君がいる明日 - main
無償の愛≠無限の愛

無償の愛≠無限の愛1


「よーし、じゃあこれから世界会議を始めるぞー!」

 俺は、いつだって無茶な事を云ってるつもりはない。

「えー先ずは俺からだけど……」

 だって考えてもみてくれよ。
 世界中のどんな問題だって、ヒーローさえ居れば万事O.K!何の心配も要らないじゃないか。
 やる前から出来ないなんて決め付けるのは、頭が固すぎるんだぞ!

 ……けど……。

「待てアメリカ!」

 ビクリと、思わず反応する自分の肩が恨めしい。
 ああもう、俺は馬鹿かい。

「そんな無茶な案が通る訳がなかろう!」

 イギリスの声が、こんなにゴツい訳が無いじゃないか。
 俺を怒鳴ったドイツが、少し離れた位置に着席しているイギリスへと視線を移す。
 そうだよ、この役目は君の筈だろう?
 反対意見は出ないに越した事はないし、そもそも反対意見なんて認めないけれど。
 でも何だろう……この気持ち。胸の奥でモヤモヤする何かが渦を巻いて止められない。
 お小言大好きなイギリスが何も云って来ないなんて、俺が彼から独立して直ぐの頃以来だ。

 イギリスは黙って手元の書類へ視線を落としたまま、時折隣に座るフランスと話をするぐらいで、一度も俺を見る事は無かった。
 顔色は、あまり良くないように見える。

 ――俺の所為なんかじゃ……ない。



  * * *



「おーい、日本ー、さっきの会議だけど……」

「おや、アメリカさん」

 今日の会議は、結局俺の案をドイツが片っ端から却下して中国が何処からかお菓子を持ち出してリトアニアがロシアに怯えててイタリアがお腹が空いたと騒ぎ出して、そんな感じに大体はいつも通りに終わった。
 一部を除いて。

「……ところで日本、最近イギリスの様子は……」

 何気なさを装って日本に訊ねる。

「──そうですね。もう少し……、そっとして於いてあげては如何でしょうか」

 日本は、少し首を傾斜させて困ったように笑った。
 笑ったと言っても笑顔じゃなくて、唇が薄く開いて弧を描いているだけの何とも言えない微妙な表情だ。
 諭すような言葉に、今日の会議で討論された議題について、いかにヒーローが大切か話していた時はうろうろと彷徨っていた視線がひたりとかち合う。
 質問の答えになっていないのに、俺はもう一度問い直す気にはなれなかった。

「……そう、かい……」

 ポツリと呟き落とすと、不意に視界の隅にいたイギリスが席を立つ。
 どうやら書類を纏め終えて帰るようだ。
 隣のフランスも同じタイミングで立ち上がって彼に続く。
 心無しか覚束無いイギリスの足取りを支えようとしたフランスの手が、振り払われた。
 けれど立ち位置は隣を許したままで。

「……あそこは俺の場所だったのに……」

「ご自身で手放されたのでしょう?」

「そうだけどさ……」

 知らず漏らした呟きに返される台詞に、頷く以外の言葉が出ない。
 物言いたげな日本の視線が痛かった。
 そう、手放したのも彼が鬱陶しくて仕方なかったのも俺だ。でも。

「すっごくムカつくんだぞ!!」

 感情を吐露するように言葉にしたら、思いの外大きな声が出た。
 まだ大勢の人が残りザワついた会議室内では、多少の大声など誰も気に留めない。
 視線くらいは送られたかも知れないけど、少なくとも俺の視界にはいなかった。
 そんな中、俺の視線の先……イギリスの肩がビクリと跳ねる。

