君がいる明日 - main
無償の愛≠無限の愛

無償の愛≠無限の愛18


 二発続けて響いた銃声。身体に走った衝撃は一度だけだった。
 華麗に着地する筈だった自分の身体が、どさ、と音を立てて床に片膝と掌を着く。

(……っ……! 動、けるっ……!)

 落下の衝撃で若干の痺れが脚に残るけど、どうやら銃弾は免れたらしい。
 胸元に走る鈍い衝撃など、こんなの気の所為なレベルだ。
 直ぐさま立ち上がると同時、拳銃を構えたまま様子を窺っている犯人へ右ストレートをお見舞いする。

 周囲から上がるどよめきに急かされるように視線を走らせ、もう一人、拳銃を手にして入り口付近に立つ目空きマスクの犯人へ向けて、手にしていた拳銃を構え引き金を引いた。

(っ……二人目!)

 喉が引き吊るような短い悲鳴と共に、宙へと跳ねて床を滑る拳銃。
 上手く武器だけに当てた事を確認すると、俺は空いている手を懐へ忍ばせ、もう一丁、階上フロアで気絶させた犯人から奪っていた拳銃を取り出した。
 左手には銃口から硝煙を燻らせる拳銃を構え、新しく取り出した拳銃を持つ右手と併せて、出入り口に立つ武器を手離した犯人と、そして二階部分の真下フロアで宝石を回収している途中だった二人が居る方へと銃口を向ける。

「フリーズ。……動いたら撃つよ」

 そろそろと静かに辺りを見回し、注意深く周りの状況を確かめて。

(──……残りはこの三人、か……)

 その時不意に、視界の隅が動いた。

 ───パンッ!

 俺の目を盗んだつもりか、集めていた宝石から手を離して懐へ手元を忍ばせた一人に狙いを定めて、撃つ。
 再び命中した銃弾は、取り出された拳銃だけを弾き飛ばして床へと転がした。
 自身の手を押さえて低く唸る犯人に向け、俺は微かに口角を上げて見せる。

「悪いね、早撃ちは得意なんだ」

 奥歯を噛み締める音が聞こえて来そうな程に歪む悔しげな相貌を一瞥し、他の二人への注意も怠らない。

(……このまま時間を稼いで、警察の到着を待つのが一番良い、か……)

 余裕が出始めると、じりじりと気が急いて来る。
 早く、早く。俺を待ってる人がいるんだ。

(──……犯人を一箇所に集めて……否、先になんとか皆を外に……)

 不意に階段の上から誰かが降りて来る気配を感じ、次いで悲鳴にも似た制止の声が耳に届いて目線を僅かに上げる。

「……ッ!」

 そうしてチラリと窺い見るだけだった筈なのに、俺は思い切り顔を上げる事になった。

「パパ……っ!」

 後ろで制止しようと手を伸ばす男性と、階段を駆け下りて来る小さな女の子の身体。

「危ないから来ちゃダメだ!」

 咄嗟に叫んだ俺の意識は、その子へ釘付になる。

(っ……しま……ッ!)

 気付いた時には既に遅くて。
 先刻二階フロアで倒した犯人から武器の類を取り上げた時、一人一丁、拳銃を所持してるであろう予測はついていたのに。
 まだ武器を所持したままの残り一人の銃口が、俺へと向けられていた。

(避けたら、後ろに人が……!)

 殆ど無意識下の行動で逆に正面きって銃口と対峙し、後ろにいる女の子の父親を庇う。
 条件反射で引こうとした引き金、その先が相手の急所を狙っている事に気付いた理性が軌道修正を掛けている間に、僅かに反応が遅れる。
 あっちもこっちも皆、俺の国民だ。


 ───パンッ!

 ─────パンッ!


 聴覚が二発の銃声を、視覚が宙を舞う拳銃と青い瞳が零れ落ちてしまいそうな女の子の姿を捉える。
 大丈夫、君のパパは無事だよ。
 まだヒーローの役目は終わっていないのに、ぐらりと身体が傾く。


 ――ああ、もう、子供ってのは本当に危なっかしいね。
 危機感に欠けるって云うか。
 彼も相当苦労したんじゃないかな。
 だって俺も、アーサーがピンチに陥っていたら、絶対じっとなんてしていられないから。


 脇腹に走る、さっきよりも生々しくて鈍い痛み。
 ダメだ、俺が倒れたら一体誰が皆を護るんだ。
 そう思うのに、衝撃で痙攣するように緩んだ指先から拳銃が滑り落ちて、床とぶつかる乾いた音を立てた。


