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無償の愛≠無限の愛

無償の愛≠無限の愛15


「やあ、日本」

『おや……アメリカさん。お久しぶりです』

 画面の向こうに映し出された相手の映像は、俺の顔を見ると少し驚いたように瞠目したものの、直ぐに常と変わらぬ笑みを浮かべてガクリと旋毛を突き出すように頭を下げた。
 彼の国の挨拶はいつ見ても不思議だ。
 俺は気を取り直して話を続ける。

「本当は直接会いに行けたら良かったんだけど、時間が無くてね」

『どうかしましたか?』

 機械を通した日本の声が、画面の中で動く唇に合わせてスピーカーから音を出す。
 不思議がられるのも無理はない。
 こうして言葉を交わすのは、俺が彼の事で日本の家を訪ねて、怒って飛び出したあの日以来なんだから。
 俺は一呼吸於いてから口を開いた。

「……ねえ日本、俺は……、ヒーローかな」

 きっと眉を下げて情けない顔をしているだろう俺の唐突な質問に、暫く考える素振りを見せた日本は。

『ヒーローはアメリカさんの家の言葉ですので、アメリカさんが分からない質問にはお応え致しかねます』

 と曖昧に言葉を濁した。
 YESと云われてもNOと云われても多分複雑な心境を抱いただろう俺は、日本の言葉には答えず、ゆっくりと深呼吸をしてから本題に入る。

「……イギリスと、やり直したいんだ」

『そうですか……』

 俺の言葉に否定も肯定も示さず、画面の中の日本はただ静かに目を伏せた。
 きっと反対されるだろうから、俺がどれほど彼を好きだと改めて判ったか、本気でやり直したいと思っている事を熱く説くつもりでいた俺は、些か肩透かしを喰らう。

『それで……、私に何か』

 黒い瞳には、探るような色も咎めるような気配も無い。
 其れがまるで、俺が何のつもりでこうしてコンタクトを取っているのか見透かされているようで居心地が悪いけど、それならそれで手っ取り早くて良いと開き直る。

「君からアドバイスを貰いたい。俺はもう、間違えたくないんだ」

 声が僅かに硬くなるのは、緊張か期待か。
 いずれにせよ、俺が今至極真剣である事に違いはなくて。
 日本はじっと俺は見据えた後、苦笑と共にゆるりと首を横に振った。

『私が色事を得意としているように見えますか? 恋愛相談ならば、フランスさんの方が適任なのでは』

「頼むよ日本、彼を傷付けたくないんだ。君は、彼と似ている所があるだろう? 俺はどうすればいい?」

 確かにフランスは、悔しいけど彼との付き合いが長いからアドバイスも的確だし、俺が気付かないような彼の気持ちの変化にも逸早く気付く。今回も沢山助けられた。
 けど、それだけじゃなくて、そうじゃなくて。もっと、内側から変わりたいんだ。
 もしかしたら俺は、日本に叱られたいのかも知れない。
 何か間違えてからじゃ遅いんだ。

『以前会われた時よりも、成長されていると思いますが……』

「やめてくれよ……!」

 成長なんて、しているものか。
 現に俺は、この前日本に会ってからも幾度となく彼を傷付けたし、今だって彼に好きだと告げる言葉以外に掛ける言葉が見つからない。
 一言で変われるような魔法の言葉を期待している訳じゃない。
 けれど今なら、素直に耳を傾けられるから。
 彼に会う前に……もう一度日本と話がしたいと思った。
 後悔をしない為に。

