君がいる明日 - off

新刊@


プロローグ

 投げかけられた疑問符が羅列するパソコンの液晶モニター。
 オンライン表示である緑の明かりが消えてしまったアイコン。
 来るだろうなと警戒三秒、聞き慣れたオープニングテーマに設定してある着信音を奏でる端末に手を伸ばす。
 発信者名は、予想していた通りアーサーで。ごくりと唾を呑んでから通話に切り替える。
 初の通話に、僅かな緊張。
 ターゲットは無実のアルフレッドか、それとも怒り状態のモンスターより手強い相手か。
 さあいざ、尋常に勝負!
「ハイ! ア……」
『おい、テメエ……いいか、次の休み、必ず家に来い』
 返事を待たずして切れたドスの利いた声に、鼓膜から口元まであちらこちらがむずむずする。
 それは激しいデートのお誘い。
 ──などと思ってるのは、もちろん自分だけだと分かっている。
 何にせよ初のお宅訪問の誘いを受けたアルフレッドは、菊曰く大層鬱陶しく頭がハッピーセットだったらしい。
 なんだいそれ。ハッピーなセットって、それってすごくいいことじゃないか!
 まだまだ初めて尽くしの関係は、始まったばかりだ。

   ***

 待ちに待った週末の土曜日。天気は晴れ。
 アルフレッドは、授業の一限目に出席する日よりも早起きをして、いつもより長めにシャワーを浴びて身支度を整えた。
 そうして予定より一時間も早く家を出たはずなのに。
 ふと視界に入った洋菓子店で手土産を選んでいるうちに時間が過ぎて、電車に乗り遅れそうになって走る羽目になってしまう。
 汗くさくないだろうか、肩口に顔を寄せてすんと鼻を鳴らしてみたが、自分では分からない。
 箱の中のドーナツが片側に偏ってしまった気がして、ガサガサと左右に揺らした。
 乗り慣れていない電車に揺られながら、アルフレッドはそわそわと落ち着かない気持ちを持て余す。
 昨日は日付が変わる前にベッドへ潜り込んだが、なかなか寝付けなかった。
 遠足前の子供って、きっとこんな感じだ。そう自嘲するアルフレッドの口元は、楽しげに綻んでいた。

 アルフレッドが呼び出された理由は、アーサーの家のパソコンを直す為である。
 正確には、インターネットに繋がらなくなったパソコンが壊れていないか確認し、再び繋がるまで世話をする為。
 数日前、アーサーを口説き落とすことに成功した。
 無料でできるインターネットの通話ツールを、とうとう導入すると言ったのである。アルフレッドには、むしろ今まで使っていなかったことの方が驚きだ。毎日ゲームをして、実際に顔も合わせて、連絡先だって交換しているのに。
 初めて会った時、その場の勢いと押しに任せて交換した携帯電話の連絡先。メールでやりとりをしながら、なんとかダウンロードまでは成功して、と、ここまでで二時間かかった。チャットが出来るようになり、通話まで後一歩。
 簡単だから、便利だから、ゲームがもっと楽しくなるから、そうやってなんとか宥め賺して了承の原質を取り、あとはオーディオ機器を繋ぐだけのはずだった。
 だが、コードを差す穴がない、音が出ない、何も分からないと言うアーサーからなんとか言葉を引き出しながら説明していた最中、突然アーサーがオフラインになり、インターネットの接続も切れてしまったのだ。曰く「アルフレッドの所為でパソコンが壊れた」そんなバカな、何かおかしな事をしたんだろう、何をしたのか具体的に説明してくれ。そう言って聞いてくれる人なら、最初からここまで苦戦はしていない。
 そんな訳で、アルフレッドはアーサーの家の呼び鈴を押すに至ったのである。
 通話を渋り、会うのを渋り、野生動物の警戒を解くかの如く縮めてきた距離が、噛み付かれるように近付いた。
 教えられた住所と画像で送られた地図を頼りにやって来たアーサーの家は、駅から少し離れた、小さな庭付きの一軒家だった。アルフレッドの家からは、電車を乗り継ぎ、徒歩も含めてドアトゥドアで二時間ほど。
 肩に下げたメッセンジャーバッグには、ゲーム機と分厚い攻略本、さっき手土産に買ったドーナツの箱、家にあったスタンドマイクが入っている。最近新しいヘッドセットを買ったから使わなくなった物だ。他には財布と、あと何か持って来てたっけ。
 ブツッと音がして、機械越しに誰何を問うぶっきらぼうな声。カメラに向かって笑みを向ければ無言のままプツリと切れて、続いてドタバタと廊下を走る足音が外まで聞こえた。ガチャンと鍵が開けられて、勢いよく開かれる扉。
「アルフレッド!」
 歓迎の声に視線を合わせて、片手を軽く挙げる。
「ようこそなのですよ!」
 下げた目線の先で、両手に片方ずつ持ったルームシューズを床に並べているのは、自称紳士なんかよりよっぽど礼儀正しい小さなジェントルマン。
「ハイ、ピーター」
 この家の兄弟とアルフレッドが顔を合わせるのは、これで五回目だ。今日までの四回は、全てリアル集会所という、ゲームをする事に特化して作られたカフェスペースで。
 ピーターは「アルフレッドはプラチナなのですよ!」とグレードのすごさをアーサーに聞かせていたが、対するアーサーはよく分かっていないようだった。
 君が捕まえた男は相当な実力者なんだぞ、なんて台詞を言った日には、思い切り皮肉られるかそっぽ向かれて臍を曲げられるかのどちらかだろう。それが分かるくらいには、それなりに濃い四日間だった。
「アーサーは?」
「待ちくたびれてるから早くなのです!」
 爛々と輝く瞳で腕を引かれて悪い気はしない。慌てなくても大丈夫だと言いながら靴を履き替えて、促されるまま奥を目指した。





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