君がいる明日 - main
無償の愛≠無限の愛

エピローグ


 俺達が別々に借りていたホテルは幸いにも同じ所で、テーマパークから少し距離のある其処まで二人手を繋いで黙々と歩いた。
 彼が借りていた部屋から荷物を移す事もせず、真っ直ぐに向かったスイートルーム。
 室内に入った途端にどちらからともなく扉の前で盛り上がった俺達は、けれど彼が俺の腹にある痣を見付けて一時中断となって。
 理由を話したら無茶苦茶怒られた。

 その後、彼が鍵を失くしてしまったと涙ながらに謝罪するからポケットに入れていた其れを渡してあげたら、形を歪めてしまった銃痕に悲鳴をあげられたっけ。
 ねえ、その悲鳴は銃弾を受けた俺に対して?それともドッグタグ?
 ――まあ、「拾った事には感謝する。けどな、俺はこいつをお前に返した覚えはねえぞ、だから俺んだ」って云ってタグと鍵を両手にしかと包んで涙の残る眦で睨んで来る彼は最高に可愛かったから、どっちでも良いけど。


 その後はしっかり朝まで愛し合って……。




 ――そうして1ヶ月が経った。





  * * *




「NOoooo!!」


 玄関の扉をドンドンと乱暴に叩く事もせず軽くノックをしたのに出て来ない住人に焦れ、鍵の掛かっていない扉を開けて勝手知ったる家の奥に進んだ先に、その悪夢はあった。

『アーサー・カークランド。俺がこの先、生涯愛し続ける人さ!』

 機械を通して聴こえる自分の声。
 覚えのある内容に、一気に耳まで熱くなる。

「ん? ああ、来てたのか。仕事はいいのか? ヒーロー」

 そして冒頭の台詞、俺の叫び声を聴いたテレビの前のソファーに座る此処の家主は、たった今俺がいる事に気付いたのか驚いた視線を俺へと向けた後、からかうように笑った。
 急いでテレビの前のテーブルを迂回してDVDプレイヤーの傍まで辿り着き、手を伸ばす。

『アーサーがいない世界なんて、俺はきっと───』

 漸く途切れた音声と映像に、大した運動もしていないのに呼吸が乱れて肩が上下した。

「君ねえ……!」

「んだよ。お前自分大好きなんだし、良いじゃねえか。なあヒーロー?」

 振り返って叫べばあっさりといなされ、俺は代わりに電源を落とした無機物へと矛先を向ける。

「……嗚呼、壊しても良いが保存用にまだまだ同じのがあるからな。他にも各国からカナダ、フランス、スペインにドイツ、イタリアは兄と弟で2枚送って寄越したし、日本からは最新式のHDD内蔵プレイヤーと一緒に観賞用と保存用と枕の下に仕込む用の特別製のディスクも届いたぞ」

 横長のソファーの上、嬉々として語る彼の隣に鎮座するDVDの山を見て、がっくりと肩を落とした。

 さっきまでテレビの画面に映っていたのは、先日の宝石強盗事件のニュース。
 あの時はかなり急いでいて周りを見る余裕が無かったけど、ニュースには宝石店から外に出て来る俺の姿と、報道陣の質問にハキハキと受け答えする様子がバッチリ映っていた。
 事件解決前から既に中継は始まっていたらしく、初めてニュースに気が付いて食い入るように観たあの日、無事に助かった人々の中に、あの時の父娘と母親らしき人の姿が映っていた時は安堵したものだ。
 ニュースを観た母親が駆け付けて来ていたのかも知れない。

 けれど、良かったのは此処まで。
 俺は名乗らず立ち去ったけど、謎のヒーローによって解決したちょっとしたニュースとして新聞の一面を飾って終わる筈だった俺の活躍は、思いも寄らない方向に飛び火した。

 先ずは俺の目撃情報が相次いだ。

 あるキャブの運転手はカメラ目線でこう云った。
「いやぁ、俺は一目見て分かってたね、彼が特別だと。そして宝石店へ送る道すがら、緊張していたヒーローの心を解したのが俺なのさ!」
 見覚えのある男性は、報道陣からマイクを奪ってガハハと景気良く笑っていた。

