君がいる明日 - main
全裸男とお人好し(1〜5話)


「……さむっ」

 サイズの合っていないコートは首回りの隙間風が酷い。
 夜の冷たい風に吹かれて俺は肩を竦めた。
 視線を地面に落として白い息を吐きながら、家まであと少しの道のりを急ぐ。

「NOOOOO!!」

とその時、扉を閉めるような突然の物音と時を同じくして上がる叫び声に意識を奪われて顔を顔を上げると、其処には…

「マシュー!マシューッ!!俺が悪かったよ!だから此処を開けてくれよ!マシュー!!」

男の悲鳴に興味関心は無い。
そう思っていた俺の視線は、その男から外せなくなってしまう。

俺の目の前には…そう。

「マシューッ!」

片手でドンドンと扉を叩きながら反対の手であらぬ所を押さえる…全裸の男が、いた。

「マシュゥウ!マシュ…へっくしゅん!」





「おい…お前、どうしたんだ?」

声を掛けてから、しまった…と思い直す。
なんで自分から見るからに厄介事へ首を突っ込んでるんだ。
けれど後悔したってもう遅い。

「マシューが…っくしゅ!」
「…これ、着るか?」

くるりと此方を向いて寄って来た全裸男に、自分が着ていたコートを脱いで差し出す。

「え?良いのかい?」
「いいから早く着ろ」

本当は全然良くない。俺だって寒い。
しかし目の前で震えながら全裸で居られるよりは余程いい。
俺には大き過ぎるくらいだったコートは、男の身体には少し窮屈だったようで若干手間取りながらも、全裸だった男は全裸じゃなくなった。
ペタペタと裸足で一度玄関まで戻ると、傍に置いてあったサンダルを突っ掛けて再び戻って来る。

「……これからどうすんだ?」
「今夜は友達の家に行くよ」

歩き出した全裸男を見て俺もその後を追う。

「つーか、何で……」

全裸なんだ――?…じゃないな。
追い出されたのか――?…か?
何と訊ねれば良いものかと考えあぐねいていると、男も俺が何を云わんとしているのか察したらしく「聴いてくれよ!」と興奮気味に語り出した。





「風呂から上がったらさ、丁度弟のマシューがコンクール用の絵を描いてたんだ!」

「へー…」

それと全裸で締め出しの共通点は何処だ。
何だその悪い予感しかさせない話の始まりは。

暗い夜道を二人並んで歩きながら耳を傾ける。

「その絵を見て俺は直ぐに思ったね!この絵には、ヒーローが足りないって!」

「………で?」

いやヒーローって何だよ訳分かんねぇよ。
突っ込みは心の中で。

「だから俺が親切にも特大ヒーローを描いてあげたって云うのに、マシューは気に入らなかったみたいでさ……いきなり叩き出すんだから酷い話だよ!腰のタオルまで毟り取られたんだぞ!?君も酷いと思わないかい!?」

薄暗がりでも分かる拗ねた様子に、悪意は無いが反省した様子も無い。

「……まあ…、どっちもどっちだな」

「なんでだい!?ヒーローさえいれば完璧なのに!」

男がオーバーリアクションでばたばたと騒ぐ。
すると直ぐ隣から巻き起こる風の流れが俺の薄着の肌を刺して、俺は思わず身震いをした。

「だぁあ騒ぐなバ…カっくし!…うー……さみ…」

両手で自分の腕を擦って暖を取る。
男は自分が着ている俺のコートを見た後、ちらと俺を見た。

そうだぞ。
お前にコートを貸した所為で俺は寒いんだ。
分かったら、もう少し俺に気を遣うとか敬うとかして、兎に角騒ぐな。

此処はさっさと行ってしまった方が勝ちだと先導しようと足を早めた所で、しかし男の足は俺とは逆にピタリと止まってしまって。
置いて行こうにもコートは返して貰いたいから、俺は仕方無しに振り返る。

