー……俺さ、今ケーキ作ったんだけど、これがもうすんごく美味しくてさぁ。俺って天才? みたいな。作り過ぎて残すの勿体無いから、お前んちに自慢しに行こうと思ってたんだよねー。……今行くから、家に居ろよ?」

『……いい』

 キッパリ断る声に訝しむ。可笑しいな、いつもなら。
 さてどう返したものかと思案するより早く、イギリスからの言葉が続けられた。

『……俺が行く』

 ぽつりと紡ぎ落とされる声。
 淡々と?感情が無い?暗く堕ちている?
 そのどれもが、真に適切な表現までは至らない。
 そんなこいつの機微な違いに気付けるのは、この俺を於いて他にいないだろう。

『ここは、雨の音が煩いんだ……』

 ロンドンは今日も雨、明日も雨。
 電話の向こうからは、激しい雨が窓を打つ音が聴こえて来ていた。
 世界の頂点に君臨していた事もあるこいつに、こんな声を出させる奴は今やたった一人しかいない。


 通話を終えた携帯電話を、着信があっても直ぐ分かるようにとシャツの胸ポケットへ突っ込んで。

「さーて、と」

 頭の中で、手早く出来てかつ直ぐに食べられる事が無く時間が経ってからでも美味い、酒のつまみにも合いそうなレシピを考える。
 既存のメニューになければ、創ればいい。
 味覚音痴なあいつは何を喰ったって美味いだろうけど、それだけじゃないあいつの微妙な匙加減を心得ているのだって、俺を於いて他にいないだろう。

 ロンドンからパリまで2時間15分。 時間を過ぎても来なかったら、玄関の扉を開けてやればいい。 扉の脇で膝を抱えて、丸くなっている筈だから。



 * * *



 ───あれから200年。


「うー……あめりかぁー……ヒック……」

 七つの海の覇権を手放したこいつに、こんな声を出させるのはやっぱり只一人だけだった。

「おっまえ、早く弟離れしろっつの」

「うるせぇ……」

 すっかり出来上がっているイギリスがぼやく。
 パブのカウンターに顎を乗せて、片手はしっかり酒のグラス、もう片方の手はカウンターの上に開いた状態で置かれた携帯電話を操作している。
 俺を見向きもしない視線も、その小さな画面へと注がれていた。

「……」

 昔を懐かしんで遠い目をしたエメラルドが、酒気を帯びて目許を仄紅く染めながら潤む。
 過去への憧憬を湛えて見詰める先には、眠りに就いた幼いアメリカの身体が規則正しく上下に動いている二次元世界。
 これが先程までは「おやすみイギリちゅ」と吹き出し付きで満面の笑みを向けていたのだから、日本の技術には恐れ入る。
 ケータイアレンジ機能。イギリス特注のイギリス専用。

 因みに俺の携帯電話では縦4横3の12のアイコンが並ぶだけのメニュー画面は、昔アメリカが住んでいた家にそっくりな部屋の中、椅子に座って足をブラブラさせながらキツネ色に焼けた『イギリちゅのスコーン』を美味そうに頬張るアメリカの画面に切り替わる。
 そして画面上のカレンダーを選択して決定すればカレンダー機能へ、カメラを選択すれば……との一通りの説明を、もうかれこれ三度は聴いた。

