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無償の愛≠無限の愛

無償の愛≠無限の愛16


『私の国の言葉に、結婚は人生の墓場というものがあります』

「へえ、けど俺は彼がいない世界じゃ生きていけないみたいだから、ゾンビになったって彼の手は離さずにいるよ」

『ふふ、そうですか』

「ダメかい?」

『いえ、きっと喜ばれると思いますよ』

 最後に日本の嬉しそうな顔を見て、俺は通信をOFFにした。




  * * *




 身支度を終えた俺は、呼び出したキャブに乗り込んで直ぐさま指示を飛ばす。

 天気は曇り。今にも雨が降り出しそうな曇天は、まるで彼の国を思わせた。
 本当は晴れて欲しかったけど、幾らヒーローだって天候まではどうにもならない。
 雨が降らない事を祈るばかりだ。

 きっと彼は一番早い便に乗って此方に来るだろうから、俺はその前に空港に着いて待ち伏せするつもりでいる。
 これで昨日の賭けは俺の勝ち。
 ちょっと狡いけど、俺だってやれば出来るんだって、早く逢いたいんだって解って貰いたいから。
 何でも言う事を聞いて貰える権利は「黙って俺の話を最後まで聞いて欲しい」にするつもりだ。
 そうして彼と二人、ロマンチックな夜景でもバックに、記憶を失ってしまったこれまでと……これからの話をした後は……ゆび、指輪を……。


「彼女にプレゼントかい?」


「へ!? ッう、ゴホ、ゴホッ」

 緊張で生唾を飲み込んだのと、キャブの運転手に話し掛けられたのはほぼ同時だった。
 思わず咳き込みながらミラー越しに睨むものの、そんな俺の視線は悪びれない軽やかな笑みで躱された。

「NO! プロポーズさ」

 口笛で応える運転手にはどうだと云わんばかりの笑みを返して、背凭れに身体を預ける。
 先日のリベンジも兼ねて、今日の俺は彼の好みで選んだスーツ姿。
 これから買う予定の指輪は鞄に隠して、彼を空港に迎えに行って。
 その後はテーマパークに向かい、昨夜なんとか予約した近場のホテルのスイートに彼が持って来た荷物を預けて、俺もこの窮屈な服装から着替える。
 もし彼がスーツしか持って来ていなかったら、そんな彼からも堅苦しい上着を剥ぎ取って、今日は目一杯遊ぶんだ。
 たくさん、笑わせてあげられたらいい。

(楽しみだな……)

 目を閉じれば浮かぶ顔は、怒ったような不機嫌な表情が多いけれど。
 そんな所も結局のところ好きなんだし、そんな彼を笑顔にするのが俺というヒーローの使命じゃないか。


 考えている間に到着した見上げる程に大きくて豪華な建物の前でキャブを降りる。
 宝石やアクセサリーを扱っている店にも関わらず、店内にはドレスを纏ったマネキンが見えた。

 笑って「グッドラック」と告げる運転手とハイタッチを交わして、入り口まで足を進める。
 ドアマンの手に開けられた扉を潜って店内に入ると、店の内装はまるで建物自体が宝石みたいにキラキラしていた。
 黒を基色とした上品な雰囲気に、こういった貴金属に興味のない俺でも呑まれそうになる。
 中央に位置する緩やかな螺旋階段は、まるで城を思わせた。

 携えていた着替なんかを詰めて大きく膨らんだバックをお預かりされて。
 身軽になってキョロキョロと歩いていればやってきた女性店員に案内されて、二階へ上がる。

 恋人にプロポーズするつもりでいる旨を伝えると、「少々お待ち下さい」と背を向けて奥へ引っ込んだ女性店員を待つ事になった。
 辺りを見回して暇を潰す。
 造りが吹き抜けになっていて、階下の様子まで良く見えた。シャンデリアの光が、あちこちで反射して光り輝いている。
 振り返って二階のフロアを見渡せば、沢山のショーケースに収められた宝石を散りばめたアクセサリーの数々が、目に眩しかった。
 一番近くにあるショーケースまで寄って中を覗き込む。

(……さっぱり違いが分からないよ)

 指輪以外にも沢山のアクセサリーや宝石に囲まれたこの場所で、一体彼がどれを喜んでくれるのか解らない。
 ぼんやり視線を泳がせていると、視界に小さな女の子の姿が映った。背の高いショーケースの中を覗き込もうと、ワンピースから覗いた踵を上げて爪先立っている。
 辺りに保護者の姿はない。

