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君の為に出来る事

君の為に出来る事4


 翌日、昨日あんなに嬉しそうに俺を迎えに来ていたアーサーは、家にも、放課後の教室にも迎えに来なかった。


 俺は帰り支度をしながらアーサーとの一件を思い出して、溜め息を吐く。

(俺は悪くないんだぞ……)

 そう思うのに、何処かもやもやとした気持ちを抱えながら、俺は今日一日やたらと視線を感じた相手へ振り返った。
 びく、と跳ねる肩が可哀想だが別に何もしない。
 昨日とは打って変わって遠巻きに視線を送るだけのロヴィーノに、自分から近付いて話し掛ける。"アルフレッド"とはアーサーが勝手に勘違いして呼んでいるだけで、自分は"マシュー・ウィリアムズ"だと改めて名乗った。
 なるべく教室に良く通る大きい声でだ。全く面倒臭い。
 其処へ昨日と同じくロヴィーノのそっくりさん……ロヴィーノの双子の弟らしいフェリシアーノが教室に入って来た。
 携帯を取り出して「ルートからメールが…」と言い出したのを聞いて、俺は逃げるように教室を後にする。それでも、俺に向けられた訳でも無いその言葉は、背を向けた俺の耳に届いてしまって。

「今日のアーサーは、すっごー……っく、落ち込んでたんだってー」

 ロヴィーノの視線を感じた気がした。

(俺の所為じゃ…ないだろ……?)




 何となく、そう何となく。アーサーが隣にいる家に帰り難くて、俺は学校の図書室へと向かった。
 中は意外と広く、室内に入ると本の匂いがした。
 俺は各々の目的に静かに没頭する学生達を尻目に、入り口で見た配置図を頼りに奥を目指す。
 確かこの辺りの筈だ。

(えーと……うわ、ホントにあったよ)

 俺は背表紙に『黒魔術』と書かれた一冊の黒い本を手に取る。
 恐る恐る中を開いて、もっと驚いた。

(…………"恋の"黒魔術……?)

 適当にページを捲ってみると、見開きを使って可愛らしい図解と共にやたらと目が大きく描かれた女の子が、消しゴムに好きな相手の名前を書いて誰にも見られずに使い切ると恋が成就する……なんて有り得ない事を説明していた。
 ぺらぺらと捲ってみても、全ページそのような作りになっている。
 念の為、一番最後のページにある貸し出しカードの名前を確認する。一人だけ借りている人がいるようだ。

("ナターリヤ・アルロフスカヤ"……アーサーじゃ、ない……)
 俺は脱力して、本を手にしたままその場に屈み込んだ。
 気が抜けると冷静さが戻って来て、何故こんな事をしているのかと自分に問いたい気になってくる。

(……帰ろう……)



  * * *



 楽しい事を考えようとしても結局何も思い浮かばず、ぼんやりと家まで帰り着くと、丁度アーサーの家から誰かが出て来る所だった。
 背格好から同じぐらいの歳と推測する。

(ん? 友達いないんじゃなかったのか……?)

 その黒髪の人物は小柄な為か最初は性別不詳だったけど、近付くと男性であると分かった。
 俺の視線に気付くと、片手に紙袋を携えた彼は驚いたように目を見開いた後に軽く会釈をして。
 此方に向かって歩いて来るのを黙って擦れ違うつもりだったのに、相手はじっと俺から視線を逸らさず、小声でも届く距離まで近付いてからこう言った。

「――確かにアルフレッド君に似てますね」

 驚いて俺が見れば、にっこりと喰えない笑みを返される。
 そう言えば、ロヴィーノ達の口からアルフレッドの容姿について語られる事は一度も無かった。もしかしてこの人は、アルフレッド本人を知ってるのだろうか?

「……君はアルフレッドを知っているのかい?」

 俺は少し逡巡して、最初に口から出かけた「君も俺をアルフレッドだと言うのかい?」と訊くのは止めにする。それでイエスと答えられては、俺が否定して其処で話が終わってしまうからだ。
 俺の探るような視線に少し苦笑しながら、不躾だった事を詫びるように彼は「すみません」と謝罪して、自分は"本田菊"だと名乗った。
 俺も"マシュー・ウィリアムズ"だと名乗ると、その人物……菊は俺の家の表札をちらりと見やってから、また感情の読めない笑みを浮かべる。

「アーサーさんから少し、貴方のお話を伺ったものですから……」

 どんな話を伺えば、初対面で敵愾心を持たれなくてはならないのか。
 そう思い掛け、昨日自分がアーサーに向けた言葉を思い出して俯く。
 また、胸の辺りがもやもやとしてきた。

「……アルフレッド君がいなくなってしまった日、私も一緒にいたんです」
「えっ?」

 突然話し始めた菊に、俺は一拍遅れて彼が俺の質問に答えようとしてくれている事を察する。

「幼馴染み、とでも言えば良いのでしょうか。……アーサーさんとは、何かお話されましたか?」

"何か"とは"アルフレッド"についてだろうか。俺は無言で首を左右に振る。

「──でしたら、もし宜しければ……私が知る限りになりますが、貴方にお話し出来る事があります」

「なら……」

 俺は家の前の小さな格子門を開け、中へと招くように身をずらす。
 こんな、アーサーが……他の誰が見ているか分からない場所でする話じゃない。
 菊は頷いて俺の後に続いた。

 冷静になったと思ったのに、まったく、俺は一体何をしてるんだ。

(どうだって良いじゃないか……"アルフレッド"なんて……)





 昨日、俺が話し掛けるタイミングを見計らってる内に、アーサーの手によりあらかた片付けられたリビングに菊を通す。ソファに座るよう促してから、俺もテーブルを挟んだ向かいに腰を下ろした。

