Doubt 8
「…………」
「…………」
「おはよう、アーサー」
「はよ」
朝は少しばかり寝坊したら、通学路が交わる出合い頭の曲がり角でアルとばったり鉢合わせした。
お互い少しだけ固まって、何でもない風に挨拶を交わして歩き出す。
向かう先は同じ学校だから、当然進行方向も同じだ。
「……ねえ、昨日の話なんだけど」
躊躇いがちな間を置いて切り出された言葉を。
「その話はナシだっつっただろっ!」
顔も見ないまま即座に打ち切った。
だって、何て言えばいい。只でさえ今朝見た夢の所為で気まずさも倍増だというのに。
早足で進む俺の後ろを、アルが数歩分の距離をあけて付いて来る。
それ以上はお互い言葉もなくて、実質距離だけじゃない心の距離みたいなのを感じて息が詰まった。やけに喉の渇きを覚えて、この場から逃げ出したくなる。
そっと振り返って見たアルフレッドは、どこか浮かない顔をしていた。
俺の、所為なのか。
昨日ヘンな事を言ったから呆れられた? 気に病ませた? 怒らせた?
ごく、と喉が鳴った。
「……きょ、今日は良い天気だな」
「そうだね」
「こんな日は絶好のアイス日和じゃねえか」
「うん、そうかも」
ちりちりとした焦燥に急かされて、適当に浮かんだ言葉を紡ぐ。これといって沈黙が苦手な訳じゃないんだが、どうにもこの、アルフレッドといる時の居心地の悪いような空間は苦手だった。
今更服装の乱れが気になったけど、とても手は伸ばせない。
アルフレッドは何かを考え込んでる様子だった。再びちらと窺う顔は、やっぱりどうにも元気がない。
そんなアルを見ていると、どうにかしてやりたいって気持ちが勝って、今まで感じていた気まずさが中和されて行く。
俺は、アルに、笑っていて欲しい。
「アルフレッド」
「ん?」
きゅうと痛む胸を押さえる。
「た、楽しいか? その、彼女出来て……」
早く別れさせてやらなきゃ、アルが好きだと言うなら応援してやりたい。相反する感情が、どちらもキッカケを探している。
「……こんな筈じゃなかった……かな」
「え……?」
苦く笑ったその表情から、俺は答えを見付ける事が出来なかった。
「……サー、おいアーサー。何ぼんやりしてんの?」
「へ?」
弾かれたように顔を上げると、眉を下げて俺を見るフランシスと目が合った。普段の茶化した色は鳴りを潜め、素直に心配だと書いてある。
「まだ風邪が治ってないんじゃねぇですか?」
続くセーシェルの声に、ようやく今が放課後で、生徒会室にいる事を思い出した。
目の前にある書類の山は、始める前とちっとも変わっていない。
「あー……そんなんじゃねぇよ、」
風邪ではない、と一言置いて。
「ちょっと外の空気吸ってくる」
気まずさに目を逸らしながら席を立った。背中に感じる二人の視線を振り切って、生徒会室を後にする。
特に行く宛はなく、俺は校舎裏の花壇に向かった。
土に触れて、雑草を根本から丁寧に一株ずつ抜いていると気持ちが少し落ち着く。端の方に小さな山を作りながら、手慣れた作業をぼんやりと繰り返した。
……アルは、今、何を考えてるんだろう。
俺は今朝から、いや、最近はもうずっとアルフレッドの事を考えてばかりだ。思わず溜め息が漏れる。
俺が放って置いてもなるようになるだろうという気持ち、アリスと約束した手前真相を確かめなければという気持ち、アルの為になんとかしなきゃと思う気持ち、俺自身の為にこの一連のモヤモヤを何とかしたい気持ち。全部がグルグル回って俺を落ち着かなくさせる。
「はあ……」
さっきよりも大きな溜め息を吐いて作業を終えると、手の土を払った。
陽は大分傾いて辺りをオレンジ色に染め、影を長く伸ばしている。フランシスとセーシェルは帰っただろうか。
何にせよ、そろそろ戻らなければアリスが生徒会室に来ているかもしれない。アリスはエミリーから何か聞けただろうか。のろのろと立ち上がる。
「あーっ!」
キンと響くような突然の大声。聞き覚えがあるそれに振り返れば、此方側に駆けて来ようとしてるのは。
