お風呂事情は大騒動! 後編


 脱衣場まで連れ立って歩き、アルフレッドの服を脱がせて自分も服を脱いでから二人分の腰にタオルを巻き付けて浴室に入る。此処までは至って簡単。

 問題は此処からだ。

 小さなアルの時は俺の膝が定位置なもんだからか、何かと俺の膝に座りたがるアルフレッドを、時には潰されて悲鳴を上げながら宥めすかして掛け湯を施す。
 そしてアルの時に一度はしゃぎ過ぎて溺れかけたからか、絶対に1人では入りたがらない浴槽に手を繋いで一歩ずつ足を踏み入れ、大人2人浸かるには狭い風呂にぎゅうぎゅう詰めで入る。
 偶に、はしゃいで手足をバタつかせるアルフレッドの所為で逆に俺が溺れ掛ける時があるから要注意だ。
 次は浴槽からまた二人で出て身体を洗う前に頭を洗う。やっぱり俺の膝に座りたがるアルフレッドを何とか1人で椅子に座らせて俺が後ろに立って洗ってやるのだが、これが今迄一度も問題なく終わったためしがない。

「――ば……っ! アル! ちゃんと上向いて目ぇ閉じてろってッ……あーほら言わんこっちゃねぇ……」

 子供の頭は簡単に押さえられるが、大人相手だとそうもいかない。
 他人に洗われるのは擽ったいのだろう、頭を振るアルフレッドの顔をシャンプーの泡が流れて行き、薄らと開けられた目に泡が入る。おまけに口を開けて泣くものだから口の中にも泡が入る。

「あーもー、しょうがねぇなぁ……ったく……大丈夫か?」

 俺は大粒の涙を零すアルフレッドの顔面に問答無用でシャワーを浴びせて泡を洗い流し、口腔内へもシャワーを向けて口をすすがせる。
 その間もずっとアルフレッドはぽろぽろと涙を零すので何だか虐めている気になってくるが、この後に待つ展開を覚悟しているのだから、少しくらいは大目に見て欲しい。

「よしよし……頑張ったな。偉いぞ、アルフレッド」

 口の中に泡の苦味がなくなると漸く泣き止むのだが、それでも後味の悪さが綺麗に消える訳ではない。俺はシャワーを止めてノズルを定位置へ戻し、両手の指先でアルフレッドの顔や髪を撫でて水滴を拭ってやりつつ今か今かと身を硬くした。

(……来た……ッ!!)

 うるうると瞳を潤ませたままのアルフレッドが、黙って眼前に立つ俺を見上げて居たのなどほんの僅かの時間で。不意に伸びてくる両手に俺は後頭部を捕らえられて一気にアルフレッドの方へと引き寄せられる。
 ――そう……これなのだ。
 俺が飴玉か、もしくは蜂蜜か練乳のチューブでも風呂場に常備しようかと思いながらも、結局そんな物を風呂場に常備する訳にもいかず未だ打開策を見出せていない……アルとアルフレッドの口直し法。

「ンンンンッ……んむ……っ!」

 泡の苦味に比べりゃマシだろうが、俺の口ん中だって味も何もないだろうに、アルもアルフレッドも俺の唇を強請る。否……違った、アルフレッドの場合は問答無用で奪いに来る。
 まあ……俺がアルにはいつも大人しく口吻けてやるのに、アルフレッド相手では何度も渋ったからこいつも実力行使で来てるんだろうが。

「ふぁ……ッア……ル……」

 口吻けと呼ぶには余りにムードと遠慮のない行為は、正に貪られると呼ぶに相応しくて。
 それでも俺に残された道は只一つ。少しでも早くアルフレッドが落ち着くようにと濡れた髪でも背でも撫でながら、満足されるまで耐えるしかないと、幾度もの経験で既に悟っている。

「んっ、くっ……ハ…ァ……ッ」

 息苦しさで涙目になりつつ必死に息を吸う。酸素を求めて無意識に身を捩ると、不意に腰に巻き付けたタオルがアルフレッドの腹と擦れて取れた。
 濡れたタオルが音を立ててタイルの上に落ちる。

「!? ンうッ! んっ、ンッ!!」

 ぎゅうぎゅうにホールドされた躯は身じろぐ度に下半身が……って言わせんなばかぁ!!
 やばいやばいやばい!!

「んっ! んんっ! ……ッ……ぷはぁ!」

 緊急事態による火事場の馬鹿力だろうか、何とか無理矢理引き剥がして肩で息をする俺は、アルフレッドの肩に手で掴んで一定以上の距離を保たせる。と――。

 ぐぅぅぅぅうう。

 今度はアルフレッドの腹の虫が鳴った。
 ぎくり。俺は蒸し暑い風呂だと云うのに冷や汗を垂らしながらアルフレッドを見下ろす。
 アルフレッドは暫く俺の腫れぼったくなった唇を見詰めていたが、チラ、チラと俺の手を確認した。俺が何も持っていない……イコール俺の唇から食べ物は得られない、と学習したのだ。
 そして唇を視線から外すと、今度は椅子に座るアルフレッドの前で肩で息をしながらタオルが落ちた事により一糸纏わぬ姿にされた俺の、丁度目線の高さのまん前にある胸に視線を――。

