全裸男とお人好し(14〜15話)
チュン、チュン…
(……朝、か…)
聴覚が捉えた雀の鳴き声に覚醒を促され、ぼんやりとした意識が浮上する。
背中にじっとり覚える汗ばんだ不快感、目蓋の裏側にまで薄らと届く光の刺激に抗うように、俺は寝返りを打とうと身を捩…れない。
「…ん、…あ…?」
ずっしりと感じる窮屈な重み。
微睡みの余韻に勝てず頑なに目蓋を伏せたまま、それでも目視出来ない何かに対抗してもぞもぞ身じろぐと、急にその何かがビクッ、と震えた。
「…ッ!」
その衝撃たるやベッドのスプリングが軋む程で、鼓膜に直接伝わる音と刺激に揺さぶられた脳味噌が漸く覚醒を果たして目を開ける。
視界に映り込むは自分の部屋。…と床に脱ぎ散らかされた俺の物と思しき衣類。
様々な情報を一気に取り込んだ意識が、まずは今、自分が何かに拘束されている事に気付く。
そして視覚が目の前にある太い腕から俺を拘束している何かが人の腕である事を伝え、背後で蠢く汗ばんだ熱が人の体温であると悟り、徐々に思い出された昨夜最後の記憶が背後の人物が持つ一物の形と大きさを…では無く、誰であるかを…つか誰だよ名前も聞いてねーよ。
いやいやもうそんな事より今最も危惧すべきは…
額からずりずりと下がった濡れタオルが、パサリとシーツに落ちた。
ぎゅうと胸部に巻き付いて腕も一緒くたに捕らえられて身動きを封じる其れとは反対、俺の頭下に敷かれて勝手に枕の役割を果たしている筋肉質な腕がのそりと動いてシーツに落ちたタオルを拾い、ぬるい其れを俺の額に押し当てる。
その動作で隙間の出来たブランケットが、籠もった熱を逃がして代わりに冷たい空気を素肌へ伝えた。
「大人しくしててくれよ…まだ寒いんだから…。それに君…自分が昨日どんなに熱があったか分かってるのかい?」
「…熱、何度だ?」
「…さあ…?」
「んだよそれ!」
もそ、とブランケットに潜り込んだ男の髪が首筋を掠め、必然的に眠気混じりの声が直に背筋へ吹き掛けられる。
いやいやだから、なんで…
「なんっで服着てねえんだよ!」
「昨日、君が汚したんじゃないか…」
「違う!お前じゃねえ!俺だ俺!」
「君が熱いって駄々捏ねたんだぞ…」
「なっ…!」
確かにそんな記憶があるような、ないような…。
しかし、ならばこれをどう説明する気だ。
「なんっでパンツまで穿いてねえんだよ!」
*
それまでもそもそと眠たげに受け答えしていた男の動きがピタリと止まり、不自然な間が空く。
「…………汚れてた、から…」
「はぁあっ…!?」
よくよく見れば、昨日俺が穿いていた筈のパンツは、どうやら勝手に洗濯までされたらしく、男が昨日着ていた服と仲良く並んで部屋干しされていた。
これはあんまりでは無いか。
確かに昨日は風呂に入る事も叶わず、よって下着を替えずに寝てしまった。
しかし、そもそも身体の中でも一際汚い、けれど大事な部位を隠すパンツと云う衣料品は、身に着けた瞬間から使用済みとなり言わば汚物と化す。
つまり綺麗だなんて云う人間の方が断然少なくマニアックであると云う事だ。
よってこの男の言い分は至って真っ当な訳だが、だからと云って「生身ならくっ付いてもオッケー☆」なんて抜かす奴が、全人口の中で一体どれ程いるだろうか。
───ピピッ
エアコンの電源が入る音がして、男が無言のまま二度寝の体勢に入ろうとする。
ちょっと待てコラ巫山戯んなバカ。
「とにかく離れろ!」
「痛っ!危ないじゃないか!落ちたらどうするんだい!」
俺の身体に巻き付いた腕がぎゅうと締まって拘束力を増した。
「あ…あとっ…名前!おまえ、俺の名前なんで知ってんだよ!」
太い腕の中でもがいている内に、少しずつ昨夜の記憶が明瞭になって来る。
とは云え、思い出すのは暑くて苦しかった事ばかりで、後は意識を手離す寸前に薄らと名前を呼ばれたような気がするだけだが。
男の腕が大袈裟なまでにビクリと震えた。
「ッ……昨日の事、覚えてるのかい…?」
「や、薄らとだが…っておい、おまえ…」
後ろからへばり付いている男を胡乱な眼差しで振り返る。
さっきまで我こそが正義だとばかりに何事も省みなかった男が、サッと視線を逸らした。
この行動は、後から考えてみれば昨夜俺が起きていたら何かマズい、後ろめたい事があると自ら暴露しているようなものだった。
が、今の俺が注意すべき点は他にある。
「……当たってるんだが」
背後の裸体とピタリと密着した身体に違和感を覚えた。
あとは…まあ、色々察してくれ。
「せ、生理現象じゃないか!」
指摘してやれば、男の顔が赤くなった。
ちょっとアレなこの男にも、どうやら人並みの羞恥心はあったらしい。
否、やっぱり他人の家を全裸で走り回るこいつを人並みに当て嵌めるのは失礼か。
「いーから、さっさとトイレで抜いて来い!」
唯一自由になる足で男の膝をげしげしと蹴り付けてやる。
「やだよ!寒いじゃないか!もう少し部屋が暖まるまで待ってくれよ!」
「俺だって嫌だ!テメェの粗末なナニが俺のケツに当たってんだよ!お前が出て行かないなら俺が……っ」
最後まで告げる事は叶わなかった。
「……えー、…あ…その…」
睨み付ける視線の先で、男の目の色が変わったからだ。
ピキッと青筋が立つように目尻が吊り上がる。
若い男の矜持を傷付けてしまったらしい。
俺は焦った。
っつーかこの現状を改めて思い返してビビる人並みに一般人な俺を早く誰か解放してくれ。
「あー……あ! や、粗末なんてジョークだぞ?昨日見たけどお前の息子は立派だった、どこに出しても恥ずかしくねえ。デカいし形も良い、うんうん、硬さも充分だ。もし俺が女だったらこのまま突っ込まれても良いくらいだぞ。だから怒んなって、な?」
俺の心にもない…訳ではないなんて事は沽券に関わるから決して云わないが、とにかく俺の褒め言葉に満更でも無いらしい男の息子、もといブツが元気になった。
よしよし、単純バカめ。
こうなってしまえば、もう我慢なんて効かない事は同じ男として良く分かる。
早くトイレに行…
「…ッ……君は実にバカだね!」
「へ?…ッあ、ちょっ!何すんだよ!」
唯一自由だった足に、男が脚を絡ませて来る。
「…葛藤も懺悔も、…もう昨日…、一生分やり尽くしたんだ……」
男が何か良く解らない事を云って来たが、驚きの余り声が出ない。
ぎゅうと無理矢理狭められ汗ばんだ脚の間、肉付きが薄い事がちょっぴりコンプレックスなその隙間に…
駄目だ、頭が考える事を拒絶してる。
しかし男はその刹那にも我が物顔で前後運動を始めた。
「………、ま…っ!待て待て待て待て!
おい…!っ…いやだ!や…ッ!」
(なんでだあああああ!!)
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