「お、おいっ! あぶねぇだろ!」
「へーきへーき! よっ、とと」
慌てて駆け寄る俺の目の前で、ガシャガシャと細い金網を鳴らしてフェンスを登るエミリーの姿。
一番上まで辿り着くと、プールサイドから此方側へと乗り越えて器用に降りて来る。訳もなく手を浮かせてハラハラと見守る中、エミリーが捕まっていたフェンスから手を離してひらりと着地して見せた時、俺は立ち止まって目を反らした。
「もーっ! ちゃんと見ててくれよ!」
「…………」
「……あれ? もしかして見えた?」
「みっ、見てない!」
「白だった?」
「年上をからかうんじゃない! 飛び降りる方が悪いだからな! 危ねぇから二度とすんじゃねーぞ!」
「あははっ、アルが言ってた通り、本当は口が悪いんだね」
「うるせえ! つうか部活動以外の時間は使用禁止だろうが! ちゃんとプールの使用許可は取ったんだろうな?」
「忘れ物を取りに行っただけだから問題ないぞ!」
全く堪えた様子のないエミリーがからりと明るく笑う。
くそっ、人が真剣に悩んでるってのに、何の話をしてんだアイツは。本当は口が悪いってなんだよ。
「あ、そうだ! アーサー…さんって呼んでもいいかい? じゃなくて、…ですか? アルがずっとアーサーアーサーって呼んでるからさ。それにカークランド先輩って呼びにくいんだぞ!」
快活な笑み。やっぱり何処かアルに似てるような気がする。
顔がじゃなくて、雰囲気が。あと、目の色も。
「ダメ?」
「いや、構わない。敬語も。アルの恋人なら、俺の妹みたいなものだしな。ただし、人前では先輩、もしくは生徒会長と呼ぶように」
「………ん。じゃあ早速今から、アーサーって呼ぶんだぞ!」
──今、不自然に間が空いたような。
俺は何か変な事を言っただろうか、僅かな緊張が走る。もしかして。
『エミリーが本当に好きなのは――』
こくり、喉が鳴る。今ここで、何か探れるだろうか。
「……どうだ、アルとは。楽しくやってるか?」
「勿論さ!」
間髪置かずに返される答えに嘘は見当たらない。あまり質問を重ねても怪しまれるだろう。何か決め手となるような、続く一言は。
「ところで」
言葉を投げたのはエミリーの方が先だった。
「アリスから聞いたんだけど、昨日……何話してたんだい?」
「――ああ、アルフレッドがエミリーの恋人としてちゃんとやってるか気になったみたいだ」
ちら、ちらと窺う様子にそう言ってやれば、エミリーはほっと肩の力を抜いた。嘘は言ってない。
「もう! アリスってば、いっつもそうやって子供扱いするんだ。ひどいと思わないかい?」
「はは」
気を取り直したらしいエミリーは頬を膨らませて憤っている。微笑ましい光景は本当に妹が出来たみたいで、心が和らいだ。悪意の類は感じられない。
「そりゃ、昔は何でも頼ったりしたけどさ、今はもう、あたしにも頼って欲しいって思うんだぞ」
「そう言えばいいんじゃないか?」
「きっと相手にされないよ」
「そんな事はないと思うが」
相手にされないって事はないだろう。エミリーを真剣に心配していたアリス。どうでもいい相手の事をあんなに考えたりしない筈だ。
「……じゃあ、もし、アルに言われたら、アーサーは嬉しいかい?」
「アルに?」
急に振られて瞬く。
アルフレッドに──もう君の助けなんか要らないよ、そんな言葉をあっけらかんと、あるいは心底煩わしげに言う姿は悲しいかな簡単に想像出来た。
それに、いきなり頼ってくれと言われても、今までと何をどう変わればいいのか分からない。
分からない事を求められても、きっと俺には出来ないから。
「……寂しい、かな」
「ほらやっぱり!」
「俺とアリスは違うだろ」
「おんなじさ」
エミリーはすっかり拗ねたように頬を膨らませた。
例えば俺が辛い時、思い出すのはアルの事だ。決して口にはしないけど。アリスも同じなんだろうか? なんとなく、同じかもしれないなと思った。だとしたら、それは頼ってる事にはならないんだろうか。