 ねえアーサー、まだあったよ。俺の願い。思い出した。

 俺は昔からヒーローになりたかった。
 最初は君を護るヒーローだったけど、いつしかそれは皆のヒーローに変わった。
 けれど変わらない事もある。
 誰より一番俺をヒーローだと思って欲しいのは、たった一人。君だよ。

 あと……そうだ、君の泣き顔はもう見飽きてるけど、今度は君が流す幸せの涙を見てみたい。

 だから俺は、こんな所で───。



「わあぁぁぁあーー!!」



 床に背を預けた俺の鼓膜に、誰かの声が響いた。
 薄らと瞼を持ち上げた視界に映る駆けて行く背中を止める間も無く、次々と煩い程の足音が床を鳴らして。


(……はは……、ヒーローの国は、みんながヒーローなんだぞ)


 脇腹を押さえ抑えながら上体を起こせば、一人の男性の突撃を皮切りに、丸腰になった犯人達へ飛びかかり、床に落ちた拳銃を犯人より早く拾い上げて突き付ける人々の姿が目に入った。

 ───助かった……。

 大きく安堵の息を吐き出して、ゆっくりと脇腹を探り怪我の具合を確認する。

「一瞬、走馬灯が見えたよ……アーサーしか出て来なかったんだぞ」

 貴重な体験に一人ごちながら、ずきずきと痛む脇腹に添えていた掌をそろりと離して目の前に翳した。

「……あれ……?」

 けれど広げた掌には、血の一滴も付いていなくて。
 痛みはあるから当たった事は確かな筈なのに。
 いくらヒーロー……もとい国家と云えど、銃弾を受けて無傷だなんて。
 戸惑いながら、もう一度具合を確かめようと脇腹に触れた掌が、別の何かに触れる。

「……あ……」

 チャリ、と小さな金属音を奏でた其れは、俺の代わりに銃弾を受けて少し形を変えてしまったけれど。

「――やっぱりヒーローの加護は本物だったんだぞ」

 中央から少し位置をずらして見事に凹んでしまっている其れは、つい先日彼が落として行ってしまってから肌身離さず持ち歩いていた、鍵付きのドッグタグだった。

「……はは、」

(───……もう直ぐ、君の主人に返してあげるからね)

 元は俺の物だったタグも渡した合い鍵も、今は彼の物だ。返して貰った記憶は無いし、受け取ってなんかやるもんか。
 掌に収まる其れをぐっと握り締め、小さな風穴が空いてしまったポケットとは反対側へ突っ込んで立ち上がる。

(アーサー……)

 逢いたいと思う時に限って、こんなにも君が遠い。

 立ち上がると微かに走る痛み。もしかしなくても青あざくらいにはなっているだろう。

 見渡せば、勝利に喝采し、無事を喜び合う人々の姿が目に入った。
 抱き合う父娘の姿も見付けてほっと安堵する。先陣切って飛び出して行った背中、あの父親もまた、立派なヒーローだ。


 俺は少しずつ急ぎ足になる脚で二階を目指す。
 階下と同様の光景が広がる中から目当ての人物を見付け、床を蹴って駆けた。

「ねえ、」

 脱力して安堵に落としている肩を叩く。
 振り返ったのは、俺が待ち詫びていた例の女性店員だ。

「指輪、欲しいのが決まったんだけど良いかな。『永遠の愛』っていうやつなんだけど」

「あ………あれは人気シリーズでしたので、もう出ていた物しか――」

 喜びに滲ませていた表情から一転して陰る表情。
 逸らされた視線に倣って辺りを見渡せば、犯人達の手によりかなりの被害を被ったガラス片の散らばる店内が映った。
 思わず唸る。けれど、横からすっと進み出て来た人がいて。

「男性用でしたら奥に在庫が……」

「いえ、こちらのお客様はプロポーズ用にと」

 控え目に申し出る男性店員と俺の希望を知っていた女性店員の会話に、ぴくりと耳が反応する。
 叫び出したい気持ちのまま、俺は「YES!」と声を張り上げた。

「直ぐに持って来てくれ!」

 顔を見合わせる二人の店員を早く早くと急かしながら財布を取り出す。
 ズボンのポケットに収まるサイズの其れから、更にカードを取り出した。

 待っててアーサー、直ぐに行くから。


 



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