君がいる明日 - main
無償の愛≠無限の愛

無償の愛≠無限の愛2


 どうせ何だかんだで直ぐ元に戻ると思ってたのかな。

 考えてみたけれど、今は其れもよく分からない。

 分かる事は只一つ。

 俺が彼の傍を離れる事を望んで、彼が其れを甘んじて受け入れて。

 そうして結果的に──……俺が彼を失ってしまったと云う事だ。

 他でもない俺の望みが叶った筈なのに。

 何でだろう。

 ねえ、全然すっきりしないんだ。

 だからきっと、この不快感の原因は彼にあるに違いない。


 彼が小言を云わなければ。
 俺を子供扱いしなければ。
 酒癖が悪くて懐古趣味、すぐ泣くクセに素直じゃない。
 あとあの料理の腕はなんとかならないものか。


 そんな俺の話を時折曖昧な相槌を打ちつつ聴いていた日本は、突然訪ねて来た俺を迎え入れてくれた時と同じく感情の読めない漆黒の双眸に俺を映して、曖昧に笑った。

「アメリカさんがおっしゃる事も、分からなくは無いのですが……」

「だろう!? 全く、君に比べてイギリスは全然俺の事なんか分かっちゃくれないんだ」

 笑みと同じく曖昧な言葉。
 けれど同意には違いないと俺が勢い勇んで頷くと、日本の眉が下がってハの字になった。

「いえ、その……つまりアメリカさんは、イギリスさんとの関係を修復したい、と云う事ですよね?」

「……うん、まあ……そうなるかな」

 ふい、と視線を逸らしながら告げると、日本が深い深い溜め息を吐く。
 話題の矛先がイギリスとの関係に及ぶと、途端に俺の声は勢いを失くしてしまう。
 だって、つまりそう云う事なのだ。
 欠点なんて幾ら挙げても足りないイギリスと別れて半年、そんな彼との関係を、俺は元に戻したいと思ってる。
 けれど俺は今彼に全力で避けられていて、会話すらままならない。

「……ねぇ、日本はイギリスから何か俺の事……聞いてるかい?」

「ええと……」

「教えてよ」

 下へ横へと視線を移ろわせる日本を見て、きっと良くない事で何か聞いたんだろうと察したけど、俺はそれでも日本を促した。

「……私が最後にイギリスさんからアメリカさんの話を聞いたのは大分前になりますが……その時は、もういい……と、そうおっしゃっていました」

 ぽつりと呟き落とされた言葉に実感が湧かない。

「……なんだい、それ」

 自然と声が低くなる。
 もういいって、何が?俺が?
 腹の底に、何か不快なものが溜まる。

「……もう、アメリカさんとお付き合いする気は無い……という事かと──」

「や、ちょっ……待ってくれよ」

 俺の言葉を疑問詞と捉えたのか、ご丁寧にも細かく噛み砕いて説明してくれる日本の声を、俺は慌てて遮った。
 俺は彼とよりを戻すつもりでいて、その作戦を練る為に此処日本を訪れた筈だったのに、そんな、いきなりゴール地点を潰されてしまっては困る。
 さっき感じた不快感は霧散したけれど、代わりに焦燥感に駆られた俺は助けを乞うように日本を見た。

 そしてそんな俺を見た日本は、ずず、と緑色のお茶を啜り、落ち着いた声音で諭すようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「……アメリカさんの云いたい事は分かりました。ですが……イギリスさんがアメリカさんを避けているのは事実ですし、それに……今のままでは喩え元に戻ったとしても、また同じ事の繰り返しなのでは?」

「そっ……」

 ……んな事は無い、とは言い切れないけど。
 同じ事……つまり俺がイギリスを鬱陶しがらない保証は何処にも無い訳で。
 だって、それは、イギリスが悪い。
 鬱陶しい時の彼の煩わしさは並大抵のものじゃない。

 押し黙る俺を見た日本の目が、僅かに細められる。
 暗に「そんな気持ちで受け入れて貰えるとでも思っているのか」と責められているような気になって、一度は鎮静化した訳の分からぬモヤモヤが、また溜まって来た。
 なんだい、云いたい事があるのなら云えば良いじゃないか。

 まるで俺よりも日本の方がイギリスの気持ちを解ってるみたいで、それにもムッとする。

「君達みたいな年寄りは、頭が固くていけないよ。やってみなきゃ分からないじゃないか」

 ついつい言葉に棘が混ざって、けれど訂正も出来ずにそっぽを向いていると、日本が溜め息を吐いた。
 呆れられているのだろうか。

「――そうですね。アメリカさんはまだお若く力もあって、ご自分の思った通りに行動する事が出来る。……ですが、少しばかり配慮に欠けています。あなたのような子供には、分からないかも知れませんね」