「ま……待てアル!」

 ヤバイ。この、身体だけが大人になった馬鹿力のアルフレッドに今そんな所を吸われてしまったら、別の所から似たような色だが確実に母乳とは違う種のものが……出る。

「べあぁぁぁぁああ!!!」

 俺は紳士の底力を出して今にも襲い掛からんとするアルフレッドを引き剥がし、アルフレッドの腕を引いて浴室を後にした。
 手早く身体を拭いて服も着させる。余計な手間など掛けていられないので、自分は最低限パンツだけ身に付けた後は素肌の上にパジャマを羽織った。

「うぉおおおおおお!!」

 そしてアルフレッドを背中で支えて引き摺るようにして全力で寝室を目指す。
 俺にもこんな力があったのか……。自分の秘められていた力に気付いて感動する余裕は、今の俺にはない。

「でりゃぁぁああああ!!」

 辿り着いた扉を開け、直ぐさまアルフレッドを背負い投げしてベッドに放り込むと、ぐずり始める前に素早く自分もその隣に潜り込んだ。

「はぁ、はぁ……よし」

 後は寝るだけ、俺は一仕事後の充足感に満たされながらブランケットを引いてアルフレッドの肩まで掛けてやる――と、その手を掴まれた。

「へあ?」

 ぐうぅぅぅう――。

 俺の間の抜けた声と、アルフレッドの唸るような腹の虫の声が重なる。
 ……しまった。こいつ……腹減らしてたんだ!
 俺は自分の持ち得る限りの俊敏さを以てして、こんな時の為にベッドの直ぐ脇へと新しく備え付けてた小型冷蔵庫へと手を伸ばす。
 小さいながらも冷蔵庫と冷凍庫を兼ね揃えていて、さっきアルフレッドが勝手に食べていたアイスも此処から出したやつだ。

「くっ……!」

 あと少し……しかし俺の指先は残り3oという所で届かず、俺よりも遥かな俊敏さと力を持つアルフレッドにズルズルとベッドへ引き戻される。

「アル……っ、待っ! ちょっ……待て!」

 どんなにアルフレッドの下もがいても、アルフレッドは全く意に介さずに俺のパジャマに手を掛けた。
 最初こそこんな時は力任せにパジャマを破かれたものだが、俺がアルフレッドのパジャマを買って来て着せ替えてやるようになってからは、『パジャマはボタンを外して脱ぐものだ』という事を学習したらしい。
 上から一つ一つ手を掛け、丁寧にもいで行く。

「あっ、くそ……っ、またかよ!」

 俺はブチブチと糸が千切られる音を立てて外されて行くボタンを目で追った。
 コロンと俺の胸元からシーツに落ちる物もあれば、勢い余って弾け飛び床を転がって行く物もある。
 明日はまたパジャマを繕わなくては。否それは良いのだが、既に三つほどボタンを紛失してしまっているので、これ以上なくなってしまったら困る。
 俺は床を転がるボタンを目で追って、そいつがチェストの下に転がるのを見届けると、覆い被さるアルフレッドを見上げた。
 アルフレッドは既に総てのボタンを外し終え、次の段階に移ろうとしている。
 二の腕を押さえられてしまったので、俺は正に手も足も出せない、まな板の上のなんとやらと云うやつだ。

「アル……フレ……っ良い子だから、な……?」

 俺は半ば諦めつつも、最後の望みを掛けて涙さえ滲んできた目で見上げ、制止を試みる。引き吊る唇は先程の激しい口直しの余韻で未だじんじんと痺れていて、アルフレッドの名すら上手く紡げない。
 俺の縋るような眼差しにアルフレッドは満面の笑みを浮かべて視線を合わせると、着衣を肌蹴られた俺の薄い胸板に顔を埋めた。
 いつもの小さくふっくらとした唇ではなく、厚みのある男の其れに不本意にも敏感になってしまった箇所を挟まれる。身を捩れば硬質な歯に当たってしまい、又それが刺激になった。

「出ねえッ! 出ないって! ッたたたた……出な……うぅっ、…ンぁッ! …ッッッ……バっカ…あぁんン……ッ!!」

 俺とアルフレッドしかいない狭い室内に、徐々に甘さを帯びていく俺の悲鳴と、小さな突起を吸われる盛大な水音が響く。
 時折顔を上げ、そんな純粋な目で出てるか出てないか確かめないで欲しい。
 泣きたい……。と言うか、既にちょっぴり泣いている。


 俺はアーサー・カークランド。研究所で働いている。
 こう見えて結構偉い。
 開発は専門外だが、長年に渡って様々な研究に携わって来た。

 けど俺は……今、自分が研究・開発されてるような気がしてならない……。

 それでも俺は、こいつと出逢えて幸せだ…

 と、思いたい……。


 将来。大人になったこいつは、今日のような事をどう思うんだろうか。


 ――この夜……この後に起こった出来事は、とてもでは無いが俺の口からは語れない。




4000HITリクエスト作品。
泣き虫ライオンの続編(番外編でも可)




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