 日本は暫し黙り込んで考えあぐねいた様子を見せた後、困ったような微笑みを携えて俺に視線を合わせた。

『先日はつい熱くなってしまいましたが、本当の所……私にはアメリカさんがどうすればイギリスさんと上手く行くのかなんて、分かりません』

「にほ……」

『――ですので、アドバイスではなく……年寄りの戯言と思って聞いて下さい』

 日本が諦観したように軽く肩を竦めて笑う。
 俺は安堵と共にゆっくり頷いた。

 今の俺は酷く子供で格好悪いかも知れないけど、格好悪くても……彼を傷付けない俺がいい。

『私が思うに……アメリカさんは、イギリスさんに恋をされていたのではないでしょうか』

「恋?」

『ええ、憧れよりも甘く、愛よりも脆い』

 日本の静かな声が、首を傾げる俺の聴覚を震わす。
 幼い頃の彼に対する気持ちは、憧れに似ていたかも知れない。
 その気持ちは直ぐに形を変えて、俺は自分が彼を好きなんだと気付いた。

「……昔、イギリスに「愛してる」はあまり使うなって云われたんだ」

『おや、……けれど今のアメリカさんなら、きっと大丈夫だと思いますよ』

「そうかな……」

 全く浮かばない答えに、強く唇を噛む。
 脆い、愛……俺は彼を、愛していなかった?
 そうして彼も、俺に愛されているとは思ってくれていなかったのだろうか。
 俺は一体何処で何を間違えて、如何すれば良かったのか……。

『……優しさとは、愛情とは……本来とても尊いものなのです。得る権利だけならば誰もが平等に与えられているのに、誰もが得られる訳ではない』

「――つまり、優しさや愛情をくれる人は大切にしなきゃいけないって事かい?」

 日本は困ったように笑って、首を横に振った。

『いいえ、それは少し違います』

「じゃあどうすれば……」

『アメリカさんは、どうしたいですか?』

「え?」

 如何すれば良いのか判らなくて訊いているのに……そう問う前に、日本が続ける。

『私から見て、イギリスさんはとてもアメリカさんを愛していたように思います。そしてアメリカさんも……、イギリスさんを愛していたのでしょう?』

 少し迷った末に、俺は真っ直ぐに日本を見据えてYESと答えた。

『優しく……愛してくれたイギリスさんに、何をお返ししたいと思いますか?』

「……」

 彼に何を返すか──……それは最近になって漸く考え始めた事で、直ぐには言葉が出てこない。

『……愛する事に、正解は有りません。イギリスさんにはイギリスさんの、アメリカさんにはアメリカさんの愛情表現があるのでは?』

「……俺……は……」

 俺の愛情表現……俺が彼を好きだという事――。

「──……俺は、イギリスを自分のものにしたかった」

『ご自分のものにして、それから?』

「自分のものにして……それから……」

 そうだ、俺は一度イギリスを自分のものにしたじゃないか。
 それから、それから……。

「……違う、違う……俺は……」

 遠い昔、初めて言葉を交わした時、彼が望むのなら兄と呼ぶ事も厭わなかった。
 フランスとどちらか選べと云われた時も、彼の涙を放って於くことなんか出来なくて。
 焦げて美味しくない料理も、彼が微笑ってくれるなら幾らでも食べられた。

 思い出した、最初の気持ち。一番大切な事。

「俺は……イギリスに微笑って欲しくて、イギリスが泣いていたらその涙は俺が止めたくて、イギリスに……俺の事を好きになって欲しかったんだ」

 言葉はするすると口をついて出た。
 何で、忘れてしまっていたんだろう。

「もっと一緒にいたい、色んな顔を見せて欲しい。悲しい時や後ろ向きになった時は、一人で落ち込んでないで一番に俺を頼って欲しい。……彼を俺のものにしたかったんじゃない。俺が、彼の一番になりたかったんだ」

 最初は小さな願いだった。
 たくさんの小さな願いが集まって何時しか形を変えて、こんなになるまで忘れてしまっていた。
 俺だって、始めは優しく出来ていたのに。それなのに。

「なんで……っ……もっと優しく出来なかったんだろう……! 俺がもっとイギリスに優しくしていれば……っ……アーサー……」

 そうすれば、今も彼は隣にいてくれた……?

