君がいる明日 - main
振り向いてマイプリンセス

小さな騎士の誓い


 優しく、美しく、気取った態度などないのに気高い。
 気取った態度が無いのは元が平民の出だから…、ってのがあるかも知れないけれど。
 兎に角、生まれも育ちも…なんてオプションが付いてる連中よりもよっぽど素晴らしいお人だと云う事は、俺達子供の間にまで伝わる程だった。
 いやいや、喩えどんな方であろうと王家の皆々様にお仕えする騎士の身――まだ見習いだけど、としては、寧ろ地位も名誉も生まれ持った気位のたっかーい方々にこそ忠誠心を見せとかなきゃ、後々面倒なんだけどね?
 でもそう云うのって、なーんか可笑しくない?
 俺はどっちかって云うとさ、市民を広く護りたいね。綺麗で可愛い子担当なら尚良し。
 あ、因みに俺の許容範囲は生後1ヶ月から94歳までだ。

 え?訊いてない?

 っと、今日はこんな与太話じゃなくて、もっと大きなニュースがあるんだった。

 そんなイギリス国、噂の第4王妃が子供を産んだらしい。
 性は男児。
 ここまでならお目出度いニュースなんだけどね。

 アメリカ国との政略結婚を目論む面々は、そりゃもう失望を露わにしたそうだ。そんな連中に対して温厚と謳われていた王妃がキレた、と。
 まあ、可愛い我が子を蔑ろにされりゃ怒るわなぁ。

 で、俺は其れを聴いて興味が湧いた訳。
 噂だけが一人歩きする第4王妃と、生まれも育ちも未来もぴっかぴかのオプションが付いてるのに歓迎されない王子。
 一目見てやろうじゃないの。

 最初はただ、それだけだったんだ――。




 まだほんの餓鬼でも、伊達に王宮内に住まう事を許された聖騎士の父と母を両親にもってる訳じゃない。
 俺は勝手知ったる王宮内をこそこそと進んで。

 目当てのお人は、直ぐに見付ける事が出来た。
 近道に突っ切ろうとした中庭、花が咲き誇る広い緑の絨毯に座って胸に赤子を抱いていて。
 風になびく金糸が、やけに眩しく見えたのを覚えてる。
 そのお人は花畑の真ん中で、まるで他に誰かいるように談笑していた。俺は中庭へと続く柱の影に隠れて居た筈なのに、まるでその誰かに俺の存在を教えられたかのように突然振り返ったそのお方に見付けられてしまって。
 こんな奥まで入り込んで、叱られるかと肩を竦めたけど、優しく手招かれて傍に寄った。

 名を訊かれ、俺が「フランシス・ボヌフォワ」と名乗ると、ボヌフォワ家の子供なのねと笑みを向けられて。
 俺の家はそこそこ名の通った騎士の家柄で、知ってるのなんて当然だろうに…その時の俺は、ボヌフォワ家の子供に生まれて良かったと心底思った。

 他に何を話したかは、時が経ち過ぎてあまり覚えて無い。
 あー……勿体無い。

 次に逢う時は人名を教えて貰える約束をした事、赤ん坊の名前が「アーサー」だと教えてくれた時の愛しげな声や、俺がアーサーの頬をつついたらアーサーがふにゃふにゃと泣き出してしまった時にあやしていた時の柔らかな笑顔が、朧気な記憶としてぼんやりと浮かぶくらいだ。

 けれど、最後に賜ったこの言葉だけは今もしっかりと覚えてる。
 そのお人は最初で最後になってしまった俺の名を呼んで、こう続けた。

「この子を、護って下さいね」

 腕の中で眠るアーサーを見る目は、愛おしげに細められた優しい笑顔なのに、何処か悲しげだった。





 ――数日後、そのお人は帰らぬ人となった。
 詳しい事は分からないが、無理を押してアーサーを産んだ事が一因らしいと後から聴いた。

 幼かった昔の俺でも予想は付いていたけど、アーサーへの風当たりは一層強くなった。
 望まれぬ男児。最愛の王妃を亡くした国王の嘆きは妻を奪った息子へ向かい、実の親よりも亡き王妃を慕っていた他の王子たちは悲しみに暮れ、産まれて間もない弟の存在には見向きも…否、憎まれていたんじゃないかとさえ風の噂で聞いた。他の王妃たちの亡き王妃への嫉妬の念さえもが、無力なアーサーに向けられた。

