Doubt - 学園祭編 - 4
今になって思い返してみれば、当時の俺はあまりにも子供過ぎた。
全ての敗因はそこにあったと言っても過言じゃあない。アーサーが悪いから反省はしないけど、後悔はしてる。
それまで殆ど俺を世界の中心に置いていたような人の関心を失った。しかも、女の子だと勘違いされてたって理由で。当然納得がいかなかった子供の俺は、……こんな言い方は本当に子供みたいで嫌なんだけど……なんとかアーサーの気を引こうと様々な事を試みた。
悪戯をしたり、ワザとからかうような事を言ったり、頼ってみたり甘えてみたり。
暫くの間そんな事を続けていたらさ、どうなったと思う?
そりゃあもう恐ろしい、取り返しの付かない事が起きてしまったんだ。
『おまえはほんっと、いつまで経ってもガキだなあ』
呆れて笑ったアーサーの顔に。気付いてしまった。
少しずつ昔に戻って行ったと思っていたのは俺の勘違いで、アーサーから俺への扱いは、女の子から子供に代わっただけだったんだ。
違うだろアーサー。俺達は同い年で、男同士で、対等な友人で、君は俺の事が大好きで仕方ないから、君こそが望んでそうしてるんであって、ああもう!
ぜんぜん思い通りに行かない。
だからって、離れる気もないんだけど。
明るい太陽の下、肺いっぱいに吸い込む空気を吐き出すのと一緒に、気持ちも全部入れ替わればいいのに。すっきりしないこのモヤモヤした気持ちが、子供じみたものだなんて思いたくない。
小さく深呼吸をして、驚きの溢れる輪の中に飛び込んだ。
ぽんと手を置いた肩が、ほっとしたように力を抜く。
「やあ、紹介するよ。俺の従兄弟のマシューだぞ」
「初めまして、マシュー・ウィリアムズです」
「わお、並ぶと本当にそっくりなんだぞっ!」
「私はアリス、こっちはエミリーと……」
「桜です、よろしくお願いします」
屋上へ出た俺とマシューを見比べて、感嘆の声を上げたのはエミリーだ。
重い鉄の扉をくぐった先にあった筈の秘密を暴いたのは他でもない俺で。未だ慣れない賑やかな人の気配は、寧ろ本来は好んでいる筈のものなのに。
軽い握手を交わしながらキョロキョロと視線を巡らせるエミリーの探し主が誰か分からないのは、今ここではマシューくらいのものだろう。
俺の空いた両手に目を留めたエミリーが口を開く。
「今日はお弁当じゃないのかい? 昨日も来なかったし」
「ああ、うん。まあね」
「……ア、アーサーは……」
「っいつも一緒にいる訳じゃないんだぞ」
昼休み、学食でハンバーガーをかき込んで、マシューを連れて屋上までやって来たのは、下級生の女の子たちに従兄弟を紹介する為じゃない。って言うか、なんで君たちがここにいるんだい。一応、ここは生徒立ち入り禁止だぞ。鍵は壊れてるけど。
「『生徒会室の窓の補修に付き添わないといけない、関係者以外は立ち入り禁止だ』って言われて、拗ねてるんだ」
「聞こえてるぞマシュー!」
わざわざ残りの休憩時間を費やしてここまで来たのは、アーサーに昨日割れたガラスの修理業者が来るから生徒会室には来るなと言われたからだ。
溜息を吐くマシューを余所にフェンスに近付く。片手を置いて、少し体重を預けるように身を乗り出して、じっと目を凝らす。
両目に双眼鏡を押し当てたレンズの向こう、窓ガラスの更に奥にアーサーの姿が見える。だるそうにポケットに手を入れたフランシス。作業着姿の大人達は修理業者か何かだろう。右に、左に、視界を移して周囲を確認する。
今のところ、異常は何もないみたいだった。
「アル、心配なのは分かるけどやりすぎはよくないよ」
「ちゃんと見てないと、いつどこから敵が襲って来るか分からないじゃないか」
「敵って……もう」
呆れた声のマシューにはもう聞こえない振りをする。
心配だって? 俺はボディーガードとしての使命を全うしているだけさ。君こそ心配すべきじゃないのかい。
「学園祭の競技、アルは射的だっけ? 君を捜してたみたいだよ」
君と間違えられて呼び止められた、と続けるマシューの言葉も話半分に警戒を怠らない。
「俺の仕事はもう終わったんだぞ」
