君がいる明日
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振り向いてマイプリンセス
振り向いてマイプリンセス9
自慢じゃないが俺は強い。
なんせ俺には仕事やら兄貴達のように帝王学を学ぶといった『遣らなければいけない事』が無かったのだ。1日のうち訓練に充てた時間は並大抵ではない。
名の通った騎士であるフランシスにも連戦連勝中……なのはあいつが手加減しやがるからだが。
それに――。
「……」
ちらりと背後を見遣る。
いつの間にかアルフレッドも賊から長剣を奪っていたようで、煌びやかな装飾が施された短刀は腰に戻し、先程よりも豪快に賊達を蹴散らしている。
背中を預けられる相手が居るのは心強い。
アルフレッドに比べるとパワーは劣る俺だが、その辺はスピードとテクニックでカバーだ。
ただがむしゃらに得物を振り回すだけの賊になんて負けるかよ。
「ハッ、どうした。もう終わりか?」
先程から一番俺に執着して突っ込んで来るのは、俺が武器を奪ってやったこの銀髪頭だ。
ギルベルト、と呼ばれていたからそんな名なのだろう。
今は加勢に来た仲間連中から受け取った別の武器を手にしている。
挑発した俺も悪いのだが、賊ってやつは本当にマナーがなっちゃいないらしい。
「チッ! ……女に負けるなんて納得いかねぇ!」
「っ!?」
ギルベルトが手近に居る仲間の手から長剣を奪って俺へと投げ付けて来た。
フランシスとの騎士道を重視した一騎打ちしか経験の無い俺は、こういった奇策には不慣れだ。フランシスとの手合いでは、よく「坊ちゃんそれ卑怯!」なんて言われる悪どい手を用いた俺だが、それでも賊よりはマシだったと今なら思う。
此方に向かって飛んでくる凶器を紙一重で避けると、動揺が顔に出てしまったのだろう。ムカつく程に味をしめた笑みを浮かべる男の手からもう一撃が繰り出されるそれを、今度は刀身を構えて盾にする。
なんとか弾いた。辺りに刃と刃がぶつかる嫌な金属音が木霊する。
「くっ……!」
「隙ありだぜぇ! ほらよっ!」
一気に間合いを詰めたギルベルトの顔が間近に迫る。やられる――そう思い瞼を固く閉じた俺を襲ったのは、盛大に布を裂く音だった。
確かに一般女性に対してであれば有効な手段だったかも知れない。
否、一般男性とは言い難い俺にとっても充分マズい一手だ。
卑下た顔から察するに、破廉恥極まりない卑猥な展開でも妄想していたのだろう。
しかし、その顔が驚きに染まる。
「……へ? お前おと……」
ギルベルトの台詞が最後まで紡がれる事は無かった。
纏っていた長いローブを見事に肩から斜めに裂かれた俺は、思わぬ事態に動けずにいる。
「ア、アルフレッド……」
どさりと地面に伏したギルベルトの後ろから、長剣を逆さに構えたアルフレッドの姿が現れる。
どうやら柄の部分で殴って気絶させたようだ。
――見られた。
俺は、怖くて怖くてアルフレッドの顔なんか見れなくて。破れた前を掻き合わせて背を向ける。首を竦めると、身体が強張ってしまって肩が震えた。
こんなに露出させた肌を見られては、もうどんな誤魔化しも通用しないだろう。
目の前が真っ暗になる。
いつの間にか取り落としてしまった武器を今直ぐにでも拾い、応戦しなくてはと頭の片隅で思うのに、それ以上の動揺が強すぎて一歩も動く事が出来ない。
その間、ほんの何秒といった所だろうが、俺にはこのまま永遠に続く責め苦のように思えた。
そんな、まるで最後の審判を待つように其処だけが正常に働く俺の聴覚に、アルフレッドの声ではなく馬を走らせる蹄の音が届く。
視線だけを上げて窺うと、アメリカ国の星条旗を掲げた幾頭もの馬と、その背に跨る兵士が見える。
その一番先頭を走るのは、幼い頃からよく見知った自前のサラサラヘアを風に靡かせるフランシスだった。
他の兵達が指示を出し合いフランシスや俺を追い越して賊を捕らえに走る中、フランシスは俺の傍まで来て馬を止めると地面に降り立つ。
その顔は心なしか怒っているようで。
「っ……フランシス……」
俺はよろよろと足を進ませてフランシスの元へ向かった。
珍しく怒っているフランシスよりも、俺は今他の何より自分の後ろを振り向く事が怖い。
きっとアルフレッドに嫌われてしまっただろう。そう思っただけで両方の目から涙が溢れて来て視界が歪んだ。
いつだって笑顔が印象的なアルフレッドの顔が軽蔑で歪む様など、想像も出来なくて。
今直ぐにでもフランシスの馬に乗って何処かへ逃げてしまいたかった。
「何で俺になんも言わないで勝手に出て行った! ……ったく、」