 非力なんてもんじゃない、無力な赤ん坊にだ。

 俺はそれを聴いた時、胸を襲う怒りと悲しみに居ても立ってもいられず両親へ訴えた。
 母親は元々そのつもりだったらしく、アーサーは程なくして俺の家に引き取られた。
 その時の、やっかい払いが出来て清々したと云わんばかりの王室連中の顔は許せるものではない。
 思い出すと今でも腸が煮えくり返る。


 けど、ま……それがあったからアーサーが俺んとこに来た今がある訳で、腹は立つけど、複雑。
 あいつがうちに初めて来た日は、今でも覚えてる。


「今日から俺がお前のお兄さんだよ」

 小さなベッドに寝かせた赤ん坊の、透き通ったグリーンアイズが俺を見上げた。
 以前見た時よりも、心なしか昏く沈んでいるような気がして。
 頬を突いた時は泣かせてしまったから、小さな掌の中に自分の人差し指を添えてみた。
 すると子供の俺の指より更に小さい5本の指で握られて。
 擽るように撫でたら、キャッキャと燥ぐ声に安堵した。

「……俺が護ってやるからな。安心しろ」

 あの時の気持ちは、10年以上経った今でも変わらない。





「フランシス!!」

 突然ドアを開けて名を呼ぶ声に、凭れていた窓枠を離れて振り返る。
 其処には、すっかり大きくなった弟が、右手になにやら不穏なモノを携えて……いた。

「見ろ! あいつから教わって作ったはんばーがー≠セ」

 満面の笑みで差し出されるソレを受け取る。ハンバーガー、アメリカ国の城下町で流行の食べ物だ。
 パンの間に肉と野菜を挟んで食べる手軽さが売りの人気食……。
 手軽さが売りの……。

「……、坊ちゃん……。なんかコレ、黒くない?」

「は、初めてだったからな! 大丈夫だ、味は保障する」

「王子も食べたの?」

「ああ。――う、美味いってさ」

 途端にもじもじと指を擦り合わせるアーサーが、少し早口になりながら続ける。

「残った分をお前にやるつもりが、あいつすげー勢いでバクバク喰ってよ、其れが最後の一つなんだ。べっ別にお前にも食べさせたかったとか、そんなんじゃないんだかんな!」

「あー……はいはい」
「――っと、あいつ置いて来ちまったし、片付けも済んでねえから一旦戻る」
「ん、廊下は走らないようにね」
「わ、分かってる!」

 慌しくアーサーが扉の向こうに消えて行くのを見送って、手の中のソレとそっと向き合う。
 大方、アーサーの手料理を俺にやりたくなかったんだろうけど――この考え自体は恋する青少年として分からないでもない――が、愛の力は偉大だと思わざるを得ない、黒い塊。一体何をどうすればコレになるのか。

 ――アメリカ国と婚儀の話がアーサーに来た時、当然俺は反対した。当たり前だ、今まで散々蔑ろにして今更何をと思ったし、もう騎士も何もかもどうでも良くなって、アーサーに一緒に逃げてやろうかと提案した。それも悪くないと本気で思った。
 でもあいつは、首を縦に振らなかった。

 ふっと笑みが漏れる。
 最初はどうなる事かと思ったが、ここでの暮らしも悪くない……そう思わせたこの国の王子。
 少し悔しく思うのは、娘を嫁にやるような気持ちに似てるだろうか。

 俺は変わらずあいつを護り続けるけど、もしかして、あいつを幸せにする奴が現れたのかもしれない。
 ――なんて、こんな事を考えるから過保護とか甘いとか言われるのかもね。

 一口齧ったハンバーガーは、やっぱり見た目の通り苦かった。

 



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