エミリーは小さく拳を作ると、ここにはいないアリスへ宣言するように言った。
「あたしだってもう子供じゃないんだ、恋愛ぐらい、ひとりで出来るんだぞ!」
その台詞が、何故だか俺に言われてるような気になったのは只の錯覚だと分かっている。
「だから次アリスに何か訊かれた時は、もっとちゃんと、成長したあたしをしっかり見るように言ってくれよ。そうすればアリスだって、あたしが大人になったって分かると思うんだ!」
「あ、ああ……」
分かってるのに、まるで図星を刺されたようにドキリとした。
そう、恋愛……なんだ。アルフレッドが今してるのは。
俺とアイツじゃ出来ない、そんな。俺がどんなにアイツの為だと思っても、横から口を出すのは望まれないだろう。
改めて突き付けられた現実に震えた胸が、それまで占めていた大きなものを失ってしまったように苦しい。
今朝の夢に出て来たアルフレッドの笑顔を思い出してチクリと胸が痛む。俺が考えなきゃいけないのは、あんな夢物語じゃなくて──
「俺からもいいか? 頼みがあるんだが」
──そうだ、俺に出来る事、あるじゃねえか。
「うん!」
「二人を見てたら羨ましくなってな。……なんだ、その、好きな人がいるから、相談に乗ってくれないか?」
嘘だけど。
ぱちぱちと瞬くエミリーに向かって唄うように畳み掛ける。
「今まで女性の友人がいなくてな、アルフレッドの彼女なら信用も出来るし、心強いんだが……」
「えっ……あ、うっ、うん! 勿論だぞ! 女心ならあたしに任せてくれよ!」
そうだ、これで。もしエミリーが俺を好きだという話が本当だったとしても、俺に相手がいるとなれば自ずとアルフレッドに目が行くだろう。後はアルフレッドの頑張り次第だ。
アイツに惚れられて落ちないなんて、ないだろうけど。
「それで、アイツ…アルフレッド、まあ多少はバカだがすげえイイ奴なんだ。きっと大切に、幸せにしてくれる。だから……アイツの事、宜しく頼むな」
最後に深く頭を下げて、俺からの話はおしまいだ。
アリスには、もう少し様子を見てやってくれと言おう。
俺がここまでお膳立てしてやるのなんて、おまえだけなんだからな、ばか。心の中で飲み込んだ言葉がチクリと胸を刺した。
「あ……あの……、あたし……ッ、ぁ……っアルが今日はアーサーと帰るって言ってたけど、いいのかい?」
不自然に言葉を切ったエミリーが、俺から目を逸らすように周囲を見渡す。俺はその不自然さに気付かない振りをした。
「俺はんな約束してねぇぞったく」
「あはは。アイスを食べたがってたから連れて行ってあげるんだ、って言ってたぞ」
「誰も食べたがってねぇっつの……」
ガシガシと頭を掻く。もしかしたら今頃、校内を捜し歩いているかもしれない。
いつものように生徒会室の扉を開け放つ姿が浮かんで……思い出した。
今日は生徒会室でアリスと話し合う約束をしてる。今頃鉢合わせしているかもしれない。あんなにエミリーを案じていたアリス。
まずい、もし、アリスが知っている全てを話してしまったら──
「ッ……! い、一緒に来てくれ!」
「わっ!」
エミリーの手を取って走り出そうとした、その時だ。
「エミリー!」
「アーサー!」
エミリーを呼ぶ甲高い声と、俺を呼ぶのは良く知る――
「アリス!?」
「ア、アルフレッド……」
進もうとした先、校舎の影から出て来たのは、先陣切って駆けて来たアリスとその後に控え目に続くアルフレッドだ。青い目に非難の色を見て、俺は慌ててエミリーの手を離した。
「アル、ちが、こっこれは……」
俺がしどろもどろに話す間も、ジャリ、砂地を踏み鳴らして肩を怒らせながら此方へ来るのは、昨日は同じ名前を呼びながら目に涙を浮かべていたアリス。赤縁のレンズの奥、夕陽を浴びて燃えるような緑の瞳は真っ直ぐにエミリーを見据えていた。
「エミリー、聞いたわよ!」
事態を飲み込めずアルフレッドに視線を遣ると、少し離れた場所で立ち止まっていた。目が合えば気まずげに逸らされる。一体なんなんだ。