 あ、今、絶対何か勘違いした。
 全く、しょうがない人だ。

 彼は馬鹿みたいにネガティブで直ぐ後ろ向きに考える所があるから、きっと自分に対して言ったと思ったに違いない。
 まあ、間違ってはいないんだけどね。

「待って下さい」

 まだ小刻みに震える肩に引かれるように進み出た足が、日本の言葉に静止する。
 視線だけで振り向くと、小柄な日本がいつになく真剣な眼差しで俺を見上げていた。

「……アメリカさん……貴方は今、彼に優しい言葉を掛けに行かれるのですか? それとも、ご自分の主張だけをぶつけに行かれるおつもりですか?」

「え……?」

 日本の言葉に、俺の口から間の抜けた声が出た。
 瞬きを繰り返し、漆黒の双眸と見詰め合うこと数秒。
 あっと思った時には、既にイギリスもフランスも居なくなっていた。

「俺は自分が思った事を云うだけさ!」

 また日本が何か云ってたけど、今度は立ち止まらずに駆け出す。
 目指すはイギリスただ一人。


 俺とイギリスが別れてから、半年が経っていた。
 その間、殆ど碌な会話もしていない。

 そりゃ、別れた当初に彼を避けてたのは俺の方だけど。
 別れる時は、自分で言うのも何だけど、随分と酷い事を言った気もするけれど。

 けど、いい加減もう良いじゃないか。

 この際お小言でも何でも良いから、彼の声が聴きたかった。



  * * *



「ねぇ、イギリス見なかった?」

「見てへんなぁ。フランスなら別口で仕事があるゆーてそっち行ったで?」

 視線の先でスペインが首を傾げる。
 別にフランスの行き先までは訊いてない。

「――そんな筈ないだろ、こっちに向かってたんだから……」

 自然と声が低くなった。
 スペインが恨みを持つとしたら俺もイギリスと同等かも知れないけど、だからこそ彼がイギリスの所在を隠す意味が解らない。

「あーっ分かた! 言う! 言うて! そない怖い顔すんなっちゅーに……。──……あっちや、あっち。会議も終わったし、自分の家に帰るんとちゃうん?」

「……そうかい……」

「…………追い掛けへんの?」

 踵を返して元来た道を戻ろうとする俺の背に、スペインの声が掛かる。
 スペインも彼なりに何か思う所があるのかも知れない。
 イギリスと俺の関係は周知の事実だったから、別れた事も皆の知る所だろうし。

「いや……今日はいいよ。悪かったね、それじゃ」

 諦めて立ち去る背中に、スペインの間の抜けた声が掛けられる。

「ほななー……」

 出鼻を挫かれて、先程までの気持ちが少し萎んでいた。
 そもそも今更彼と逢って、何を話そう。


 俺は、イギリスと別れて漸く本当の自由を手に入れたんだ。
 もう彼に縛られる事も、彼の言動に苛立つ必要もない。

 だから今の状態は、俺の願った通りの筈なのに……。

 ──否、違う。

 俺が求めていたものはなんだ。
 だいたい、彼から独立した俺が再び彼に縛られる事になったのは何故。

 俺が自由を求めるよりもっと前、300年間求め続けて来たのものは――。



<<<<<<<<<<<<<<<



『ねぇ、イギリス。イギリスには……すきな人っているのかい?』

 あの時の俺が一番好きだった時間。
 彼が来る日は、いつも適当な理由を付けては彼のベッドに入れて貰い、彼だって喜ぶからと自分に言い訳をしつつ思い切り甘え倒す。
 次はこれ、と何度も繰り返して読んで貰った本も、俺が欠伸をしてしまえば其処で終了。
 オレンジ色に部屋を灯すランプの明かりを消そうと、イギリスが身を起こした事で離れてしまった背中に、気付けば俺はそんな言葉を掛けていた。

『ん? どうしたアメリカ。もう寝ねぇと、明日起きれなくなっちまうぞ』

 俺の真剣さが全く伝わらない彼は驚いた様子で目を瞬かせると、俺が眠くて可笑しな事を云っているとでも思ったのか、ブランケットを俺の肩まで掛け直してポフポフと優しく撫で叩いて来た。

