3日目
次の日。
二度ある事は三度ある…なんて菊が云ってたけど、全く…本当にその通りだよ。
目の前を歩く二人組の背中に、条件反射のように俺の眉間に皺が寄る。
さっさと追い抜いてやろうと距を詰めれば、自然と聴こえて来る二人の会話。
話の流れから察するに、アーサーは昨夜フランシスの家に泊まったらしい。
「昨日は楽しかったよなー」
「テメェだけだろ」
「またまたぁ。…にしてもお前、初めてならそう云や良いのによぉ」
そしたら手加減してやったのに、とニヨニヨ笑って声を潜めるフランシスの横顔に、俺はますます眦をキツく顰める。
この二人は一体何の話をしてるんだ。
「うるせぇよ、自分がやりまくってるからって馬鹿にしやがって……だから嫌だっつったんだ。チッ、寝不足だし体中いてぇ…」
「馬鹿になんかしてないでしょーが、お前の珍しーい姿が見れて新鮮だったし?ッアイタ!……たっく…体が痛いのはお前が無駄に動くからだろ」
「なっ…!別に好きで動いた訳じゃねえよ!体が勝手に動くんだ!」
「しかも最後は『もう一回』『もう一回』ってお前が強請ったんじゃねえか。くくっ…」
「っぐ……ばーかばーか!エロ髭!変態!露出狂!」
「髭以外はみーんなお前も被ってるでしょーが!大体、髭はチャームポイントなの!」
「……昼間っから何を騒いでるんだい…君達」
背後からぼそりと呟いた自分の声が、意図した以上に冷めたものに聞こえた。
しかし其れは仕方が無い事だろう。こんな真昼間から、あんな…。
「…っ、ジョーンズ!?」
俺に気付いたアーサーが過敏に反応を示して勢い良く振り返る。
「……昨日、何してたんだい?…君……」
──君は俺が好きなんだろ?
自分の意志に反して口を衝いて出かけた言葉を寸での所で飲み込むと、忙しなく視線を彷徨わせて言葉を探すアーサーを見下ろした。
何なんだ…この男は。
こんな放課後の廊下のド真ん中で、いかにも生徒会の仕事中ですって感じに書類の束なんか抱えて。
会話の内容は…とても俺の口から云えるものではないが、兎に角こんなのが自分の学園の生徒会長だなんて信じられない。
「べっ、別に何だって良いだろ! お前には関係ねえよ!」
視線を逸らしたアーサーは、ひく、と俺の頬が引き吊るのに気付かない。
「…おっ、おっ、お前が俺と付き合うってンなら、関係無くも…ね、ねぇけど…」
…何を云ってるんだ、この人は。
褪せた金糸から赤い耳を覗かせて俯くアーサーを酷く冷めた眼で見下ろしながら、俺は学園を守るヒーローとして取るべき行動を選択する。
「――今は付き合ってる彼女も居ないし、君が俺の云う事を聞くなら付き合ってあげても構わないよ」
アーサーは一瞬、期待を込めた眼差しで俯かせていた顔を上げたが、俺の顔を見るなり両の瞳一杯に涙を溜め、泣いてるみたいにくぐもった声で叫んだ。
「っ…好きでもないのにそんな事云うなばかぁ!」
馬鹿は一体どっちだ。
勢い良く隣のフランシスに書類を押し付けて、アーサーが走って逃げて行くから。俺も条件反射で後を追おうとしたら肩を掴まれた。
今まで黙って傍観していたフランシスだ。俺は不機嫌も露わに振り返る。
「…何か用かい?」
「泣かせるつもりなら追いかけんなよ。お前が泣かすと俺にとばっちりが来るんだ」
いやに真剣な眼差しにカッとなって肩に乗る手を振り払う。
迷惑を被っているのは俺だ。
「泣かせないさ!」
俺は愚かな生徒会長から学園を守ろうとしているだけじゃないか。ヒーローだから仕方なくね。彼が勝手に泣いてるだけだ。
元より強く止める気も無かったのか、フランシスからの反論がないので俺も走り出す。
アーサーは直ぐに見付かった。廊下の突き当たりを曲がった直ぐ横の階段に腰を下ろして、膝に顔を埋めている。
まるで見付けてくれと云わんばかり。誰かが追い掛けて来るのを待っているような…
誰を?
「友達は選びなよ」
俺が距離を保った離れた位置から冷めた声で云うと、アーサーはびくっと肩を震わせて顔を上げた。泣いた後みたいな赤い眼で俺を見る。
「…フランシスの事か?あんなの、ただ腐れ縁だ。別に友達なんかじゃ…」
「だいたい、彼は男も女もどちらでもいけるんだろう?…そんなのと居るから君まで可笑しくなるんだ。」
娯楽の少ない学園内。嘘か誠か人の噂ってものは、喩え興味が無い相手のものでも自然と耳に入る。
「…っ!?んだよ、それ…俺の気持ちが可笑しいって、お前はそう云いたいのかよ…っ」
違わない。けど、今俺が云いたいのは…
「っ、アー…」
「アーサー」
絞り出すような俺の声と被って、後ろから凛と張った彼を呼ぶ声が響く。
振り向くと、鞄を二つ手にしたフランシスが立っていた。
「…ほら、行くだろ?今日も泊まってっていいからさ…」
「なっ…!」
俺は絶句してフランシスからアーサーに視線を移す。するとアーサーは俯いたまま小さく頷き、俺の横を抜けてフランシスの隣に並んだ。
「まだ話は終わってない」そんな一言を喉に張り付かせたまま、俺は何も云えずに二人の背中を見送っていた。
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