フランシスの元まで辿り着くと予想通り怒られたが、ぐしぐしと目元を手の甲で拭う俺に声音を和らげると、自分が纏っていたマントを着せ掛けようとしてくれる。
しかし俺の肩にバサリと掛けられたのは、目の前のフランシスのものでは無かった。
背後に人の気配がする。
助けを乞うようにフランシスを見れば、フランシスはその人物に視線を合わせていて。その顔は無表情で何も読み取れなかったが、普段より眉間に皺が寄っていた。
恐る恐る振り向くと、今まで黙って居たアルフレッドが自分の上着を脱いで俺に着せ掛けてくれた事が分かる。唇を引き結んでいる表情からとても不機嫌な事が窺えた。
アルフレッドもフランシスを見ていて、俺の事など視界にも入っていないように思う。
一瞬、上着を掛けてくれたのは本当にアルフレッドだろうかと困惑したが、この上着は確かに先程までアルフレッドが纏っていたものだ。
俺は彼の温もりと匂いが残るそれをぎゅ、と指先で握り締めた。
「さ……さんきゅ……」
逡巡した末に小声で礼を述べる。
どうやら嫌悪はされていないようだ。でなければ自分の上着を着せ掛けたりなどしないだろう。
俺が小さく絞り出した言葉は届いていないのか、アルフレッドは無言のまま俺の腕を掴むと其の場を離れようとした。
焦ってフランシスを見ると、呆気に取られた表情から一変、苦笑を浮かべながら俺に手を振る。
嗚呼……そうだな。罰は受けなくてはいけない。
俺は絞首台に連行される罪人の気分だった。
流石にあんな事があった後だ。
そう遠くまで離れる気は無いのか、アルフレッドはまだ喧騒が聴こえる位置で足を止めると、俺の肩を掴んで俺の身体を樹の陰へと立たせた。
その強引さに多少足元をふらつかせながらも、俺は逆らう事無く従う。此処からだとフランシス達からは見えない。
「ア、アメリ……」
「"アルフレッド"」
「……ア…アルフレッド……俺……」
俺は訂正される侭に名前を呼び直し、一旦言葉を区切って緊張で溜まった唾液を飲み込む。
そろりと視線だけを上げて窺えば、先程よりは表情が和らいだアルフレッドが真剣な眼差しで俺を見ていた。
空色の瞳が黙ったままでいる俺を促す。
(此処までか……楽しかった、な……)
俺は震えてしまい動く事を拒む唇を引き結び、意を決して開く。
「――俺、実は男……なんだ。っごめ……!」
「気付いてたさ」
「……へっ……!?」
今……何を言われたのか分からない。
俺は下げかけた頭を中途半端な位置で止めてアルフレッドを見上げる。驚きの余り前を掻き合わせていた手を離してしまった。見開かれた双眸からは溜まっていた雫が溢れて頬を伝う。
そんな俺にアルフレッドは完全に相好を和らげると、俺の肩に掛けていた自分の上着のボタンを留めて、みっともなく肌蹴られた俺の前を隠す。
体格差のあるアルフレッドの上着はそんな着方をしても全然窮屈じゃなくて。手を動かせなくなった俺の代わりに、アルフレッドが人差し指で涙を拭ってくれた。
「え……じゃあ、何で……」
「――まだ気が付いてくれないのかい? 君の事が、性別の関係なく好きだからさ」
「そ……な事……」
あるはずない?信じられない?俺が言おうとした筈のそんな台詞は、言葉にする前にアルフレッドの笑みに霧散してしまった。
「そんな……けど俺……!」
それでも俺は尚も素直に受け入れ難くて。
思い付く侭に勝手に浮かぶ言葉を、俺は必死に言い募る。
「っけど、子供が……! 俺は男だからお前の子供なんてどう頑張ったって産めねぇよ……っ!」
混乱した頭では新しい事は考えられなくて。以前、そのような事を考えた記憶が口をついて出た。
仮にアルフレッドが俺を好きでこのまま結婚したとしても、男同士では世継ぎを産めない。
そうなると他に妻を娶って子を儲ける必要性が出て来る。
世継ぎ、王位継承権、正室、側室――どれも俺の嫌いな言葉だ。
何故それが今更になってこんなにも怖くなったのか……俺の口は、俺の意識とか理性に相談してくれる前に、勝手に言葉を発していた。
「お、俺は一夫一妻制だかんな! うっ、浮気なんてぜってー認めねぇぞ!?」
「浮気? そんな事、君にだってさせるつもりはないんだぞ。養子を取ってもいいし、時期国王は弟のマシューの子が継げばいい。本当に俺に王たる器がある真のヒーローなら、場所も地位も選ばない筈さ! なんでも一番が好きだけど、それよりも……君が好きなんだ」
真っ直ぐに注がれるアルフレッドの真剣な眼差しが、声が、それが本心だと俺に伝えてくる。
俺も……、俺も。
こいつの傍で、こいつを支えながら……一緒に、生きてみたい。
この想いは、苦しい程の胸の痛みは一体なんだ?