 子供扱いされた事は、売り言葉に買い言葉だからグッと堪えた。
 俺だって反省ならしてる。
 彼に一方的に別れを突き付けた。
 だからこそ今、彼と話したいと思ってる。

「……それで、イギリスさんになんと云うおつもりですか?『君の事は変わらず鬱陶しいけどまた付き合おう』とでも?」

「そんなまさか!」

 そんな言葉で元に……彼と恋人に戻れるだなんて、幾ら空気が読めないと云われる俺でも思わない。
 イギリスになんて云うかは、まだ決めてなかった。と云うか、思い付かない。
 出来れば穏便に進めたくて、これはその為の相談なのに。

「ですが……アメリカさんの言い分はつまりそういう事ではないのですか? アメリカさんが譲らないのなら、イギリスさんが譲らなければいけない」

「それは……」

 イギリスに小言を云われると、俺は苛々して彼に辛く当たる。
 そのまま喧嘩になる時もあるけど、彼は俺に甘いから、俺が不機嫌になると大抵焦ってあの手この手で構ってくる。
 それがまた子供扱いされているようで……と始末に負えないエンドレスリピート。
 別れる間際は、そんなフラストレーションが溜まりに溜まって、今とは逆に俺の方が彼を避けていた。
 けど俺はやっぱり――。

「『要らない』……と、おっしゃったそうですね」

 覚えのある言葉にビクリと肩が跳ねる。
 流石にバツが悪くて、俺の顔は今きっと情けなく眉を下げているに違いない。

「……イギリスが云ったのかい?」

「私が訊いたんです。……とても傷付いていらっしゃいましたよ」

『要らない』其れは俺がつい彼の前で口にしてしまった言葉で、俺が彼に逢ったら謝りたいと思っているうちの一つだ。
 あの時は、ついうっかり思った事をそのまま口にしてしまう程の本心だった。
 けれど今、やっぱり彼が欲しいと思う気持ちも紛れもない本心で。
 そして俺の口は、彼に似て自分の思った事が素直に話せるようには出来ていない。

「傷付いた……って、そんな今更……。俺達は昔からそういう関係だったんだ、いつもの事じゃないか。君には分からないよ」

 俺だって、彼の言動には何度も傷付いて来た。
 昔からそうだったなんて、口にした台詞は本心じゃなかった筈なのに、一度言葉にすると本当にそう思えて来るから不思議だ。
 そうさ、これくらい……いつもの事じゃないか。
 だからきっと、簡単に──。

「……そうですね、あなた方のこれまでを、私は知りません。……私が今分かる事は、今……アメリカさんがよりイギリスさんを傷付けていて、イギリスさんがより傷ついていると云う事です」

 浮上し掛けていた思考が地に墜とされる。
 頭にカーッと血が昇った。

「君は! 俺が何も傷付いてないって云うのかい!? 彼の傍は……とても息苦しかったんだ! 君に俺の気持ちが分かるかい!?」

「なら、離れられて良かったじゃないですか」

 今まで俺の話の何を聴いていたのか。
 あんまりな言い草に、俺は拳で机を叩いた。

「あなたの言葉や考えを、否定するつもりはありません。……ですが、イギリスさんとの立場が逆でも、あなたは同じことが言えますか?」

「逆ってなんだい!? 同じことってなんだい!」

「アメリカさんの言葉は、イギリスさんが……ご自分の、アメリカさんの都合の良いようにするのが当然だと、そうでなければ要らないと云っているように聞こえてしまいます。……お二人の価値観が喰い違い、結果別れてしまった。ならばそれは、仕方の無い事なのではないでしょうか」

 同情?心配?正確には読み取れない色で日本の双眸がゆらりと揺れて俺を映す。
 俺は云われた言葉に不快感しか覚えなくて、再び机を叩いて立ち上がった。

「仕方無くなんかないよ! 傍にいたいと思ったら、相手の都合を考えたり、我慢するのは当たり前じゃないか! 君の得意分野だろう!?」

 勢い良く叩いてしまった所為で、俺の前に置かれていたユノミという変わったコップから緑色のお茶が少し零れて指に掛かったけど、もうぬるくなっていて全然熱くない。
 俯いた日本を見て、反論が出来ないのだと鼻息も荒く胸を張る。
 ほらみろ、俺は間違った事は云ってないんだぞ。
 けど日本の口から漏れたのは呆れたような溜め息で。