 アメリカ合衆国での世界会議を終えた後、明日は自国で重要な会議があると言うのにこうしてこいつに付き合ってる俺って、ホント───。

 俺は緩く首を振って自分の思考を強制終了する。

「お前がそうやって過去に拘ってるから、アメリカが反発するんだろが」

「……分かってる……」

 頭で分かってるだけ、ね。
 俺は溜め息混じりに隣に座るイギリスへと身を乗り出す。

「……なあ」

 俺の視線にイギリスは気付かない。

「俺が忘れさせてやろうか?」

「──忘れたい訳じゃねぇ……」

「けどよ、今のままじゃお前もあいつも辛いだろ?」

「…………」

 エメラルドの湖面がゆらりと揺らぐ。
 嗚呼、違うよ。俺はその悲しい色をした水を、只止めてやりたいだけなんだ。

「──ま、別に無理にとは言わねえけどよ。いざとなったらお兄さんを頼んなさい」

 癖の強い金髪に指を差し入れてグシャグシャと掻き回す。
 イギリスはされるがままに任せて頭を揺らした後、のろのろと俺を見た。

「……じゃあ、もし俺がさ────」

 苦く笑うイギリスの言葉に、俺は返事一つで頷く。
 携帯の画面は、長く触れられていなかった為に暗くなっていた。




 イギリスがカウンターに撃沈した後も暫く一人で呑んでいると、放置されたままの携帯電話が国家を奏でて。
 見ると、幼いアメリカが受話器を持って画面奥から手前に向かって駆けて来ている。画面一杯まで近付いて来た所で、コケた。と思ったら画面下から満面の笑みで飛び上がって来て受話器を差し出して来る。
 最近イギリスに電話を掛けても出るのが遅いのは、これの所為かも知れない。

 表示されている発信者名は、アメリカ。
 俺は通話ボタンに手を伸ばした。

「アロー?」

『……なんでイギリスの携帯にフランスが出るんだい』

「だってお前、どうせ次は俺に掛けてくるだろ?」

『質問の答えになってないよ。どうして君がイギリスの携帯に出るのかって訊いてるんだ。イギリスは其処にいないのかい?』

 苛立つ声に、若いなと思う。

「いーや? 俺の隣で気持ち良さそーに寝てるけど?」

『……』

 受話口の向こうで息を呑む音。
 俺は内心呆れながら軽い調子で続ける。
 まったく、余裕がなさすぎて揶揄い甲斐もありゃしない。

「今、お前んとこのいつものパブにいる。お兄さん明日は会議でもう帰らないといけないさらさ、引き取りに来てくれない?」

『すぐ行くよ』

 了承を告げる短い声と共に通話が切れた後、アメリカは言葉の通りすぐにやってきた。

「まったく、いい年して自分の限界も分からないなんてね。それじゃ、彼は俺が連れて行くから君も早く帰りなよ」

 ずかずかと此方に近付いて来たアメリカは、カウンターに突っ伏すイギリスに腕を回すと半ば強引に引き摺るように出口へ向かって歩く。
 う〜ん、面白くない。
「そいつ、"アメリカ、アメリカ"ってお前の名前ばっか呼んでたぜ?」

「……それは、"俺"を呼んでいたのかい?」

 意外と鋭いのな。俺はそう思いつつも素知らぬ顔で肩を竦める。

「さーあ、俺にはアメリカとしか聴こえなかったけど?」

 立ち止まったアメリカが、険しい双眸で俺を振り返った。
 確かにイギリスが焦がれていたのは過去のお前だけど、お前を呼んでいた事には変わりないんだから、少しは喜ぶとかしないもんかね。

「お前がいつまで経っても素直にならないから、イギリスが余計過去に逃げるんだろ? 悪いこた言わないから、もう少し優しくしてやれって」

「煩いな、君には関係無いだろ?」

 ──嗚呼、もう……この餓鬼は。

「それが、関係なくも無いんだよなぁ……」

 アメリカの眉がぴくりと動いた。
 返事はないから俺もそのまま続ける。

「お兄さんが本気出せば、寂しがり屋で素直じゃないイギリスなんてイチコロよ?」

 俺の云わんとする所を察したらしいアメリカが、犬歯を剥き出して威嚇する。

「喧嘩ばかりしてるクセに何云ってるんだい」

「泣かせてばっかよかマシだろ?」

 俺を睨む鋭い双眸は、もう既に立派な雄の眼だ。
 一体イギリスはこいつの何を見てるんだか。

「……っ……渡さない……! イギリスは俺のだ! もうずっと前から!」

 アメリカの腕がキツく締まって、イギリスが苦しげに呻く。
 まるでお気に入りの玩具を取られたくない子供だ。

「──……タイムリミットは一年だぜ、アメリカ」




 アメリカが帰った後、俺はずっと自分の手元に置いていたイギリスの携帯電話を開いた。

「──これはアメリカには見せない方が良いだろうなぁ」

 電源ボタンを押すと、目の端に涙を浮かべた幼いアメリカが此方に向かって手を振った後、小さな画面は何も映さなくなった。
 アメリカも小さい頃は可愛かったし、イギリスも気持ち悪いくらい幸せそうだった。

