3日目A
小さくなっていく背中に、気が付いたら早足で追い付いていて。
アーサーの腕を掴んで此方を振り向かせた。
「まだ俺の話は終わってない!」
彼も何か叫んでいるようだったけど、よくは聞こえなかった。
兎に角フランシスとは何でもないような事を云っていて。
違うなら、何であんなにベタベタしてるんだ。
「いいから来なよ!」
俺は兎に角アーサーとフランシスの二人が視界に並んで収まっているから苛々するんだと、何故だかそう強く思って。
アーサーの手を力任せに引いて歩く。アーサーは抵抗しなかった。
はたから見るとまるで俺が彼を虐めてるみたいに見えるのが嫌だったから、近くの公園の公衆トイレまで引っ張って行った。
俺は彼の過ちを正してあげたいんだ。
「この前の事は忘れてあげるから、君も…」
「男なら誰でも良い訳じゃない!お前だから…っ!」
震える声に、どうしてか解らないけど心が揺さぶられているような錯覚に陥る。
何だ、これは。
ただ一つ解るのは、この胸の中のモヤモヤとした何かは目の前にいる彼に因ってもたらされてるという事。
目下の金糸を見下ろす。
床を見詰めて口籠もるアーサーとの視線は合わない。
「お前…だから、…アルだから……こんな事だって出来るんだ…ッ…!」
思い詰めた声が狭い空間に反響する。
アーサーは突然その場で膝を折ると、俺に向かって手を伸ばして。
その指先が、ズボンの中心に触れた。
「ちょっ…何を…ッ!?」
慌ててアーサーの顔を両手で制して、近付こうとする動きに逆らって引っ剥がす。
けれど自由な彼の手は器用にズボンの前を寛げて。
「……んっ、ふ……」
躊躇いも無く、雄の象徴を口に含んだ。
正気の沙汰じゃない。
気持ちは焦るのに、身体は突然の出来事に固まって動けなくて。
けれど頭の中が混乱状態なその間も、刺激を与えられれば気持ち良くなるように元々つくられているその器官は、彼の口の中で体積を増していった。
「ッ……や、め……」
人に銜えられるのなんか初めてだから解らないけど、彼は巧いんじゃないかと、思う。
ぬらぬらと不規則に這う舌は予測のつかない動きで余す所なく俺のそれを舐め回しては、時折思い出したように裏筋を、一番気持ち良い場所を擽る。
彼の小さな口で銜え切れない部分には手が添えられていて、唾液で滑りの良くなった指先がグチュグチュと卑猥な音を立てて根元を擦り上げる。
「ふっ……んッ…ン……」
「…っ、…は…もう…!」
力の入らない手で尚も彼を押し遣れば、まるで咎めるように強く吸われて腰が跳ねた。
これ以上は駄目だ。
舌打ちたい気持ちを堪え、睨み付けるべく視線を下げて…出来なかった。
片方しか添えられていない彼の手。
もう片方はと視線で追った先で彼は…
「んっ…ふ……ある…っ…」
「…っ!」
公衆トイレの床に次々と零れる厭らしい体液が一人分ではないと。
狭い空間に響く粘着質な蜜音は二人分だったのだと判ってしまった刹那、余りに倒錯的なその光景に、俺は堪らず精を吐き出していた。
「ンぐっ…っ!…ごほっ、……ッは…」
丁度喉の奥まで呑み込んだ所だったアーサーが反射的に体勢を後ろへ引けば、未だ硬度を保った侭のそれが外気に触れて。
口の中で放ち切れなかった分が、彼の顔に掛かった。
口腔内に精を吐き出された事が一体何の刺激になったのか、気付けば彼も白濁を放っていて、俺のズボンに白い体液が付着していた。
「……ア、ルの……」
汚い公衆トイレの床に座り込み、顔に放たれた残滓を指で掬って舐め取る相貌は恍惚と頬が上気していて。
淫猥な色彩を放つ翠に、俺まで魅せられてしまいそうだ───
その虚ろな眼差しがゆるゆると持ち上がって、俺を捉えようとする。
「…ッ、認めない…俺は認めないんだぞ!」
慌ただしくズボンを引き上げて、俺は何時の間にか彼をその場に残して走って逃げていた。
その事に関して、俺には反省をする必要が無い。
全く無いと云えば語弊があるけれど、でも、だって。
「───最っ悪だよ…」
ベッドの上に半身を起こして頭を抱える。
最悪だ。あんな夢を見るなんて。
もう一度、今日の出来事を思い起こす。
帰りにアーサーとフランシスの二人を見掛けて。
アーサーが勝手に泣いて。
そうして俺は、二人の背を見送った。
だからあれは、間違いなく夢だ。
「なんで、こんな…ッ!」
彼といたら俺までおかしくなる。
もう二度と彼とは関わらないと決めて、俺は頭から毛布を被ってベッドへ潜り込んだ。
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