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振り向いてマイプリンセス

振り向いてマイプリンセス7


「ねえ。坊ちゃんさぁ、あいつの事……好きになったの?」

「あ? ……ハ…? な……なぁぁあ!? な、何言ってやがる!!」

 言われた言葉を理解するのに数秒を要した。
 フランシスが言う「あいつ」とは、アルフレッドを於いて他に居ないだろう。
 何を言われたか理解した俺は、直ぐさまフランシスの首根っこを引っ掴んでガクガクと揺さ振り前言撤回を求めた。きっと俺の顔は白目まで剥いて酷い有様だったに違いない。

「ん〜……。俺は……さ、お前が良ければそれでもいい訳よ。……けどなぁ……」

 ガクガクと揺さ振られながら、俺にはとことん甘いフランシスが苦笑する。
 そりゃそうだ。仮に、万が一、億が一にも俺があいつ……アルフレッドを好きになったとする。本当にあくまで例えばの話だ。
 ……不毛過ぎるだろう。
 あいつは俺を女と思っているが実際は男同士だし、アルフレッドは行く行くは一国を担う身だ。俺では世継ぎを残せない。
 そうするとあいつは他にも女を作らないといけない訳で。そんなの……否、その前に男だとバレた日には即刻国に返されるか、今度こそ連行されてしまう。
 アルフレッドの好意はひしひしと感じているから、騙していた事が知られたら後者の可能性の方が高いかもしれない。
 確実に、嫌われるだろう。

「ち、ちっげーよ! 勘違いしてんじゃねえ! あいつは、確かに良い奴だし……、友達になれたらと思うけどよ……それだけだ!」

 友達になれたらどんなに良いかと願う気持ちは本物だ。
 なんせ俺には妖精達以外に友達が居た事がない。フランシスは……まあ、家族みたいなもんだし。
 だから、初めて出来た――と思ってるのは俺が一方的にだが、そんな貴重な友人と楽しく過ごしたり、喋ったり、喜ばせたいって思うのは普通の筈だろ?

「――運命の相手どうしたんだ? 探りは入れてんのか?」
「そ、それは……」
「攫って逃げてやるって意気込んでたじゃないの」

 ――そうなのだ。此処に……アメリカ国に来るまでは、アルフレッドに出逢う前はあんなに焦がれていた彼女を、最近は余り思い起こす事が無くなっていた。
 俺が手を止めて押し黙ると、フランシスは俺の手を外させる事も無くデカい手でわしわしと撫で回してくる。
 俺はその手を払って、離れた。そろそろ行かなくては。

「アルフレッドが、待ってっから……」

 フランシスは肩を竦めて鼻から抜けるような溜息を漏らす。

「――はいよ。今日もお兄さんがちゃーんと可愛く仕上げてやったからなぁ、自信持って行って来い。ほらほら、ちゃんと背筋を伸ばす!」

 結局フランシスは最後まで発言を……俺がアルフレッドを好きになったと等とのたまった台詞を撤回しなかった。
 けど俺ももう何か言い返す気にはなれなくて、「おう、」と小さく覇気のない返事を一つ残してフランシスの居る部屋を後にした。



  * * *



 代わり映えのない日常……けれど、俺の中では何か確実に変化が起こり始めていた。
 俺自身の気持ちを置き去りにして――。

 そんな中、転機はアルフレッドの突拍子も無い一言と共に唐突に訪れた。

「街に行ってみないかい?」
「へ?」

 いつものようにアルフレッドの部屋のバルコニーを占拠して、日当たりの良い其処で数日前に用意させたばかりの真新しいチェアに座って刺繍を嗜んでいた俺は、扉が壊れるんじゃないかってぐらい大きな開閉音を響かせて現れたアルフレッドに素っ頓狂な声を上げる。
 因みに、俺が自分の部屋じゃなくてアルフレッドの部屋に居るのは、自分の部屋は赤とピンクで居心地が悪いし、誰かが突然訪ねて来るんじゃないかって……べ、別にビビってる訳じゃないんだからな!
 兎に角、好んでいる訳ではなくて、全ては俺の為だ。
 それにフランシスも、俺がアルフレッドの部屋に行くならこっちで見付けた仕事に行くとか言って最近昼間は居ねぇし……何よりそう!此処には俺が手塩に掛けて作った小さなガーデンがあるから、偶に妖精も遊びに来てくれるのだ。
 だから決して、俺がアルフレッドを好きだとかそんなんでは無い……筈だ。

「ん? 俺の顔に何か付いてるかい?」
「!! べ、別にお前の顔なんて見てねーよ!」
「『お前』じゃないだろう?」

 どうやらジッと見てしまって居たらしい。
 俺は慌てて視線を逸らして言い繕うが、それよりも呼び方が気に入らなかったらしいアルフレッドがにっこり笑って訂正を求めて来る。

「………ア、アメリカ……」

 改めて呼ばされると云うのは相当に恥ずかしい行為だ。
 だから俺の顔が赤くなるのもボソボソと小声になるのも、至って普通だ……よな?
 好きな奴の名前を呼んだからじゃないよな?
 ――ああくそっ!
 フランシスが余計な事を云うから却って気になるじゃねえか。本当にムカツク髭だ。そろそろ殴る蹴るでは気が済まなくなってきた。