「お…」

い。そう呼び掛けようとした声は最後まで紡ぐ事が出来なかった。
パッと顔を輝かせた男の声に掻き消される。

「そうだ!一緒に入るかい?少し歩き難いかも知れないけど、そうすれば二人で暖かいんだぞ!」

男が俺に向かってガバリとコートの前を開いた。

馬鹿だ、此処に馬鹿が居る。

一体何が駄目だったのか、もしそう訊かれたら、俺には「全体的に総てが」そう答えるより他にない。

「バッ……今の自分の格好考えろ!」

「え…?」

間抜けな声の余韻に合わせて、男の肩が冷たい外気の為かぶるりと震えた。
それで漸く気が付いたらしい男が前を閉じようとするけれど。

「きゃーーー!!男の子が露出狂に襲われてるわ!」

「誰が男の"子"だ!!」

「ままままずいよどうしよう!」

暗い夜道が一気に騒がしくなる。

どうしたもこうしたも、此処に居たら捕まる。俺じゃなくてこいつが、だが。
しかし俺には今更この男を見捨てて立ち去る事など出来なくて。
自慢じゃないが、捨て犬や捨て猫の類も見掛ける度に連れて帰ってしまう俺だ。

「ちっ……こっちだ!」

俺は露出狂ことついさっきまで全裸だった男こと、今はコートとサンダル男の手を引いて、さっき通り過ぎたばかりの横道へ逸れて人目を凌ぎ、自分のアパートへ向かって駆け出した。





「っ…此処まで来れば、もう平気だろ」

走った所為で息が上がる。

別に悪い事などしていない…筈だが、うっかり関わってしまった連れが怪し過ぎるのと、若気の至りでやんちゃした時代の名残で思わず全力疾走してしまった。
警察の気配を感じると条件反射のように逃げたくなってしまう。

(いや、逃げると云ってもだな、これは敵前逃亡ではなく、あくまで戦略的撤退であって…)

自分に言い訳をしながらカンカン、と安っぽい音を鳴らして階段を上がっていくと、大人しく後ろをついて来ていた男がポツリと声を漏らした。

「…此処は?」

生意気な事に全く息を乱していない声へと応えるべく、首だけ回して振り返る。

「俺の住んでるアパートだ」

「…いいの?」

白い息を吐きながら物珍しげに視線を巡らせていた男が、パチパチと目を瞬かせて俺を見た。
控え目な言葉は、遠慮していると言うよりかは、呆れて物も云えない様子を俺に伝えて。

「仕方ねぇだろ。文句があるならコート置いて帰れ」

「文句なんてある訳ないじゃないか!だから引っ張らないでくれよ!」

素肌に纏ったコートを悪戯に軽く引くと、男が慌てて一歩後退ってコートの前を掻き合わせる。
思わずぷ、と吹き出したら恨めしげに睨んで来たから、素知らぬ素振りで顔を逸らした。
丁度良いタイミングで辿り着いた自分の部屋の前で足を止め、鞄の中から鍵を探す。
寒さで悴む指先は動きがぎこちなくて、なかなか鍵が見付からない。

「あれ?っかしーな…」
「…まさか無いなんて云わないよね?」
「いっ云わねーよ!」

焦って床に鞄を降ろし、両手を突っ込んで探す。

「何で…朝は確かに……っくしゅ!」

―――ガチャン

「へ?」

くしゃみと同時に聞こえた開錠音に見上げれば、かっちりと視線が合うのは意地悪な青い瞳。

「『朝は確かに』?」

鍵穴から引き抜いた鍵を、これ見よがしに輪っかの部分を人差し指に掛けてクルクルと回して見せる。
そうしてコートのポケットに手を突っ込み鍵を仕舞う様子を見届けた俺の脳裏には、鍵を紛失していなかった安堵よりも即座に上手い言い訳を探せとの指令が下り目まぐるしく働き出す。