「もういいよ! 君が何を云ってるのか全然分からないんだぞ! ……イギリスに逢ってくる!」

 俺がそう云って背を向けると、背後で慌てたように日本が立ち上がる気配がした。

「待って下さいアメリカさん! 今のあなたが行っても、余計にイギリスさんを傷付けるだけですよ!?」

 ほらまた、まるでイギリスだけが傷付いているような言い方をする。
 誰も俺の気持ちを分かろうとしてくれない。
 否……イギリスなら、彼なら。

 あの時、別れ際、彼の言葉に耳を傾ける事なく終わらせてしまったけれど。
 今は彼の話をちゃんと聴いて、俺の話も聴いて欲しかった。

「大切なものは、ちゃんと……っ……何があっても変わらない、無くならないものなんて無いんですよ!? 本当に失ってからでは遅いと知りなさい!」

 リーチの差で素早く部屋を出て、日本の言葉を背に受けながら扉も閉める。

 変わらない?そんな事は望んでない。
 俺はイギリスとの関係に変化を望んだんだ。
 それは、こんな変化じゃない。


 本当に失う?何だいそれは。
 現に今彼は俺の傍に居なくて、俺は彼を失ってしまってるじゃないか。

 そしてそれが、今の状況が、嫌だと感じたから。
 俺は、俺の思うように行動しているだけだ。

 日本の家を飛び出した俺は、馴染みのルートで空港へ向かい、イギリス行きの飛行機へ飛び乗った。



<<<<<<<<<<<<<<<



 休日の恒例となりつつあるロンドンにある一際古めかしい屋敷の扉を叩き鳴らすと、目当ての彼は直ぐにやってきた。

『やあイギリス!』

 殊更明るく名を呼んでみても、目の前の彼はいつもの事だけど相変わらずの仏頂面。

『なんだよアメリカ、またかよ』

 眉間に深い深い皺を刻んで、玄関の扉に背なんか預けて腕を組んでいる。
 けどその実、本当のところ寂しがり屋で俺に甘い彼が俺の来訪を疎ましく思ってる筈が無い事を知ってるから、俺も遠慮なんかしない。
 ちゃんとアポイントを取れって怒られるけどね!
 でもそんなまどろっこしい事をしていたら、逢いたいと想っても実際逢えるのが1週間後や、1ヶ月後になってしまうじゃないか。

『良いじゃないか、どうせ暇だろ?』

『うるせぇバカ! 何しに来たんだテメェは!』

『君に逢いに来てあげたんだぞ!』

 そう、何を隠そう俺はこの眉毛の太い元兄に逢う為だけに、わざわざ海を越えた遠いアメリカの地から通い詰めていた。
 理由は単純明快、俺は彼の事が好きだからだ。

『……いい加減、変な冗談やめろよな……』

 不機嫌に見せて弱々しい言葉。

『冗談じゃないよ! 君がOKするまで俺は絶対に諦めないんだぞ!』

『………』

『イギリス……まだダメなのかい? 俺はもう子供じゃない、君と肩を並べられるくらいの大国になったんだ。本気だよ。絶対に君に寂しい思いはさせないし……大事にする、君の事がずっと好きだったんだ』

『……んな事云ってお前、どうせ俺が構ってりゃ俺の事なんか鬱陶しくなるだろ』

『うーん、それは否定しないけど……』

『おい!』

『そこは君が上手くコントロールしてくれよ。別に女の子みたいに毎日連絡が欲しいとか云う訳じゃないだろ? 今だってそんなしてないし』

『…………』

『そうだイギリス! デートしようよ! ロンドンの晴れなんて珍しいじゃないか! こんな日に引き籠もるなんて、どうかしてるんだぞ!』

『俺は夜から仕事が……って引っ張んな!』

『特別に俺が奢ってあげるんだぞ。だからねぇイギリス、行こうよ!』

『……ったく……しょうがねぇな、夕方までだかんな』

『よーし! そうと決まれば時間まで目一杯遊ぼう!』

 彼の手を引いて走り出す。
 振り返れば、少し困ったようでいて、けれどほんのりと頬を染めて嬉しそうな彼の顔が眩しかった。

『だから引っ張ンなっつの! この……ったく、しょうがねぇ奴だよ…お前は』

 唇の端を少し上げて少し笑ったイギリスの顔。
 独立前では見られなかった表情の一つだ。

 早く早く、ねぇ、俺のものになってよ。

 君の全部が欲しいんだ。


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 刻を止めていたキモチが再び動き出す。

 ねぇ、俺はやっぱり……君の事が好きみたいなんだ。

 こんな詰まらない喧嘩は止めて、仲直りしようよ。

 君だって、それを望んでくれるだろう?


 



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