君がいる明日 - main
俺と君の特別な一日


「ねえ、君には誕生日が無いって本当なのかい?」

「は? ……嫌味か?」

 例の如くアポも取らずに突然やって来た元弟のアメリカが、俺ん家のソファに我が物顔で寛ぎながら尋ねてきた。
 俺は奴の為に用意してやった紅茶とスコーンを机に置きながら、思い切り顔を顰めて青い双眸を見遣る。

「いいから質問に答えてくれよ」
「……ねえよ」

 悪びれもせずに促すアメリカへやけくそ気味に吐き捨てて、遣り掛けの刺繍を置いた侭の反対側のソファへ腰を降ろす。

「ただ訊いただけじゃないか」

 君は相変わらず怒りっぽいな、と俄かに気分を害した風のアメリカへ、俺だって胸糞悪ぃと睨みを効かせる。
 普段なら軽い悪態の応酬でも始まりそうな所だが、ここで遣り合う気はないのか其れ以上アメリカが喰って掛かって来る事はなく。
 スコーンの乗った皿をナチュラルに俺の方へと押し遣りながら、アメリカにしては珍しくしどろもどろに話を続けた。

 ……って、おい。この野郎……。

「いや……ね、あのさ……」

 俺から視線を逸らし、言葉を選んでいるのか歯切れの悪い声を聴き漏らさぬ為、僅かに身を乗り出して耳を傾ける。
 ついでにスコーンの皿も元の位置へと押し戻した。

「──この前、俺の誕生日を祝ってくれただろ? ……だから、今度は俺からも祝ってあげようと思ってね。なのに君には誕生日が無いなんて、可笑しいじゃないか」

 諦めたのかアメリカはもそもそとスコーンを食べながら言う。
 オイもっと美味そうに喰えよ、じゃなくて……ハ?何だって?

「はあ!? あ……いや、んな事言ったってしょうがねーだろ……!」

 今度は俺がアメリカの顔を見れずに視線を彷徨わせる。
 そんな事は初めて言われた。しかし無いものは無い。
 目を向けなくても感じるアメリカからの視線に、何か答えなければと焦れば焦る程、思考は纏まっちゃくれなくて。
 胸の内は確かに嬉しいと感じて温かいのに、けれど矢張りというか俺はそんな態度を表に出す事がはばかられ、素直になる事は出来なかった。

「……い、いい祝いたいなら毎日でも祝ったって良いんだぜ? は……はは、この大英帝国様の偉大さが漸く分かったか」

 腕を組んで尊大に踏ん反り返る。
 ──ハッ、俺は何をしてるんだ!!「……べべべっ別に毎日祝って欲しいとか、そんなんじゃねぇんだからな! 勘違いすんなよ!」

 って、これも違うだろ俺!あああ……。

「ッ……つまりよ、…その……なんだ。いつでも良いんだ、……祝ってくれるなら俺は其れだけで……うう、う……」

「イギリスー、紅茶より珈琲が良いんだぞ。珈琲は無いのかい?」

「って聴けよ人の話!!」

 嗚呼もうコイツは……。
 一気に力が抜けて項垂れると、タイミングを見計らったかの様にアメリカの携帯が鳴った。着信音が国歌だから直ぐ分かる。
 本当に自分大好きだよな、コイツ。まあ俺の着信音も国歌だけど。

 のろのろと視線を上げれば、断りを入れる事も無く既に電話口の相手と通話しているアメリカの姿。
 どうやら上司からのようだ。しかしアメリカは直ぐに通話を切ってしまう。

「もう終わったのか?」

「いや……直ぐに帰って来いってさ。まったく、忙しくてやんなっちゃうよ」

「そうか……あ、スコーン持ってくか?」

「はははは、面白い冗談だね。これから仕事なのにそんな兵器を持たせないでくれよ」

「っ!! テメェは……帰れ! 直ぐ帰れ! もう二度と来んじゃねぇよばかぁ!」

 腕を振り上げて見せればアメリアカは逃げるように玄関へ向かう。
 俺も 見送り1:一発ブン殴る9 ぐらいの気持ちで後を追った。
 勝負なんて目に見えていたが、俺の腕は振り下ろされる事なく、既に庭へと降り立つアメリカに舌を打った。
 扉に背を預けながら残り一割を占めていた見送りに準じて居ると、そのまま去って行くかに思えた背中が一度だけ振り返る。

「ああそうだ、イギリス。いつにするか決まったかい?」

 訊くまでもない、誕生日の事だろう。

「別に俺が祝って欲しい訳じゃねーし、お前が勝手に決めりゃ良いだろ。大体もう1000年以上も生きてて今更誕生日とかガキくせぇ、俺はんなもん無くたって……」

「そうかい」

「っ……あ、いや……けど、」

 互いに何か言い掛けた所で、再びアメリカのフライトジャケットから国歌が流れ出す。
 アメリカのうんざりした顔は、彼の上司に向けられたものなのか、それとも──。
 挨拶もそこそこに、アメリカは今度こそ背を向けて歩き出した。