(危ないなぁ……)

 ヒーローとして放って於けなくてさり気なく距離を寄せると、不意に女の子が体勢を崩した。
 驚いたような小さく息を呑む悲鳴に慌てて手を伸ばす。

「っと、危なかったね」

 掌を添えるだけで簡単に支えきれてしまった背中を押して起こしてあげると、女の子は後ろに傾いた身体を起こして自らの足で立ち、俺の方へと向き直った。
 視線を合わせてたどたどしい口調でゆっくり「Thank you」と紡ぐ女の子に、にっこりと笑みを向ける。

「当然の事をしたまでさ、なんてったって、俺はヒーローだからね」

「ひーろー……?」

 確かめるように口の中で繰り返す女の子の青い瞳が徐々に輝いて、宝石に負けないくらいキラキラと瞬いた。
 幼い頃、ベッドの中で彼が聞かせてくれる冒険談に目を輝かせていた自分を思い出す。

「ヒーローは、なにを買いにきたの?」

「指輪さ」

「パパとおなじね。パパはね、リコンして離れ離れになっちゃったママに、指輪をあげて、もう一度プロポーズするのよ」

 小さな口を懸命に動かして、母親の元にいる弟も加えてまた四人で暮らしたいのだと女の子が語る。
 子供の相手なんて慣れてないのに、一つ一つの言葉に相槌を打って聞いてあげられるのは、幼い頃に彼と過ごした記憶の賜物か。何だか複雑だ。

「早く一緒に暮らせるといいね」

「うん! ヒーローはだれにあげるの?」

「……俺も、今は離れ離れになってる人にあげてプロポーズするんだ」

「うまくいくといいね」

 手振りを加えて話す女の子に、昔の自分を重ねて彼を思い出すのはちょっと居たたまれない。
 だからこそ、頑張らないと。
 彼に、自分に負けないように。

「その為にも、先ずは指輪を選ばないとね」

「あたしも一緒にえらんであげる!」

 小さくても女の子な瞳がキラリと輝いて、俺を先導するように歩き出した。

「こっちよ、ヒーロー。いま一番人気のシリーズなの、一つ一つに意味があるのよ」

「へぇ……」

 広い面積のショーケースに飾られたのは、少しずつデザインが違う似たような指輪。
 どれも透明でキラキラした宝石……ダイヤモンドが嵌っていて、プロポーズにはうってつけだ。

「パパはね、これ。『運命の二人』。運命の二人は、離れ離れになれないのよ」

「良い言葉だね。……じゃあこれは?」

 腰を折って女の子と目線の高さを合わせ、俺は一番目を引く一つを指差す。

「これは『永遠の愛』。女の子のあこがれね」

 まだ拙い口調がうっとりと紡いだ。
 俺が子供の頃は、まだ『永遠の愛』なんて言葉、憧れる所か知らなかったんだぞ。

 永遠……国である自分たちからすれば、とてもとても長い刻。

「……よし! 決めた、これにするよ」

 指を差したまま見下ろせば、丸い頬を俄かに紅潮させて見上げる女の子が満面の笑みを浮かべた。
 彼は女の子じゃないけれど、きっと物が持つ意味だとか、そういうのが好きだろうから、俺が説明してあげよう。
 お決まりの台詞と共に顔を赤くする彼が浮かぶけど、そんな顔が見られるかどうかは、俺にかかってるんだ。

「ヒーローの目はアクアマリンね」

 不意に云われて、自分の目の下辺りを指先で撫でる。

「ヒーローのお嫁さんは、なに色?」

「緑だよ。森みたいな穏やかで優しい色」

「ならエメラルドだわ!」

 女の子の話に相槌を打ち、今度は結婚指輪について熱く語り始めた言葉に耳を傾けながら、そろそろ時間が気になって来た。

(――さっきの人、遅いな……)

 少々お待ち下さいと云い置いて奥へ行ってしまった女性店員がまだ戻らない。彼女が戻って来たら、頼もうと思っているのに。
 せめて彼に、空港まで迎えに行くから余り動き回らないようにとだけメールをしておこう。
 そう思い、けれどふと背後に不穏な空気を覚えて振り返ったのと、それはほぼ同時だった。