 別のキャブの運転手は、真剣な面持ちで記憶を手繰り寄せる素振りをしながらこう答えた。
「事件の日、俺はヒーローをとあるテーマパークまで乗せて行ったんだが、その日は閉園時間が普段より早くてな。ラジオのニュースでもそう云ってたんだ。なのにヒーローは其処へ向かってくれって。……もしかしてあの日テーマパークを貸し切った謎の人物は、彼だったのかも知れない」

 あるカップルの発言はこうだ。
「俺、ヒーローにケータイ貸したぜ!」
「凄い迫力で空港の偉い人に指示してたよ。ちょっと怖かったけど、いま思えば格好良かったかも!」

 またあるカップルはこう云った。
「夜の公園で妖精に呼び掛けているヒーローを見たよ」
「はぐれた恋人を捜していたのね、きっとヒーローにとって妖精のように美しい人なんだわ」

 そして名前も知らない主婦が泣いていた。
「この間の夜のことよ。一晩中名前を呼んでいてね、泣きそうな掠れ声で……もう胸が痛くて痛くて……」
 主婦はハンカチで何度も何度も目許を拭いながらインタビューに答えていた。

 おまけに宝石店に忘れた荷物を部下にこっそり取りに行って貰ったら、質の悪いパパラッチにホワイトハウスまで後を付けられて、火に油を注ぐように話題性を呼んでしまった。

 そんな訳で謎のヒーローことこの俺アメリカ、アルフレッド・F・ジョーンズの活躍劇は、その卓越した身体能力と溢れるヒーローオーラ、そしてヒロイン『アーサー・カークランド』の性別の謎も相俟って瞬く間に世界中に広がった。
 ……まあ、彼に云わせれば「世界が平和な証拠だろ、みんな話題に飢えてんだよ。国の中枢連中はお前の正体を知ってる奴も多い、案外みんな面白がってるのかもな」だそうだが。

 それにしたって結婚式場の予約や結婚指輪のオーダーメイド承りの案内、TVCMの依頼が殺到するのは流石のヒーローもお手上げだ。
 そりゃあ、今話題のヒーローが引っ張りだこなのは仕方無いけどさ、でも――。

「ところで、こんな所に来てて良いのか? ホワイトハウスに軟禁状態って聞いたんだが」

「…………」

 ギクリ、俺は肩を強張らせる。

「……おまえ、さては抜け出して……」

 彼の目が据わってじっとりと俺を映した。
 あのデートの日以来、お互い仕事が溜まりに溜まり過ぎて碌に電話も出来ていないのに。
 久々に逢った恋人相手に、さっきからなんて仕打ちなんだこの人は!

「しょうがないじゃないか! 君に逢いたかったんだ! 1日くらい休んだって良いじゃないかっ……ハンバーガーだって我慢してるんだぞ……っ!」

 最後の方は声も弱々しくなる。
 そう、俺は今、ホワイトハウスに軟禁されている。
 理由は至極当然と云えば当然なもので、俺たち国家は年月を重ねても外見が殆ど変わらないから、メディアに大きく露出してしまった俺は暫く身を潜めなければいけなくなった。
 具体的には、ホワイトハウスに軟禁されながら仕事をこなし、その間にアメリカの地を離れても仕事が出来る体制を整えて、半世紀ぐらい人目に触れずに生活すると云うものだ。

「お前、この間こっそりマック行ったろ。『マクドナルドで話題のヒーロー発見!?』ってニュースになってたぞ」

「うう……」

 膝上に肘を立てた手の上に顎を乗せて、姿勢を崩した彼がによによと笑う。
 その隣……DVDの山が連なる反対側へと腰を下ろして、前回抱き締めた時よりは多少肉付きの良くなった身体に腕を廻して。
 鼻腔を掠める匂いに、思い切り首筋にうりうりと鼻先を押し付けやった。
 そうすれば、そろそろと髪に差し入れられた良く知る指に髪を掻き撫でられる。
 漸く触れるようになった身体に、好きな時に触れられないだなんて……。

「あと数年だろ? 我慢しろよ」

「出来ないよ!」

「数年なんて直ぐだぞ。そうしたら半世紀、俺が毎日飯を作りに行ってやるからな」

 さも嬉しいだろと云わんばかりの口調で、けれど彼だって嬉しそうに喉を震わせるのが触れ合う箇所から伝わった。
 あと数年……そう、俺の逃亡先は、俺の強い希望でロンドンになった。彼の別宅は古くて広くて周りが森に囲まれている土地も多いから、そういった人が簡単に足を踏み入れないような土地を間借りする。