 握った拳が微かに震える。
 そんな俺に、日本の静かな声が届いた。

『――果たしてそうでしょうか? アメリカさんは、イギリスさんの愛や優しさがなければ好きではなくなってしまうのですか?』

「まさか!」

 導き出した答えに苦悩していると聞こえて来た日本の言葉を、慌てて否定する。
 独立して暫くは口も利いて貰えなくて、伝えた想いも拒絶されたけど、愛より優しさより口煩さが目に付く機会も次第に増えて行ったけど。
 ずっと、ずっと好きだった。

 日本に向かってそう告げれば、画面の中の相好が今日一番の微笑みに崩れる。

『そうでしょう? イギリスさんも、きっと同じです。恋愛は、一人ではなく二人でするもの。……相手に与える優しさだけに捕らわれていても、失敗してしまいますよ』

 ことりと小さな音を立てて日本が机上からユノミを手に取り、もう冷めてしまったんじゃないかと思うそれを啜った。
 そうして詠うように続ける。

『アメリカさんが先程仰った事は、とても大切な気持ちです。素直になれない時も、苛立つ時もあるかも知れません。どんな時も「愛してる」その気持ちを、忘れないで下さい。「愛してる」と紡ぐ時は、言葉だけではない……想いを乗せて』

「うん……」

 云われた言葉が、余りにも当たり前の事過ぎて、なのに俺には出来ていなくて、真面目に諭されている事に少し笑った。
 まだ、間に合うだろうか。
 やり直せるだろうか。

『――それに、間違えてしまったと決めてしまうのは、まだ早いのでは?』

「え?」

 ユノミを机上へ戻した日本が、真面目さと穏やかさを纏った雰囲気に、悪戯な揶揄を交えて片目を伏せる。

『だって、まだあなたはゴールされていない。私には……今のあなたにとって、過去の経験がプラスに生きているように思います。最後は、必ずハッピーエンドなのでしょう? ならば、諦めてしまうのは早いのでは』

 日本の言葉に目を見開く。

 ――そうだ。過去に捕らわれて動けなくなるだなんて、らしくないじゃないか。

 ハッピーエンドだけは譲れない。
 勿論それは、彼と二人で見るハッピーエンドで。

 じわじわと胸の奥から込み上げて来る何かが、俺を満たして行く。

『アメリカさん。最初の質問を……もう一度して頂いても宜しいですか?』

 最初の質問。少し考えてから苦笑して、穏やかな眼差しに促されるように俺は二度目の問いを口にした。

「ねえ日本、俺は……ヒーローかな」

『少なくとも今、あなたを待っている人がいるんじゃないですか? ヒーロー』

 表情の変化に乏しい日本にしては、無邪気と呼べる柔らかい笑みで眦が下がる。
 ああ、もう、結局みんな最後は甘いんだ。

 俺はガタリと椅子の音を立てて席を立った。

「俺はもう絶対に間違えない! だって、時には失敗してしまう事も、必ずプラスに変えてみせるから! なんて云ったって俺は……」

 ぐっと腕を曲げて拳を作る。
 日本よりも、彼よりも太い腕。
 この手で俺に何が護れるだろうか。

 ───否、

「ヒーローだからね!」

 護ってみせる。

 こっちは朝だから、日本の家はもう深夜だろう。
 あまり長い時間付き合わせられないし、俺もそろそろ家を出なければいけない。


「ところで日本、恋人から指輪を貰うのってさ、嬉しいに決まってるよねっ!」






 決めたよ。

 彼に全部話そう。

 今、記憶を失ってしまっている事。
 それが俺の所為だって事。
 俺が傷付けて、別れてしまったけど、やり直したいって事。

 そうしたら、今度こそ優しくしよう。
 二人で恋愛をしよう。

 いつか彼が記憶を取り戻したら、また今この時の記憶はなくなってしまうかも知れないけど。
 それでもいい。
 そうしたらまた其処から、何度でもやり直そう。

 ねえ、聴いて欲しい事があるんだ。

 君がいないと生きてる心地がしない。
 きっと何度生まれ変わっても、俺は君が好きだよ。

 I love you.

 ───今度こそ、君に届けたい。


 



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