「朝は…確かに…っ……うるせぇ!とっとと入るぞ!」

指令は遂行出来なかった。
朝は確かに施錠したあと鞄に入れたような、そのままコートのポケットに突っ込んだような。
…そんなの、どっちだって別にいいだろ。
こうして中に入れたのだから問題無い。
男に内鍵を掛けるよう指示を出しながら、俺はパチリと電気を点けた。

いつもは一人で帰る家に、今日は二人。





「エアコンは?」
「壊れてる」
「え゙!」

コートの上から自身の腕を擦っていた男の動きが止まる。
そんなこの世の絶望を滲ませたような顔をされたって、壊れてるものは壊れてるのだからしょうがない。

「この寒い時期に信じられないんだぞ!」
「うるせぇ!忙しいんだよ!」

修理を頼むとなると、その日は正確な時間に来るかも分からない修理業者を家で待って居なくてはならない。
休日出勤当たり前、平日だってこのように遅い帰宅が当たり前の自分では些か厳しい条件だ。

「風呂入って布団潜って、んでとっとと寝ろ。そうすりゃ直ぐに朝ンなる」
「見掛けに寄らず乱暴だなぁ…」
「外よりはマシだろが」

風がない分、室内の方が暖かいし、寒い外から帰って来たばかりだから多少は暖かく感じる。
見掛けに寄らずって何だよ、とは思ったが、何時までもこうして居ては風邪を引いてしまいかねない。
俺は男に背を向けてクローゼットを開けた。

「風呂はさっき入ったばかりだからいいよ」
「んじゃ…ほら、」

適当に漁ったサイズが大きめのシャツを取り出す。
未だ開けてない新品の下着と一緒に投げ渡すと、男は直ぐに封を破いて眉を顰めた。

「…もっと大きいのは無いのかい?」
「文句あるなら腰にタオルでも巻いて寝ろ」

体格の差を見せ付けられたようでつい突き放した言い方をしてしまうと、男は渋々着替え始めた。
無いものは無いのだからしょうがない。
仕事三昧で此処には寝る為だけに帰って来ているような男の家に、多くを求めてくれるな。
俺は再び男に背を向けて今度は自分の準備を始める。
とっとと熱いシャワーでも浴びようと、バスタオルを引っ張り出した。

ビリッ

「……」
「………」

絹を裂くような音に嫌な予感を覚えて振り返る。
案の定、正に絹が裂けていた。
先程男に渡したシャツが、肩回りがピチピチの状態で首の部分から胸に掛けて見事縦に切れ目が入っている。

「おい!破けてんじゃねーか!」
「だっ、だってこのシャツが小さすぎるんだぞ!」

男がわたわたと脱ごうとする。

ビリリッ

「………」
「…………」

シャツを首から抜こうとする動作のまま男の動きが止まった。

今度は視覚的には何ら変化がない。

「…おい、ちょっと後ろ向いてみろ」

歩み寄りながら云い、返事を待たずして男のムカつく程に逞しい腕に手を掛けて無理矢理反転させる。

「…………」
「……………」

尻が丸出しだった。

つまりあれだ、俺が貸し与えたパンツは無残にも破れた訳だ。

「……お前、腰タオルな」






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◆1〜5話纏め

※米英
※ずっと英のターン
※米の弟に加
※加は美術系
※英の同僚に仏が居るらしい
※英は古アパートに一人暮らし
※英宅のエアコンは壊れている
※米は英にお尻を見られた

◆裏エピソード
サイズが合わないコートは、たまたま偶然コートを買いに行った場所に居合わせた同僚の仏(身長同じ)に、自分が選んでいたコートを
「え?お前なにそれ小さくね?(によ)」
とか言われて
「ばばばはっか!こっちに決まってんだろうが!」
と予定より遥かに大きなサイズのコートを買ってしまったらしい。


 



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