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君の為に出来る事

君の為に出来る事2


「アルー、学校行くぞー」

(……は?)

 呼び鈴に急かされ玄関へ向かっていた俺は、その扉の外に居た相手とその口から出た台詞に、盛大に眉を顰めた。




  * * *




 なんなんだ……あの眉毛男は。

 引っ越しの荷物を運び入れ、真新しいベッドで眠って、今日から新しい生活がスタートすると云うのに俺は物凄く苛々していた。

 あの家にいるのが息苦しくて、なんとか無理を押して大学に通う間の一人暮らしを許して貰ったのに。
 最初は大学の傍のマンションを借りるつもりだったのが、不動産まで赴いて物件を見てる時にふと目を引いた戸建の家があった。
 何の気なしに見ていたその物件が紹介されている紙を、不動産の人に其処は止めた方が良い、なんてひょいと取り上げられて。

(そんな事を言われたら、逆に気になるじゃないか……)

 条件も悪くないし、一体どんな理由があるのか。興味本位で訊いてみた問いに、返って来た答えはこうだ。
 以前住んで居た一家の一人息子が行方不明になってしまった事。
 息子を失った夫婦はその後引っ越した事。
 以来、その隣の家に住む、一家とも交流のあった人間が空き家となったこの家に新しく人が越して来る度に、追い出してしまう事。
 その事に、不動産側としてはとても困っている事。

 初めに聴いた時は、不覚にも少し良い話だと感じてしまった。
 しかしそれは、相手はその子供を孫のように可愛がっていた老人か、余程頑固で偏屈な人物かと思ったからであって――。

「……は? 相手は学生……?」

 相手の素性を聴いた瞬間、俺の中に沸き起こったのは驚きと興味と、苛立ちだった。

「――なら、土地の権利ごとウィリアムズ家が買い取りますよ。……いえ、困ってる人は見過ごせませんから」

 そう言って、我ながら上手くなったと思う人の好い笑みを浮かべてみせる。

 ──何でも自分の思い通りになると思ったら、大間違いだ。

 この時俺は、話に聞いただけの学生に対してそう思っていた。
 だってそうじゃないか。
 俺とそう変わらない学生のくせに、只の我が儘だ。
 どうせ何でもかんでも、そうやって自分の我を押し通して来たのだろう。


 そうして決まったのが、俺が昨日から住み始めたこの家になる訳だ。


 実際に見て、更に気に入った。
 先手必勝とばかりに此方から引っ越しの挨拶に向かったら、何度押しても鳴らない呼び鈴に出鼻を挫かれて。
 試しにと開けてみた玄関はあっさり開いてしまい、俺は今更後にも引けず得意の作り笑いを浮かべて扉を開けきった。

 ――そうしたら。

 寝起きのボサボサ頭に、変なポーズで変な眉毛の、変な男が立っていたのだ。
 代わり映えのない日常に突然飛び込んで来た、色鮮やかな翡翠の双眸は驚いたように見開かれていて。

 その変な男は、てっきりあの手この手で追い出しに掛かると思ったのに、俺の事を誰かと勘違いしていて追い出そうとする気配はない。
 このパターンは聴いていなかった。これも彼の嫌がらせの一種なのだろうか?
 俺は警戒心を怠らないまま、彼を振り切るように別れた。

 だから、そう。
 昨日から脳裏に彼の顔ばかりがチラつくのは、彼があまりにも変な所為だ。

 何だか負けたみたいで悔しいけれど、もう関わらないようにしよう。

 ……昨日からずっと、朝起きてからも、そう思って居たのに……。





「アルー、学校行くぞー」

 こんな朝から一体誰の訪問か……重い気分で開けた扉の先には、にこにこと蕩けるような笑みを浮かべたあの眉毛男が立って居たのだ。
 開けた先に誰が居ても良いようにと身形を整えて浮かべていた笑みが、一瞬で引き攣った。



 偶然とは続くもので、恐ろしい事に俺とこの眉毛男は同じ学校だった。
 しかし更に恐ろしいのは、俺より小柄でやたら挙動不審で危なっかしい彼が、俺より年上だという事だ。

「……てっきり俺の方が年上だと思ってたんだぞ……」

 ぼそりと呟けば、眉毛男は「お前が育ち過ぎなんだよバカ!」なんて顔を紅くしながらポコポコと怒っていたけど、全然怖くなかった。

 途中、相手をするのが面倒になって歩幅を大きくすると、眉毛男は半ば小走りになりながらも俺の隣に並ぼうとした。
 昨日もボサボサだったけど、整えてある筈の今朝も余り代わり映えなくボサボサな金髪がひょこひょこと揺れる。
 俺はなんだか其れがおかしくて、結局学校に向かう迄の殆どを大股で歩いた。

「──あ、おい。アルフレッド……襟が曲がってんぞ。ほら……よし、出来た」 校門の前まで辿り着くと、俺の了承も得ずに伸びて来た手によって勝手に襟元を直される。その手の先にいる眉毛男は、最後にぽんと直した襟元を叩いて、また柔らかく微笑った。
 再び歩き出しながら、俺を教室まで送るとか言い出した馬鹿な背中を押し遣って。そうして別れ際――。

「へへ。昨日はお前、目が笑ってな――あ、や……なんか、つまんなそう……だったからさ。今日は安心した。嗚呼そうだ、それとお前、"僕"より"俺"の方が似合ってるぜ? んじゃ、また後でな!」