「……君は寂しくないって云うのかい?」

「ん? 俺にはこれがあるからな」

 傍らのDVD達をポンと叩いて彼が云う。

「あと、こんなんもあるぞ」

 ガサガサと紙面が摩擦する音に顔を上げると、差し出されたのは雑誌や新聞の切り抜きだった。
 何のって、勿論ニュースに関連した物だ。

「――それと、こいつもいるしな。な? もちフレッド」

「変な名前で呼ばないでくれよ……」

 何も無い場所を撫でる左手の薬指には、俺があげた指輪が嵌っている。
 どうやらアメリカ産の妖精は、知らない間に彼にお持ち帰りされていたらしい。

「……お前、まだ妖精を信じてないか?」

「……ヒーローは、受けた恩を忘れたりしないんだぞ」

「いやいや、遠慮すんなって。今信じさせてやるからよ」

 嫌な予感しかしない発言に思わず身構えた。

「何を……」

「『アルフレッド・F・ジョーンズは、今でもアーサー・カークランドを誰より愛してる……――』」

 まるで誰かの言葉を復唱しているような、少したどたどしい歯切れで彼が云う。
 けれど問題は其処じゃない。

「『――……もっともっと君が好きだ、大切に想う、優しくし……』」

「うわああああ!」

 慌てて彼の言葉を遮って、彼が撫でていた辺りを見遣る。
 けれど俺の目には彼の指しか映らず、耳には彼がくつくつと笑いを堪える声しか聴こえない。
 俺の味方だと思っていたのに、彼の言いなりだなんて何て酷い妖精なんだ!

「俺んちの妖精なんだろ!? 返してくれよ!」

「バカいえ、んなことしたら追っ掛け回されちまうだろうが」

 ぐ、と言葉に詰まる。俺や他の大人達には見えない妖精も、子供の目に見えるらしくて。
 そんな子供達が描いた似顔絵を手に、ペットにしたい子供達とその願いを叶えたい親、新種発見かと騒ぐ人々の間で今現在、アメリカ大陸全土に渡って大規模な捜索活動が行われていた。確かに妖精にとってアメリカの地は安全とは云い難いかも知れない。
 その妖精は不本意にも俺に似ているらしく、ヒーローニュースとの相乗効果も相俟って話題は暫く続くだろう。
 押し黙る俺が諦めたと見るや否や、はは、と目尻を下げて笑みを漏らす彼。

 笑ってる顔を見たら、ああもう彼の好きにしたらいいよ、なんて絆されてしまいそうで。

 幼い頃の俺も100年前の俺も1年前の俺も知らない、成長した今の俺だけが見る事が出来る笑顔。
 もう二度と、見失ったりしない。

 だからと云って、負けてばかりではいられないけど。

 これが一番写りが良いのだと自慢げに見せてくる雑誌の切り抜き。
 写ってるのは勿論俺だ。
 ああもう、彼は今、自分が何をしてるのか本当に判ってるのか。

 床に落としていた鞄を手繰り寄せ、中から雑誌やパンフレットの類を取り出す。
 背中に隠して振り返る。と、彼が目尻に涙を滲ませながら手元の写真を眺めていた。
 ああ、もう、もう、本当にどうしょうもない。

「泣かないでくれよ」
「なっ、泣いてねえよ!」

 俺の指摘で初めて気が付いたかのように慌てて手で擦ろうとするのを阻止して、手首を捕らえた。
 狭いソファーの上、グイと引き寄せて彼の身体を自分の腕の中へと沈める。

 あの日の夜、ホテルのベッドに並んでぴったりくっ付きながら、彼は「これからは小さな幸せも大切にして行きたい」と語った。
 だからって、小さ過ぎるよ。
 俺は写真の中に写る君だけじゃ満足出来ないんだぞ。

「写真の俺もカッコいいけどさ、現実の俺の方がいいだろ?」

 写真から手を離させて彼の左手を絡め取る。指に当たる硬い感触は、薬指に煌めくダイヤの指輪。
 腕の中に収めた身体を反転させて、机の上がよく見えるようにする。
 多分カッコ悪くなっているであろう顔は見られたくなくて、後ろから抱き締めた。


「ねえアーサー、」


 さっき鞄から取り出した雑誌類を机の上にバサバサと広げる。

 早く決めないと、ホワイトハウスがブライダル誌で埋め尽くされそうなんだ。

 だから、さ──。


「  、   」








 



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