「……あのまま育ってくれりゃ、俺だって腐れ縁で満足だったのによ」

 お気に入りを取られたのは、俺も同じだ。
 大切にしてくれるならまだ良いものを。


『……じゃあ、もし俺がさ、来年の今頃もこんな事ばっか繰り返してたらよ……頼むわ。フランス』


 イギリスの携帯電話をしまって、二人分の会計を済ませて立ち上がる。

「壊されるくらいなら、返して貰おうじゃないの」

 こちとら1000年の筋金入りだ。
 想いの深さも何もかも総て、あんな餓鬼に負ける気はしない。



  ◇◇◇



「……んぁ……? フランス……?」

「違うよ」

「俺のケータイ……どこだ……」

 人の膝の上で目を覚ましておいて、俺がフランスと携帯電話の次って何?
 俺は沸き起こる黒いモヤモヤをぐっと堪えて、イギリスの目蓋を掌で覆った。

「明日になれば見付かるんじゃない? だから、もう少し眠っててよ」

「……アメリカ……?」

「そうだよ」

 目蓋を覆ったままでいると、直ぐに聴こえて来る規則正しい寝息。
 起きている彼には、どうしたって優しくする事が出来ないから……今はまだ、もう少しだけこのままで。

 イギリスの髪を梳き撫でながら、背を丸めて覆い被さる。
 髪に口吻けて、ゆるゆると抱き締めた。

「イギリス……君の事が好きなんだ……」

 自分を只の元弟としか見ていない相手に、どうやってこの想いを伝えればいいと云うのか。

「……ズルいよ……」

 昔からイギリスと対等な位置にいるフランスも、いつまで経っても家族として見ようとするイギリスも、狡い。
 けれど、諦める事なんて……出来ない。



    ( イギリス… )



  ( 君が、)( お前が、)



     ( 好きだ )




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◆あとがき◆

16000HITリクエストで【三つ巴+余裕たっぷりな世界のお兄さん仏+余裕無い米】でした!
本当のリクエスト内容はもっと可愛らしいものだったのですが、全然可愛くなくなってしまいました。
初の三つ巴チャレンジだったのですが、如何だったでしょうか…!

仏の矢印は英に向いていますが、何だかんだ云いつつも米英両方に的確なアドバイスをしようとする仏は世界の兄ちゃんだと思います。しかし嫌味もセットなので愛情まではなかなか伝わらない。

以下、補足+α行きます!

お互いがお互いを羨ましく「ほんの少しだけ(ね/な)!」思いつつ、でも自分のポジションを譲る気は毛頭無い二人。

最後に笑うのは俺だ!と思ってる、否思いたい米と、
最後に笑うのはイギリスであればいいと思ってる仏。

一見、仏に軍配が上がりそうですが…
おっと待ちたまえ、所がどっこい米はまだまだ子供なのです。
仏はこの先も余程の事が無い限り1000年続いた見守りポジションから動かない、また動けないけど、米には1時間後さえ分からない無限の可能性が広がっている。

そんな三つ巴ストーリーへと繋がる、これは序章の物語でした。とか言ってみる。

今後の展開予想。

@↑の後の展開で米に強●されてしまったボロボロ英が仏の所に逃げて来て、一年後を待たずして二人だけの米仏戦争勃発
「好きなんだ…っ!ずっと、ずっと君だけが好きだった!」
A一年後、徐々に素直になって行った米だけどまだ後一歩が足りず擦れ違いの日々。仏が妬かせて焚き付けて米英の背中を押す。兄ちゃんの中の兄ちゃんED
「お兄さんはね、可愛い弟達が幸せならそれでいいの。」
B一年後、結局何も変われなかった米英に、とうとう仏が参戦を決意。繰り広げられる英争奪戦の中、最終的にはどっちか選べと英に迫る米仏。揺れ動く乙女英心展開。
「なんで…どうして…っ、今までのままじゃいられないんだよ…っ!」
Cその他






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