君がいる明日 - main
振り向いてマイプリンセス

振り向いてマイプリンセス6


「はぁ……。もう笑い止んでくれないかい……」

「ぷっ、くく……わ、悪い……けど、馬鹿にしてる訳じゃ、ね…ねーんだからな……」

「――もう良いよ……で、結局、俺と一緒に寝てくれるんだろうね?」

 アルフレッドは諦め混じりな声音で溜め息を吐いた後、口許を歪めて半ば脅しのように言い募る。
 俺だって、此処まで来てアルフレッド一人部屋に残して行けるほど図太い精神はしてな……もとい、逃げ出せるとは思ってない。
 固唾を呑んで待った答えは俺の想像を斜めに裏切ってくれたもので。本当に馬鹿にした訳ではない、なんだか可愛いと思えてしまっただけだ。
 まあ……一晩くらい、触れられなければ平気だろう。

「いいぜ。……ただし、俺に手ぇ出したら国に帰るかんな」

 ――だから、何もしないで。何も気付かないでくれ。

「オーライ」

 アルフレッドは承諾の意を示すと身体を横へずらした。
 俺は漸く解放された腕でベッドに手を着き、隣に空けられたスペースへ身を横たわらせる。
 天蓋を仰いで横目を流せば、此方を向いて何が楽しいのかにこにこと笑うアルフレッドが映る。俺を見る空色の瞳と視線が合った。
「何だよ」と声を低くして逸らした顔が熱い。たぶん耳まで赤くなってると思う。俺は ベールを被り直すとブランケットを肩まで引き上げて潜る。

 不意にベッドが軋んで、アルフレッドが身体を起こす気配がした。
 気になって視線を戻した所で、直ぐ傍から香るアルフレッドの匂いと、生暖かい感触に次いで俺の額で響くリップ音。
 持ち上げられたベールは直ぐにパサリと戻される。月明かりしかない部屋では顔まではハッキリと見られていないだろうが、問題は其処じゃない。

「……なっ……!?」

「HAHA! これくらいなら普通だろう? お休み、my princess.……あ、けど幾ら兄弟だからって彼とはしないでくれよ?」

 アルフレッドが言う『彼』が誰だかは直ぐに見当が付いた。フランシスの事だろう。
 口をパクパクと開閉させる俺は、アルフレッドがごく自然に俺とフランシスの関係を"兄弟"と形容したのには気付かなかったが、ある事に気が付く。
 俺の思い違いでなければ、もしかして……。

(こいつ、妬いてるのか? フランシスに……?)

 自分とフランシスがお休みのキスなど、する訳が……幼い頃はまああれだが、今は頼まれたってする筈がない。現に今だって、想像しようとしただけで少し鳥肌が立ってしまった。
 俺は、まさかと笑い飛ばそうとしたのだが、思いのほか真剣な表情をするアルフレッドに、さっきのアルフレッドと同じ調子で了承の意を示す。

「……オーライ。……、マ……」

 続けざまに小声で「my prince」と紡いだのは、俺からのキスの代わりだ。
 ……堂々と云ってやる筈が、尻すぼみになってしまったので余計恥ずかしい。

 暫し二人で赤い顔をした微妙な表情のまま見詰め合って居たが、ぷっと同時に吹き出す。

 良い雰囲気だと思った。こいつと友達になれたらどんなに良いだろう。
 ひとしきり笑った後、今なら何を訊いてもさり気ない気がして。
 俺はアメリカ国へ来たら必ず誰かに訊くつもりだった事を、今訊いてみる事にする。

「なあ、アメリカ……」
「ん、なんだい?」
「お前ってさ、女の姉妹とか居るか?」
「……居ないけど……それがどうかしたのかい?」
「じゃあ他に近しい親戚かなんかでさ……。や、何でもねぇ」

 俺がアメリカ国に女装をしてまで乗り込む事を決めた理由の一つは、此処アメリカ国で探してる人が居るからだ。俺の中ではこれが一番重要だったのだが――、てっきり王族と踏んで居たがアルフレッドの姉妹でないのなら、彼に訊くのは止めようと思い直す。