 パン、パン───天井に向かって放たれる乾いた音に続いて店内を満たす人々の悲鳴。
 俺の視界には、いっそ滑稽なほどテンプレート的な目空きマスクと黒の皮手袋に拳銃を携えた――。

「おっと、動くなよ。……俺達が逃げるまでの間おとなしくしててくれりゃ、命までは取らねぇからよぉ、キシシ……」

 ───強盗集団の姿があった。


「……ヒーロー……」

 ショーケースの影に身を潜めながら、姿勢を低くして女の子を抱き締める。
 弱々しく俺の服を掴む女の子の頭を撫でた。

「大丈夫さ、ヒーローがついてるからね」

 指示される通りに手を自分の頭に乗せつつ、気取られないように周囲へ視線を巡らせて人数の確認をする。
 一人、二人、三人……。


(……アーサー……)

 彼が乗っている筈の飛行機の到着する時間が、刻々と迫っていた。





  ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇





「はぁ……」

 まだ入り口の外だと云うのに、見上げる程のテーマパークの景観に感嘆の溜め息が漏れる。
 貸し切りは無理だったのか、親子連れからカップルまでごった返す人混みを避けて、同じく人待ちと見られる集団がいる方へと向かった。
 各々携帯電話で連絡を取り合う人々を前に、自分も携帯電話を取り出して何とはなしに二つ折りの其れを開く。

 昨日は、何かが少しずつ変だった。
 先ずアメリカとフランスの二人が帰った後、何となくそわそわと落ち着かなくて、既に一週間も前から揃えていた筈の荷物を確認しようとしたら荷物が消えていた。
 家中くまなく探した荷物は、スーツケースも、中に入れていた物も見付かる事は無くて。

 まさか、スーツケースごと捨てた?

 不意に過ぎった考えを直ぐさま否定する。
 そんな記憶は無いし、捨てる理由も見当たらない。

 考えても仕方が無いので昨日は改めて荷物を用意し、念のため上司に連絡を取ってアメリカ行きを告げたところ、何故だか通話を保留にされて次に繋がった時には専用の航空機を用意すると云われた。
 普通の民間機で良いと何度云っても聞き入れて貰えず、何故か貸し切りの飛行機に乗って此処アメリカの地へやって来た訳だが。

「……」

 新着確認をしても特に音沙汰のない小さな通信機器、その右上に映し出される時刻を確認する。
 本来であれば、そろそろ空港に着いていた刻限。
 本日の待ち合わせ相手を想う。
 まさか空港に迎えに行っていて擦れ違い……なんてある訳がない。まだ寝ていても、それどころか忘れてすっぽかされても可笑しくない――と、一昨日までなら思えたのに。昨日の様子はいつもと少し、いやかなり違った。
 今日のことを、楽しみにしてくれているのだろうか。
 もし本気で賭に勝つ気で早く着くつもりなら、空港で待ち伏せるのが一番確実で手っ取り早い。
 もしかして……と思考がよぎる。

(……いや、でもな……)

 最近のあいつは特に冷たくなった。
 そうなってしまった理由が、この自分にある事だけは間違いないのに、現状から脱却する術が何一つとして思い浮かばなくて。
 せめてと極力自分から連絡する事は避けていたのだが。

 幾つかパターンをシミュレートしていた予定では、連絡も無く、いつまで待っても来なければ黙って帰るつもりだった。
 約束だってかなり前、ものの弾みのようにぽろりとあいつの口から出た言葉。
 現にこうして待ち合わせ場所さえ決めていない。
 此処で遊んだ後の予定だって定かではないから、念の為に近くのホテルを取った。
 大きな荷物を預けて、スーツ姿に小振りな鞄一つの自分を心許なく思う。

 どうせ忘れてる、来る筈がない。
 だからきっと、黙って帰る事になる。

 そう、思っていたのに――。

 昨日見たアメリカの顔が頭から離れない。
 泣きそうで、それでいて嬉しそうな。
 期待、しても良いのだろうか。
 あいつは来ると、このぎこちない関係を一新して、此処からやり直せると。

(………連絡、しておくか……)

 きっと有り得ない筈の万が一の可能性を考えて、携帯電話のボタンへ指を走らせた。

 一度だけ、一度だけ連絡をしよう。


 



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