「えっ、……まさかアル! 言っちゃったのかい!? ひどいじゃないか!」
アルの名前に続く非難の声。俺は目の前でひと嵐来そうな女生徒二人と少し離れたアルフレッドとを見交わして、目を白黒させるより他ない。さっきまでの焦燥感はすっかり霧散していた。
「一方的な同盟破棄は罰ゲームだぞっ!」
「泣いてる女の子に嘘は吐けないよっ」
「あたしだって良心の呵責に耐えたのにっ!」
返すアルフレッドの声は俺の憐憫を大いに誘うもので、訳も分からないままつい助け舟を出してやりたくなる。
「お、おい。一体どうしたんだ?」
先ずはこの場の鎮静化を図るべく二人の女生徒の間に割って入、ろうとした所で今まさに俺に気がついたように見上げるアリスの目には、縁を滲ませる涙が浮かんでいて。その目がぎゅうと瞑られ、辺りに悲痛な叫びが木霊した。
「ッ……あんなに心配したのに……付き合った振りだなんて、よくも騙してくれたわね!」
「…………は?」
大まかな流れはこうらしい。
例の最初にアルが告白された二日後、朝の昇降口で再び手紙を手にしたエミリーを見かけたアルフレッドは、エミリーに接触。罰ゲームだった事を知り、更に話している内にアルフレッドは俺に、エミリーはアリスに子供扱いされている事に互いに共感を覚え、付き合った振りをしようと画策。
名付けて「俺(私)より先に恋人が出来るなんて、アルフレッド(エミリー)は大人だな(ね)大作戦」
俺は心の底から脱力した。
「私がどれほど心配したと思って……! エミリーなんかもう知らない!」
「アリス! 待ってよ! ごめんってば……!」
「はあ……」
走って行く二人を見送れば、残ったのは俺とアルだけになる。視線を感じて半眼を送った。
「おまえなあ……もっと後先考えて行動しろよ。ったく……」
正直に言えば俺も「アルなんか知らねえ!」と走り去りたい気持ちはあった。筆舌に尽くし難い憤り、かと言ってアルフレッドに洗いざらいぶち撒ける訳にもいかないから胸の燻りも半端ない。
けれど、常に自分に自信があって反対意見は認めない精神のアルフレッドが、悪戯がバレて学年一怖い先生に怒られた時より、俺のテディベアの腕を裂いて(少し糸が解れた程度だったが当時の俺には大問題だった)絶交した翌日に謝りに来た時よりも、情け無い顔をしていたから。
まあ、特別に、本当に特別に、許してやってもいいかなって。
「反省はしてるよ……全然思ってた通りにならないしさ」
「なに想像してたんだよ」
アルフレッドは黙り込んだ。深く考えていなかった事が思いの外悪い方へと進んでしまい途方に暮れた、そんな顔。
ばぁか。
俺はアルフレッドの髪をぐしゃぐしゃに掻き回した。
「帰ろうぜ、アイス喰うんだろ?」
「うん、君が今朝食べたがっていたからね」
憑き物が落ちたように柔らかく笑うアルにつられて、俺も気の抜けた笑みを返した。
「……映画も、まだ相手が決まってないなら俺が付き合ってやらない事もねーぞ」
本当に久々に、アルフレッドの嬉しそうな顔を見た気がする。
台風の後みたいなキラキラ輝く太陽と晴れた空。そんなイメージ。
込み上げてくるのは、胸がぎゅっと鷲掴まれたような気になる程の、痛いくらいの歓びだった。
「このままずっと、君と気まずいのかなって思ったら……なんだか、兎に角いやだと思ったんだ」
「……俺も」
道すがら、反省会のようにここ数日に関してポツリと呟いたアルフレッドに同意を返す。思いの外しんみりとした声が出てしまって、慌てて後に続けた。
「だ、大体なあ、恋人が出来たら大人ってなんだよ、その考えがまず子供だろうが」
許してやってもいいかなって思うのと、弱味に付け込まないのは別問題だ。アルフレッドは眉間にむぅと皺を寄せる。
「……だって……そもそも君がいけないんだぞ」
「はあ?」
なんでだよ。
「俺が君と遊んでる方が楽しいって思ってても、君は恋人作るんだろう? 告白されても黙ってるし」
「はぁ……?」
そんな話いつした? 告白? 誰が。俺が? 誰に。セーシェル?