(アルフレッドがあの子に逢って惚れちまったら、彼女だって……)

 それに、逢った所でどうしようもない。自分は今、女性として生活して居る身である。
 出逢ったのはイギリス国で普通に男として暮らして居た時なのだから、分かる筈がない。

 自分の思考に浸り過ぎて居たのか、ふと隣が静かな事に気付いて見遣れば、アルフレッドが此方に背を向けて寝ていた。

「アル……アメリカ、寝たのか?」

 返事はない。
 何となく気まずいまま、俺もアルフレッドに背中を向けて瞼を伏せた。


  * * *


 ふっと意識が覚醒し、開いた瞼の先に見る明るさで今が朝と知る。いつも大体同じ時間に目が覚めるから、今日もそのぐらいだろう。
 次いで見渡す室内が、漸く慣れ始めて来た自分に宛がわれた部屋では無くアルフレッドの部屋だと知るよりも先に、もっと手っ取り早い方法で此処が何処であるかを思い出した。

(…っ!? アルフレッド!? つか近っ! 近いって!)

 昨夜の最後の記憶では背中合わせで寝ていた筈なのに。
 目の前に突如アップで映し出された相貌に、思わずベッドの上で身動いで距離を取る。
 次は急いで身嗜みチェックだ。
 頭に触れると、早速ウィッグが外れ掛けているのに気付く。

(げっ! ズラがずれ……ん? 何だこれ──)

 確か部屋の中に鏡があった筈だとベッドを降りると、足に何かが当たった。見ればベッドの下から数冊の本の端が見えていて。
 こんな場所に隠す本といえば相場は決まってる。
 俺はついニヨニヨする顔を引き締める事もせずにその場にしゃがみ込むと、一番分厚い物を手に取った。

「………」

 しかし。爽やかな顔をして一体どんな厭らしい本を読んで居るのかと思えば、手に取った本も、奥に詰まれている本も全て妖精に関する本で。
 パラパラとページを捲ると、可愛らしい妖精のイラストに混ざって、時折ゴブリンや悪魔系統に属する彼等が、子供なら泣き出してしまいそうなリアルなタッチで描かれていた。

(……もしかして、これ読んで昨日……ハッ、髪直さねーと)

 本をベッドの下へ戻し、わたわたと鏡の前へ行く。

「――あー……、これは駄目だな、一回戻んねーと……」

 ベールがあるからパッと見では分からないが、その下は見れたものでは無かった。手櫛による修正に限界を感じてぼそりと呟いてしまう。
 すると、後ろのから「んー…」と間延びした声が聴こえて来た。
 俺は兎に角頭を押さえた。化粧を施して居ない顔を見られるのが怖くて振り返れない。こんな、朝日が差し込む明るい室内では、全てを見られてしまう。

「んー……モーニン、……」
「お、おう!」

 視線だけで振り返れば、アルフレッドが寂しげな表情を浮かべていた。

「……まだ名前は教えてくれないのかい?」
「だ、駄目だ! それじゃあ俺は一旦部屋に戻るから……」
「えー良いじゃないか」
「レディの支度は時間がかかんだよ!」

 俺はそう散らすと、矢張り自分は姫として駄目かも知れないと一抹の不安を抱えながら、脱兎の如くアルフレッドの部屋から逃げ出した。




 途中、俯いて走って居たら誰かにぶつかってしまった。

「わ、悪ぃ……、ッ……」

 思わず口を衝いて出る言葉遣いに慌てて口許を覆う。
 どう繕おうかと恐る恐る視線を上げれば、其処に居たのはついさっき部屋で別れた筈のアルフレッドだった。

「アメリカ!? お前どうして此処に」
「え。あ、あの……」

「兎に角、後で行くから! 大人しく部屋で待ってろよ!」
「いえ、僕は……」

 余り廊下に長居して、これ以上人と出くわしたくない。俺はアルフレッドの横をすり抜けて再び駆け出した。


「――今のがイギリスさん……。ふふ、兄さんが言ってた通りの人だったな。今度は僕の事も覚えて貰えると良いんだけど。ね、クマ吉さん」

 



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