『答えておくれよ!』

『おいおい、ったく……しょうがねぇな。……そう言うアメリカはどうなんだ?』

 焦れてつい強く促すと、イギリスは笑みを浮かべたまま少し困ったように眉を下げて、逆に俺へと問い返す。
 何の打算も計算も無い柔らかな双眸が俺を映した。

『……おれは……おれは、イギリスが好き……。おれは君がすきなんだぞ!』

 首許に掛かるブランケットの端をぎゅうと握り締めながら言い募る。
 これは告白だ。時折人間達がやっているような。
 その時は男女の人間だったけど、想うだけで胸が苦しい位に焦がれる相手は彼だけだから、俺が告白する相手は彼で間違っていない筈だ。

『本当か? 嬉しいよアメリカ、俺もお前が好きだぞ』

 さっきよりも更に眉を下げた顔はふにゃふにゃと笑みを象り、本当に嬉しそうにイギリスが微笑う。

『っそれじゃあ、おれ達……』

 俺がイギリスを好きで、イギリスも俺を好きなら今日から俺達はコイビトだ。
 今日からイギリスは、俺だけのイギリスなんだ。
 仕事にも、誰にも取られなくていい。
 俺が向ける期待の眼差しに、イギリスは満面の笑みで応えてくれて。

『お前は俺の自慢の弟だ。……何かあっても、必ず俺が護ってやるからな』

『えっ……あ…、……うん……』

 胸の高揚は、空高く持ち上げられた後に一瞬で地へ落とされた。
 彼の笑顔は目許を少し赤らめたとても可愛らしいものなのに、その口から出る言葉は俺の求めるものじゃない。
 ぐしゃりと潰れたように痛い胸を押さえ、俺はただ苦い笑みを浮かべて頷いた。


>>>>>>>>>>>>>>>




 これが最初の失恋。

 諦めるなんて選択肢は端から無くて、そうして何百年も掛けて漸く手に入れた筈だった、俺がずっと欲しかったもの。

 手放したのも、俺自身。

 ──否、違う。手放したんじゃない。

 あの時の俺は彼の顔を見るだけで苛立ちを覚えるようになっていて、彼もそんな俺との距離を測りかねてか普段のお小言が鳴りを潜めるくらいに引け腰になっていて。
 だから、そう。

 お互いに、少し時間が必要だっただけさ。







「……行ったかこのやろー……」

 物陰からこそりと顔を出したロマーノが、ちらちらと自分が今出て来たばかりの後ろを振り返る。

「おい眉毛、もうアメリカ行ったで? 自分の家に帰るんとちゃう?」

「……誰が眉毛だ馬鹿」

 口をついて出る言葉とは裏腹に、正に顔面蒼白といった目の下に隈まで作った酷い容貌のイギリスが、物陰から出て来てフラリと壁に手を着く。

「…………悪かったな……」

「あーもー気持ち悪いから謝んなや。……それより自分、顔色悪いで?」

 思わずスペインが助け舟を出そうと思ってしまい、実際にこうやってつい気に掛けてしまう程に、イギリスの様相は心身共にボロボロ、と云った風だった。

「……少し寝てないだけだ」

「……人、呼ぼか?」

「要らねえよ、ばぁか……」

 右手をポケットに突っ込んで何かを探りながらフラフラと立ち去る背を見遣り、ロマーノがスペインに並ぶ。

「……良かったのか? あのまま帰して……1日2日寝てないって顔じゃなかったぞ、あいつ……」

「俺らが付いてっても気ぃ休まらへんやろ」

「それだけじゃなくてよ……なんか、こう……気の利いた言葉とか……」

「ロマは優しいなぁ。……俺はあの二人の気持ち、どっちもホンマの意味では分かってやれへんからな、何も云われへん。……何で上手くいかへんかなー……」

「……優しくないからか?」

「ん〜、優しいだけでもあかんねんで?」

「え……オメェから優しさ取ったら何が残るんだ?」

「!? それ親分褒められとるん!?」

「……あ、トマトか」

「なあロマそれ親分のこと褒めてるん!?」

 至極納得したとでも言いたげなスッキリした顔で手を打つロマーノに、スペインは引き吊った笑みを浮かべた。


 



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