 俺を其の場に凍り付かせるような爆弾発言を残して、彼はぱたぱたと駆けて行ってしまった。その耳が赤いと、視神経が俺の脳に伝える。俺はその視覚からの信号伝達を無視して彼の言葉を反芻した。

(俺の作り笑いが効いてなかった……? 否、それより――)

 自分が今朝、すっかり素を出してしまって居た事に、俺は今更ながら気が付いた。



  * * *



「なあなあお前、あのアーサー・カークランドと一緒に登校して来たって本当なのか?」

 簡単な自己紹介も終えて最初の授業も滞りなく終わった放課後、同じクラスのロヴィーノ・ヴァルガスが話し掛けて来た。

「ヴェー、すごいねー」

 俺の机の前まで来たのは、ロヴィーノと、彼と良く似た容姿をした──自己紹介の時に見た覚えは無いから他のクラスからやって来たんだろう茶髪の青年の二人だが、クラス中からもちらちらと視線を感じる。
 見られる事には慣れて居るので、俺は気にせず返答を探した。

(アーサー? 誰だ……? カークランド……ああ)

 隣の家……あの眉毛男の家を昨日訪ねた時に見た表札に、確かそう書かれていた気がする。

「もしかして、金髪で眉毛の人かい? それなら、うん。確かに今朝は一緒に来たけど、あれは彼が勝手に――」

「やっぱそうなのか!? あの美人なのに人付き合いも愛想も悪いで有名なアーサー・カークランド相手に、よく仲良くなれたな!? お前凄いぞちくしょうが!」

 俺の言葉を最後まで聴かずに捲くし立てて来るロヴィーノに、内心溜め息を漏らす。しかし彼の評価からすると、俺が不動産屋で最初に感じた「偏屈」という人物像は当たっていたようだ。
 人付き合いも愛想も悪いようには見えないけれど、確かに不器用そうな気はする。
 それより……、訊かなかった俺もあれだが、彼は自分が名乗っていない事に気が付いているのだろうか。
 次に会ったら、知らない振りをして訊いてみようか、俺の脳裏にそんな考えが浮かぶ。

(名乗ってない事に気付いて慌てるかな、まさか「覚えてないのか?」なんて泣いたりは……否それより美人って、あれが……?)

 俺は彼のにこにことした笑顔が泣き顔に歪む想像を追い出して、最初に見た、鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で口の周りに歯磨き粉を付けた眉毛男……アーサーの顔を思い出す。
 印象が強過ぎて暫く忘れられそうにない。
 気を抜くと思い出し笑いまで浮かべてしまいそうだ。

(嗚呼……けど……)

 あの、蕩けるような笑みは確かに……──。

「偶然、隣の家だったんだ。だから今朝は彼が連れて来てくれて……」

 ザワ、突然教室内が騒然として、俺の言葉は再び遮ぎられる。

「嘘だろ……、マジかよ! 隣って、あの"アルフレッドの屋敷"か!?」

 ロヴィーノが興奮気味に身を乗り出して訊ねて来た。
"アルフレッドの屋敷"なんて知らないけど、アーサーの言動からも見て十中八九そうだろう。
 しかしあの家は、屋敷と呼ぶには及ばない何の変哲も無い普通の家だ。
 困惑顔の俺に構わず、ロヴィーノは話を続ける。

「あの家、もう何年も誰も越して来ないらしくて、アーサー・カークランドの呪いが掛けられてるって噂なんだぞ……、大丈夫なのかよこのやろー……」

 ……呪いじゃなくて実力行使だけどね、概ね事実と言って大差無いだろう。
 けど少し引き気味に訊かれて俺は返答に困る。何だか話があらぬ方向に飛んでいる気がする。

「――ええと……アルフレッドって?」

 知らぬ存ぜぬを通す事を決めた俺が小首を傾げると、ロヴィーノが声を潜めて腰を屈めるように身を寄せた。
 隣に立つそっくりさんは、飽きたのか携帯電話を取り出して弄っている。

「俺も聴いた話なんだけどな、その昔……あの悪名高いアーサー・カークランドって元ヤン眉毛が間違って黒魔術で消した子らしいんだ……」

(……さっきは愛想が悪い美人って言ってたじゃないか……)

 いつの間に「悪名高い」なんてオプションが付いたのか。人の噂は、こうやって尾鰭背鰭が付加されて行くのかも知れない。
 脳裏でテストの採点のようにロヴィーノの言葉に×を付けながら、俺は呆れ半分の気持ちで眉を顰める。
 アルフレッドは行方不明と聞いているし、何より魔術なんてある筈がない。

 他にも、アルフレッドの事を悪く言うと呪われるだとか、アルフレッドが無事に見付かる願掛けをして熱があっても骨が折れても休まずに登校して更には常に学年首位をキープしてるだとか。この学校の図書室には黒魔術の本があって全部アーサーのリクエストらしいなんて話。彼にとって息を吸うのもアルフレッドの為、なんて話まで。
 嘘か誠か分からない話を沢山聴かされた。

(……君は、こんな事を言われてるって知っているのかい──?)

 俺がアーサーに感じた苛立ちは、不動産で初めて彼の話を聴いた時よりも強いものだった。

 



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