「っ、えーっと……あ、街! 街って何だよ?」
「そうそう。それなんだけどさ――」

 俺が話題を戻すと、アルフレッドもあっさり頷いた。
 これが望んだ展開である筈なのに、恐らくいつもと違うであろう俺の様子に全く気付かないのにも腹が立つ。
 何なんだ、この矛盾は。
 俺はフランシスをタコ殴りにして御自慢の髪をぐしゃぐしゃに引っ張り、あわよくば毟ってやる事を心に誓う。禿げてしまえ。
 想像するだけで自然とニヨニヨしてくる俺を気持ち悪がる事もなく、アルフレッドは自分に意識を向けるように大きく通る声で言った。

「二人で街に行こうよ! 街にはハンバーガーだけじゃなくて、シェイクやポテトもあるんだ。俺が案内する」

 反対意見は認めないぞ、なんて聴こえて来そうなアルフレッドの顔は、白い歯を覗かせながら満面の笑みを浮かべていて。既に行く気満々である事を窺わせた。
 アルフレッドの提案は確かに心惹かれるものではあったが、果たして二人で街に下りる事など可能なのだろうか。

「他の奴等が良いって言うか? つかおま……アメリカ、忙しいだろ」
「なに言ってるんだい」

 俺の言葉は予想していたのもだったのか、アルフレッドはあっさりと一蹴した。

「――誰にも内緒で、こっそり行くから良いんじゃないか」

 そう言って悪戯っぽく片目を伏せるアルフレッドには、矢張り何時もの通り俺に有無を言わせない力があって。俺自身が行ってみたいと思ったのもあったし、結局俺は差し出されるアルフレッドの手を取った。
 だから決して、こいつの誘いを断れないのは、惚れた弱みだとかそんなものではない。




 街は人でごった返していた。
 見るもの全てが新鮮で、右に左に視線を躍らせながら歩く俺の直ぐ斜め後ろをアルフレッドがゆったりとした足取りで付いてくる。……コンパスの差ってやつだ。
 案内するんじゃなかったのか?なんて頭の片隅で思っていたのは最初だけで、俺はもうそんな事気にならなくなるくらい、夢中になっていた。

「うわ……、なぁなぁアメ……アル、フレッド。あれ何だ?」

 こんな従者もつけない往来で、無闇に名を呼び王族とバレるのはあまり宜しくない。
 俺は初めて本人を前にして人名を口にしつつ、けれど恥ずかしくて直ぐにふいと顔を逸らして謎の露天を指す。
 直ぐに逸らしてしまったから気の所為かもしれないが、視界から外れる間際……アルフレッドの顔が嬉しげに綻んだ気がした。
 アルフレッドは俺の肩の辺りに顔を寄せ、俺の指が示す方向を確認している。

「ああ、あれはだね……」

 言いながら露天から俺に視線を移したアルフレッドの顔と、嬉々として説明に耽る横顔をぼんやり眺めていた俺の顔が鼻先ギリギリまで近付いた。
 薄いベール越しにばっちり視線が合ったので、きっと俺が見て居た事はバレてしまっただろう。

「そっ、そうか!」

 俺は慌てて視線を前に戻すと、話なんか聴いて居なくて結局謎なままの露天を見ながら適当に相槌を打った。

「じゃ、じゃあ次は――ぶっ!」

 何となく居心地の悪さを感じ、場所を移してしまおうと行先も決めずに闇雲に足を踏み出したら、進行方向の先にいた誰かの広い背にぶつかって。鼻が潰れたような声を出して後ろへ跳ね返った俺を、アルフレッドの腕が引き寄せて支える。

「大丈夫?」
「へ、平気だ!」

 腕の中に収まり胸に背中を凭れかける格好の俺を支えてもビクともしないアルフレッドが、空色を瞬かせて上から覗き込んで来るものだから、俺は最早条件反射のようなものでそっぽを向いた。
 アルフレッドを押し退け自分の足で立ち、支えてくれた相手になんて事を……と思うよりも先に、アルフレッドが勝手に俺の手を掴んで繋がせる。俺は一瞬ぎょっと肩を竦ませるも、笑み掛けられる顔は煌びやかな衣装なんて纏ってなくても眩しくて。ただ、目を細める。

「良かった。なら行こうか」

 今度はアルフレッドが俺を先導するように歩いて、その隣をアルフレッドに連れられながら俺が歩く。
 何処を向いても人、人、人。賑わっているのは大変素晴らしい事だが、歩き難くて敵わない。
 長いローブと履き慣れない靴に時折足を縺れさせる俺を、アルフレッドはさり気無く手を差し伸べて支えてくれた。
 まるで女扱いだ……と頬に熱が上がる刹那、嗚呼そう云えば自分は今"女"だったのだと気付く。言い知れぬ感情に下唇を噛んだ。
 これではまるで、フランシスが良く言ってるような、で……"でーと"ではないか。
 だから俺も、仕方が無いからガチガチに強張る指先を叱責して、真っ白い手袋を填めた手でほんの少しだけ握り返してやった。
 気付いただろうかと視線を上げて窺えば、アルフレッドが僅かに頬を染めて本当に嬉しそうにして居るから。
 自分がした事でこいつが喜ぶのなら其れは望むところである筈なのに、俺は胸が軋んだ。

 こいつの笑みは女の俺に向けられたものであって、男の俺ではない。
 最初から分かって居た事なのに……今更ながら痛み出す罪悪感と訳の分からない感情を、俺は今だけはと見ない振りをして閉じ込めた。

 



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