「アルフレッドは、何でいなくなったの」

 俺が飲み物も出さずに用件を切り出したと言うのに、菊は嫌な顔一つせず。
 過去に思い馳せるように遠い目をして、ぽつりぽつりと語り出した。

「――街外れの空き家となっていた洋館で、隠れ鬼をしていたんです。アーサーさんとアルフレッド君と私と、他数人で。何回か鬼を交代して……アーサーさんが鬼になった時でした。……ああ……他の方が鬼の時は、アルフレッド君がアーサーさんの傍を離れなくて、2人一緒に隠れていたんですが……ふふ、仲が良いでしょう」

 菊が小さく笑う相貌は何処か寂しげで、俺は黙って続きを待つ。

「その時ばかりはアルフレッド君もアーサーさんの傍を離れて皆で隠れて、アーサーさんが探して……けれど、アルフレッド君だけが見つからなくて……──それっきりです」

「……警察は?」

「勿論言いました。ですが捜索隊が出ても、何年経っても……結局、アルフレッド君は今も見つかっていません。……事故か、誘拐か……」

「……そう……」

 菊が膝の上で組んだ手を固く握り締める。俺は、気付けば口を開いていた。

「君達の所為じゃないだろう」

「ふふ、有り難う御座います。……ですが、感じてしまうものなんですよ。責任感や……義務感というものは」

「――それは、俺にも分かるよ」

 責任感や義務感……それは、辛いから苦しいからと言って簡単に捨ててしまえるものではない。
 けれど――。

「そもそもの原因は、私の所為なんです」
「え?」

「アーサーさんが鬼になったのは、私が……2人が隠れているところを見付けてしまったからなんです」

 俯かせた視線は俺を映していなかった。一層強く握り込んだ手を震わせて菊が続ける。

「一番小さなアルフレッド君を連れているアーサーさんを、最初に見付けるつもりは無かったのに……。物陰からアルフレッド君のクシャミが聞こえてしまって、そうしたらアーサーさんが飛び出して来て、それで――」

 ……あの人は、そんな昔から自分よりアルフレッド優先で行動していたのか。俺は頭を抱えたくなった。
 でも、今は……目の前で死にそうな顔をしてる人に、言いたい事がある。

「……君は、責められたいのかい?」
「え……?」
「そんな顔してるんだぞ」
「それは……」

「償いたいのなら、もっとプラスに考えるべきだ。そんな辛気臭い顔をする事を、アルフレッドが望んでいると思うのかい?」

 俺は視線を逸らさずに菊を見る。
 恐らく彼も俺より年上なんだろうけど、今は最初に顔を合わせた時に抱いた喰えないイメージは霧散して、頼りなくてまるで迷子の子供みたいだった。
 俺達は暫し無言で視線を交わす。
 目を瞬かせるその顔からは、先程までの悲壮感は消えていた。

 と、僅かに緩んだ緊張感が、俺がさっきから感じていた空腹感が限界だと訴えて。


 ぐぅぅぅう...


「…………ごめん」
「ふふ、いえ……あ、そうです。これ……いかがですか?」

 菊が手にしていた紙袋を机の上に乗せて差し出して来た。
 覗き込むと中から良い匂いがする。

「いいのかい?」
「ええ。構いませんよ、……どうぞ」

 中から取り出した丸い包みを開けると、肉をパンで挟んだ惣菜パンのようなものが出て来た。

「……これは?」

 惣菜パンから視線を上げて訊ねると、菊は少し驚いたように目を見開いた後「食べてみて下さい」と勧めて来たから一口齧ってみる。

「何だいコレは、凄く美味しいじゃないか!」

「ハンバーガーです、アルフレッド君が好きだったんですよ」

「……いや、普通に美味しいじゃないか……」

 わざわざアルフレッドの名を出す菊に俺がもぐもぐと咀嚼しながら唇を尖らせるのを、菊は意に介した様子もなく、紙袋を中を漁ってまた別の何かを取り出した。

「ふふ、では次は……あ、胃薬はお持ちですか?」
「胃薬? ああ、うん。持ってるよ」

 薬は一通り持たされた筈。
 俺が頷くと、菊は包みを開いて中から黒い塊を取り出した。

「では……これを」
「………これは?」

 さっきは期待に満ちて紡いだのと同じ台詞を、今度は若干引き気味に問う。
 とてもじゃないが食べ物には見えない……。

「良いから食べてみて下さい」

 それでも菊が勧めるから、俺はその黒い塊を受け取って恐る恐る一口齧った。
 顎が鍛えられそうな歯応えの後に口内に広がるこの味は――。

「──まずっ! なんだいコレ!?」

 騙された。俺は叫び出したいのを堪えて菊に抗議する。

「ふふふ、……マズいですか」
「当たり前だよ!」

「すみません……ですが、安心して下さい。──あなたはアルフレッド君ではありません」

「え?」

 この黒い塊と俺がアルフレッドか否かに、一体何の関わりがあると言うのか。

「アルフレッド君は、唯一その……アーサーさんの手作りスコーンを『美味しい』と言って食べる事の出来る、貴重な存在だったんです」

「これをかい? 冗談だろう、って……これ……彼が?」

 俺は思わず手の中の黒い固まりへ視線を落とした。
 これがあのアーサーの手作りだって?
 世話焼きそうだから、料理も上手そうなのに。

「──……長居してしまって、すみません。そろそろお暇しますね」

 そう言って菊が席を立つ。

 俺は、きっと色々な事が一度に起こって混乱していたんだと思う。
 気付いたら、玄関に向かう菊の後を追っていて。


(――どうしよう……)


 迷ったのは、一瞬。


「……菊! っ……実は、俺……俺は、」


 誰にも云うつもりの無かった事を、告げていた。

 



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