「まったく、君はヒーローなんじゃないのかい?」
「もちろんさ! だからこそ今こうしてるんじゃないか」
窓際で業者と何かを話しているアーサー。そんなガラスの傍にいて、またボールが飛んできたらどうするんだと眉間に皺が寄る。生徒会室から視線を外して、双眼鏡の先をグラウンドへ向けた。
怪しい人影はなし。
溜息と一緒にマシューの気配が離れる。
「ねえねえ、マシューは何に参加するんだい?」
「僕は生徒会のメンバーだから騎馬戦だよ。えっと、エミリーは?」
「アタシはハンバーガー食い競争と園芸だぞ! でももっと確実に勝ちに行けるのにすればよかったよ」
「賞品は生徒会長からのキスですからね」
「さ、桜っ!」
「園芸ならカークランド先輩と一緒にいられるーって張り切ってたじゃない。アタシはこう見えて花が好きなんだぞー、なんて言っちゃって」
「アリスっ!」
背後から聞こえる賑やかな声。
話を聞いていると、学園祭の園芸品目は、園芸部が育てている草花や野菜を展示したり、一般では育て方の講習をしたりするらしい。その展示場所っていうのが、アーサーが育ててる花壇の周辺でやるらしく、まあ要は一緒に展示品として扱おうという算段なんだろう。彼の花壇は見事なものだから。その件でアーサーとの話し合いも重ねているらしい。
「クラスに園芸部の子がいてさ、ちょっと口利いて貰ってアタシがあの花壇担当なんだぞ! って言ってもちょっと飾ったりするだけなんだけどさ」
へへ、と照れたように語尾がふわふわと浮いている。まるで大役を勝ち取ったみたいな言い方だけど、アーサー……もとい生徒会長が大切に育てている花壇をいじりたいなんて言う輩がそうそういるとも思えないし、他の皆も助かったんじゃないだろうか。
アーサーもアーサーで、よく了承したなと思う。あんなに大事にしてたじゃないか。頼まれたからって、そんな風に簡単に誰かに預けたり、あるいは手放せてしまえるものなんだろうか。相手がエミリーだったから?
なんとなく、面白くない。俺には触るななんて言うくせに。
視界の先には、いつの間にか新しい窓ガラスを取り付けようとする業者しか映っていなかった。
突然背後に、のすんと体重がかかる。
「アルも協力してくれよーっ」
子供の駄々のように、肩に頬が擦りつけられる。
話の水を向けられ、双眼鏡を離して振り返った。
「……アーサーは今は誰とも付き合わないって言ってたぞ」
合わせていた視線を逸らしたのは、嘘を吐いたからなんかじゃない。
俺といる方が楽しいって、確かにそう言っていた。
「協力してあげればいいじゃないか」
「マシューはアルより話が早いんだぞっ!」
「自分が彼女を作る気ないからって、他の人まで巻き込むのは感心しないよ?」
「マシュー!」
「そう言えば君、昔っから公言してたよね。『アーサーといる方が楽しいから彼女は作らない』なんて言って回ってさ」
俺だって、アーサーに対してよく分からない独占欲じみた気持ちがある事に自覚がない訳じゃない。
人見知りで、彼にしか懐いてなかった幼少時代。アーサーと二人で遊びたい、と言っていたのは少しずつ変わって、アーサーと一緒にいるのが一番楽しい、になって。
俺がアーサーに向かって彼女を作る気はないって言った時、嬉しそうな反面、目が『俺は欲しい』と言っていたのには気づかない振りをした。
仲の良さに呆れたクラスメイトから笑われるのも、慣れたものだったのに。大人に近づくにつれて違いが色濃くなって来たからか、今では一緒にいるのが意外と言われる始末だ。アーサーまで、時々距離を置こうとしている節がある。そんな事、気づいてやるつもりはないけど。
君だって、本当は一緒にいたいって、思ってる……だろ?
年々素直さをどこかに落として歩いてる彼だけど、たまには言ってくれなきゃ不安になるんだぞ。
この気持ちが一方通行だなんて思いたくない。
「……あ」
始業のチャイムに慌てて屋上を後にして、慌ただしいお昼の休憩時間は終わりを告げた。
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