繰り返す自問自答がゆっくりと記憶の引き出しの中から答えを探る。
――ああ、そういえば、そんな設定もあったな。
「そんなこと言われたらさ、悔しいじゃないか。俺ばっかり」
少し唇を尖らせたその顔が、あんまりにも似てるから。
『アーサーは俺のなのに!』
まだ愛も恋も知らないような遠い昔、幼い独占欲をてらいなく発揮してフランシスに食って掛かった姿を思い出す。
「なんだい、何か言ったらどうなのさ。俺は謝らないからな、子供だって笑えばいいじゃないか」
「あー……いや、あれな、その」
俺の発言がそもそもの発端だなんて、絶対認めてやらないけど。
アルフレッドの中に今もまだ当時の気持ちが残っているのなら、例えそれが子供の独占欲だろうと嬉しく思ってしまうのは俺がおかしいんだろうか。見つけた変わらなさが嬉しいと。
言葉を切った俺に首を傾げるアルフレッドは、きっと俺の言葉を信じて疑ってなかったんだろう。それこそ子供の頃と同じように。
晴れた空の色は見れなくて、俺は視線を逸らした。
「──うそ、なんだ」
ぽつりと落ちた言葉。アルがその言葉を理解するまでさて何秒か。心の中で適当にカウントを開始する。
「はあああ!?」
「俺も謝らないからな!」
「なんでだい! ああもう、詳しく聞かせて貰うんだぞ!」
「いや、話せば長……くはならないんだが、まあ落ち付けって」
「ふざけないでくれよ! 俺のことバカにしてるのかい!?」
「し、してねえだろっ!」
「いいやしてるね! 絶対してる!」
「してねえ!」
「してる!」
「じゃあ勝負で蹴りを付けようぜ」
「いいよ、望む所さ」
「弁当対決だ、明日、互いに持ち寄った弁当を交換して食べて、うまいって言った方が勝ちな」
「……、……ん? なんかそれ、おかしくないかい?」
「おかしくねえよ、俺がおまえの分、おまえが俺の分の弁当を作る。んで、喰う。笑顔で「おいしい」って言った奴が勝ち」
「それ、明らかに俺が不利じゃないかい?」
「いつもバクバク喰ってるだろうが! まだ食材あまりまくってんだよ! 言うまで続けるからな!」
「ああもう! そんなまどろっこしい事しないで、今日の夜からでいいじゃないか! それで、おいしいって言わせたら君の勝ち、まずかったら俺の勝ち」
「なっ……!?」
「反対意見は認めないぞ! ちゃんと食べられるものを作ってくれよ?」
あはは、と軽快な笑みを残して走るアルの背中を追う。
「待てよ! ふざんけんな! てめえ絶対言わないだろ!」
「なんだい自信ないのかい?」
拳を振っても届かない距離。
でもその距離が、これ以上離れない事を知っている。
少なくとも、今は、まだ。
兎にも角にも、まだ当分は二人でつるんでいる事になりそうだ。
「くそっ! アルの、ばーーーーか!」
←