分からない、分からなくて不意に怖くなる。
「……ま、まだ俺……お前を好きか分かんねーし……」
本当に……良いのか?俺で……こんな俺が傍にいて。
「俺が君の分まで愛してるから大丈夫なんだぞ! それに、君の事がこんなに好きなヒーローに愛されて、君が俺に惚れない筈が無いじゃないか!」
自信満々に告げられるその一言一句が、優しくて、温かくて。
こんなの……こんなの知らない。
こ の胸の中の何処にしまえば良いのか分からない。
「うっ……ふっ……、…ッく……」
「泣かないでくれよ、まるで俺が虐めてるみたいだ」
「ちがっ……なんか、訳、わかんね……っ」
全身が満たされるような感覚。満たされ過ぎて溢れそうだと思ったら、目から溢れて来た。
俺はそれが勿体なくて、手で瞼を押さえたいのにアルフレッドの上着にくるまれて居て自由に動かせない事を思い出す。
下から腕を出そうとゴソゴソやっていたら、正面からアルフレッドに抱き締められた。
俺は泣いてる顔を見られたくなくて、そう、泣いてる顔を見られたくなかったから。
盛大に鼻を啜ってから思い切り胸に顔を埋め、大人しく抱き締められたまま暫く泣いた。
髪を撫でる優しい大きな手を、失いたくないと思ってしまった俺は、多分こいつの事が――。
(好き……)
なんだと、思う。
* * *
ひとしきり泣いて、泣き止んでからアルフレッドの影に隠れてこそこそと皆が居る方へ戻ると、あれだけ居た賊の姿は一人も見当たらなかった。既に連行された後なのか、皆既に馬に跨って帰る準備は万端って感じだ。
どうやら俺達待ちだったらしい。
端から見れば俺達は、強いて挙げれば賊に襲われ怖くて泣いてしまった姫とそれを慰める王子の図、だろうな。畜生……悔しい。
「それじゃあ、帰ろうか」
アルフレッドが相変わらずキラキラとした笑みを俺に向けて、手を差し出した。
俺は、俺達にと用意されたに見える、離れた位置で兵士に手綱を引かれている馬と、アルフレッドが進まんとしている進行方向とを見比べる。
困惑する俺に四の五の言わせず勝手に俺の手を取ったアルフレッドは、悪戯っぽく片目を伏せた。
「帰るまでがデートなんだぞ」
どうやらアルフレッドは、俺と歩いて帰りたいらしい。
このまま手を繋いで城まで帰る道すがらを、ぞろぞろと騎馬隊に後を歩かれる姿を想像して俺の顔が盛大に歪む。嫌すぎる。
しかし繋いだ手を離したいかと問われれば、そうでもない。
「――じゃあ……」
服を引いてアルフレッドを招く。
俺達は顔を寄せて小声で囁き合い、悪戯っぽく笑み合った次の瞬間、繋いだ手をぎゅっと握って二人で駆け出した。
どうせ直ぐ追い付かれるだろうけど、城だって直ぐ其処だ。
後ろで慌てふためく声が聞こえて俺は一段と楽しくなる。
声をあげて笑いながら、初めて訪れた時から数えて二回目となるアメリカ城へ、俺は笑顔で駆けて行ったのだった。
「名前、なんて云うんだい?」
「……アーサー」
「アーサー! 愛してるんだぞ!」
「ばっ、ばか……! のわぁぁあ抱きつくなー!」
「それは無理な相談さ! だって俺は今、とても感動しているんだからね!」
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