 後ろ暗い気持ちでリビングへ戻ると、土産に持たせてやろうと思ったスコーンも文句を言っていた紅茶も、綺麗に無くなっていた。



 俺は結局一度も素直になれなかった。
 せめて、最後のあれだけでも言わなけりゃ……。


 胸が締め付けられるように痛む。





「っ……アメリ……! …、あー…………夢、か……」

 夢にまで見るとは。重症だ、これは。
 俺は見上げた天井に向けて溜め息を吐いた。

 いっそ本当にあれは夢だった事にしてしまいたい。
 そうして忘れられたら良いのに。

 気だるい身体をベッドの上に起こそうとして失敗する。
 俺は思う様に動かない四肢から力を抜いて諦めた。

 ──アイツは、今年も俺が行くと信じて疑ってない。
 けれど、これでは──。

 食欲が無い、眩暈が酷い、吐き気が治まらない。

 大体、期待させといて落とすって……何だよ。


 夢でも見たあの日から特に変わった事は何も起こらぬ侭、俺が初めてアメリカの誕生日へ行った日からもう直ぐ丸1年。

 俺はアメリカが独立して以来、一番最悪な7月3日の朝を迎えていた。



  ◇◇◇



「フンフフン、フ〜ン」

 アメリカは自宅のキッチンで自身の誕生日パーティーに出すケーキを作っていた。
 今年は良い青色が作れたのだ。きっと完成したケーキはさぞや煌びやかな光沢で自分と招待客達の目を楽しませてくれる事だろう。

「フフンフ……ん?誰だいこんな時間に……」

 突然来訪者を告げるインターホンが鳴り響く。
 今はまだ時計の針が7月4日を少し回った所。
 パーティーの開始時刻にはまだまだ早い。早く祝いたくて堪らない誰かがサプライズでやって来たのだろうか。
 今も玄関に向かって歩いているというのに、せっかちな来訪者は二度、三度と急かすように呼び鈴を鳴らす。

「はいはい今出るよ。一体誰だい……イギリス!? ちょっ……君、どうしたんだい!?」

 玄関を開けると、壁に手を付いて今にも倒れそうなイギリスがいて仰天する。
 イギリスはアメリカが出て来た事に気が付くと、視線だけを上げて翠眸にアメリカを映した。

「悪い、こんな時間になる筈じゃ、なか…っ…明日、来れそうにねぇから……さ。今日……」

「明日……って誕生日の事かい? それならもう今日だよ!」

 返る言葉はない。肩で息をしているイギリスは顔色も悪く、視線を上げる余力も無いのか虚ろな眼差しが地面へ落とされている。 この日が近付くと体調が悪くなるとは昔から聴かされていた。
 これも其の所為なのだろうか?
 だが、年々マシにはなってると聴いていたし、去年はパーティーにだって──。

「ああもう! 君って人は!」

 アメリカはイギリスを抱え上げる。

「……軽っ! 君軽すぎだよ! 何食べてるのさ!」

 客間より近い自分の寝室へ運ぶとベッドに寝かせた。
 イギリスが何か言いたげに口をぱくぱくと開閉させるので耳を寄せる。

「…っ、気持ち悪ぃ…」

 力の入らない手で胸を押し返されながらそんな事を言われた。
 瞬間、表情の変化を悟られぬようにぐ、と表情を引き締めて距離を取る。
 イギリスにとって一番傷の深い今日、この日に……その原因が傍にいる事は矢張り辛い事なのだろうか。

「じゃあ俺は向こうに行ってるよ。何かあったら呼……」

「違う……、匂い……っ…すげぇ甘ったる…て、気持ち悪ぃ……」

「……ああ!」

 アメリカは自身の格好を見下ろす。
 先程ケーキ作りに勤しんでいたアメリカの格好は、それなりに酷いものだった。
 直ぐにエプロンを脱いで離れた場所にある机の上へ放る。

「これで平気かい?」

 返事はないが、先程よりかは幾分と落ち着いたようで。
 イギリスは伏せていた睫毛を震わせて重たげな瞼を持ち上げると、指先の仕種でアメリカを呼ぶ。
 大きな声を出すのが辛いのだろうか、アメリカはそう思いベッドの傍らに膝を付くと耳を寄せてみる。

「……悪い……」

「もう良いよ、それより、」

「……直ぐ、帰るから……」

「Why!? 君ね! そんな状態で何言ってるのさ!」

「明日になると今より具合悪くなると思…から。……お前、誕生日なのに……」

 荒い呼吸で苦しげに紡ぐ、そんな病人に言われた所ではいそうですかと頷ける訳がない。

「いいから君は其処で休んでなよ!」

 アメリカは人差し指を突き付けてそう告げると、エプロンを引っ掴んで再びキッチンへと戻って行った。



  ◇◇◇



「………う……」

 少し眠ってしまって居たようだ。
 目を開けると玩具箱を引っ繰り返したような部屋。
 睡眠を取って少し回復したような、元凶の香りに包まれて余計悪化するような──。

 3日の朝、余りの不調に当日のパーティーに行く事は諦めた俺は、けれどそう言って連絡して万一にもアメリカに気を病ませたくはなくて、前日の内に祝ってしまおうと決めた。
 朝から活動していた筈なのに、何故こんな時間になったのか。
 思い出そうとしても、ずっと意識が朦朧としていた為に思い出せなかった。

 それにしても情け無い──。

 誕生日なんて他に持たない者もいる、本当に今更だ。
 あれは無碍に突っぱねてしまった自分が悪い。
 忘れよう、最初から無かった事に──。

「イギリス、具合はどうだい?」

「……ノックくらいしろ馬鹿」

 突然部屋扉が開いた。
 顔を覗かすアメリカの言葉をバッサリと切り捨てると、「ああ、少し元気になったみたいだね」なんて笑うから俺は目を逸らす。
 …そもそもの原因もお前なんだからな。
 此処へ来たのは俺の様子見というよりは用があったらしく、アメリカは後ろ手でこそこそと持って来ていた物を俺の鼻先へ突き付けた。

「──これ、は……」

 一体全体どうやったらこんな色が出るんだ、とつい訊きたくなるが喩え訊いた所で実際に作る事は万に一つも無いような煌びやかな青の上に。
 赤と白のラインで描かれたこれは……ユニオンジャック、の、ケーキか?

「……今日は君の誕生日なんだぞ」

「え、けど今日は……」

「俺と同じ日は不満かい?」

「や、そうじゃねぇ……けどよ……」

 俺は、このままじゃ溶けてくっ付くんじゃないかってくらい重かった瞼を見開いてケーキとアメリカを見比べる。
 誕生日のこと覚えてたのかよ!とか、何で今日なんだ。とか……訊きたい事は有るのにどれも言葉にならない。
 口篭る俺の心情を察してくれたのかは分からないが、アメリカがそっぽを向きながらブツブツと語り出す。
 ケーキは確り両手で皿を持って今も俺の眼前で其の鮮やかさを見せ付けてくれている。

「本当は今日のパーティーで吃驚させようと思ってたのに……。ケーキだって俺の分を作ってからじっくり取り掛かるつもりだったから、見てくれよ、こんな小さなのしか作れなかったんだぞ。あ、けどこの青は綺麗だろう? しかもこうして暗くすると、光るんだ……ほら」

 大きさは、普段のアメリカのケーキがデカ過ぎるだけに、小さいとは言っても俺には丁度良いくらいだった。
 アメリカがシーツに皿を下ろして、自分の身体を囲いにするようにケーキに覆い被さる。
 ユニオンジャックの青い部分と赤い部分が見事な蛍光色をぼんやりと放っていた。どうやら白い部分は普通の生クリームらしい……多分。
 俺は「ばか、んなもん喰えねぇよ」と言ってやったつもりだったが、声にならなかったようだ。

「……俺だって、生まれた日でいうなら誕生日は無いようなものなんだぞ。君と出逢う少し前から俺はあそこに居たけど、自分がいつ生まれたのかなんて覚えて無いからね。──けど今日は、やっぱり特別な日だから……君にとっても今日がそんなに忘れられない特別な日なら、君の誕生日だって今日で良いじゃないか」

 アメリカはちら、と俺を見遣って視線を合わす。
 ああもう、顔が近いっての。

「イギリス……聴いてくれるかい?」

 一呼吸置いてアメリカが話し出す。

「最初の10年は諦めてた。50年掛けて諦められない自分を受け入れて……。100年経つ頃には1度は君との新しい関係を見付けた気がしていたけど、200年経って、俺はハッピーエンドは自分の力で手に入れる事に決めたんだ。……なんせヒーローだからね!」

 気から来る病ってのは厄介だ。

「――普段は絶対言ってなんかやらないけど、今日は誕生日だから特別なんだぞ。……君はネガティブだから気付いて無いかも知れないけど、俺は、君と出逢わなければ良かったなんて思った事は一度もない。出逢い方が違って居たらと思う時はあるけど……それは、もっと君に有りのままの俺を見て欲しいからなんだ。…………君がいつかくれた玩具の兵隊だって、まだ……っい、今のは何でもないんだぞ!」

 気から来る病ってのは本当に厄介なモンだ。
 想い出だけで俺を地の底にまで落としてくれるのに、こうやって容易く引っ張り上げてしまうのだから。


「イギリス……Happy birthday,……生まれてきてくれて、ありがとう」



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いぎたん!様へ提出させて頂きました!

米の誕生日までついでに祝っ…これから祝う予定なのは、矢張りこの日は二人に笑っていて欲しいからです。



 



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