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無償の愛≠無限の愛

無償の愛≠無限の愛14


「お前ら、テーマパーク貸し切りデートなんて洒落た事、何時の間にしてたんだ?」

 部屋の外で俺を待っていたフランスのによによと揶揄を含んだ声に、俺は首を横へ振った。

「してないよ」
「は?」
「……すっぽかしたんだ、俺が」

「おいおい……あんな楽しみにしてる坊ちゃんをか? 無事じゃ済まなかったろ」

 呆れた声にも首を振ると、俺の雰囲気にフランスも真剣に耳を傾けたのが分かる。
 俺達は玄関へ向かいながら話し始めた。

「あの頃、一番彼を鬱陶しいだなんて思ってた時期で……。その前のデートの約束も、仕事もあったけどすっかり忘れててさ……。適当にテーマパーク貸し切りで埋め合わせするとか云って……」

「……で、当日すっかり忘れてた?」

 こくりと頷く。
「うわー…」と呟いたフランスの顔を、もう見る事は出来なかった。

「その後、暫く連絡がなくて……漸く思い出した頃には、今連絡してもあの人面倒臭いだろうな……って、そのまま別れたんだ。丁度イギリスで仕事があったから合間に寄って……もっと俺に云いたい事があるクセに何も云おうとしない彼を見て余計に苛々して、自分が云いたい事だけ云って仕事に戻った」

「……ひでーなおい……」

 フランスの言葉に、正にと頷くより他ない。
 本当に、あの頃の自分を幾ら殴り飛ばしても足りないくらいだ。
 けれどどんなに未来の自分に殴られた所で、あの頃の自分に今の俺の痛みが分かるとは思えない。

 口からはつい憎まれ口が出たりもするけれど、ずっと昔から大好きだった人がいる。
 大切にしなきゃいけない人がいる。

 こんなにも大切な事に、失ってしまってからじゃないと気が付けないなんて。

「……この事を話した日本には、叱られたよ。君も俺の事が嫌になったならもう……」

 異国の地にいる、かの人を思い出す。
 一体、俺はいつから馬鹿だったんだろう。
 昏く思考が沈み始める俺に隣から寄越されたのは、言葉よりも先に軽い拳骨だった。

「バァァカ、なにイギリスのネガティブ移ってんだっつの。俺を誰だと思ってんの、愛の国フランス様よ? どっちが酷い奴だって、おにーさんが最後までちゃーんと見ててやるから、早く仲直りしろ。あいつだって、お前がいなきゃ駄目なんだ」

 力任せにくしゃくしゃと髪を掻き回されてガクンと首が下がった体勢から見上げれば、変わらない笑みを浮かべるフランスと視線が合う。

「……さっきは言い損ねたけど、医者が来てお前が一人でうじうじしてた間も、イギリスの奴……うわ事でお前の名前呼んでたぞ」

 手を離されて姿勢を戻すと少し俺の方が高くなる目線。

「……ありがとう……フランス」

 礼を云えば、気にするなというように年上の顔をして微笑われた。

 ───遣り直したい。

 ねえ、アーサー。俺も君とやり直したいよ。

「さあ、早くアメリカに帰らないと! 明日のオフをもぎ取って、テーマパークを貸し切らないといけないからね!」

 ぐっと拳を作り、玄関の扉に手を掛けた事で不意に疑問が浮かぶ。

「……そう云えばフランス……君、この家の合い鍵持ってたんだね」

 呟いた声は少し恨めしげになったけど、こればかりは感謝する気持ちとは別に沸くものだ。
 ちらりと見遣れば、フランスは後に呆れた顔を作っていた。

「は? 俺が来た時から開けっ放しだったぞ」

「え? そんな、俺がちゃんと閉めた筈……」

「こいつん家の玄関が開いてるなんて、今に始まった事じゃないだろ?」

 思い当たる事しかない言葉に、渋々納得して頷く。
 確かにこの家はやたらと不用心な事が多いけど、昨日は俺が閉めたから間違い無い筈なのに。
 そう思って、けれどもしかして俺が寝ている間に彼が一度外へ出たのかも知れないと自分を納得させる。

 何となく、本当に何となく辺りを見回してみたけど、やっぱり俺の目には何も見えなかった。





 ◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇





『もう、ほんっと抜けてるんだから、信じられない』

「フェアリー?」

 ベッドの上で、先程の恋人の様子の可笑しさと、それに勝る喜びを噛み締めていたら友人の一人が何やら怒りながらやって来て首を傾げる。

『目先の事しか見えてない証拠だわ』

「おいおい、どうしたんだ?」

『アーサー、あなたに一つ魔法を掛けてもいいかしら』

「ん? 何のだ? つか、名前……」

 後半は思わず口籠もると、友人は今思い出したという反応をした。

『あ、そうだった! 今のあなたは寂しくないものね、イギリス』

「?」

『魔法はね、おまじないみたいなものよ。あなたが時間を見ても吃驚しないおまじない。少しだけ幸せを長続きさせる魔法。……だってあなたのあんな顔、もう見たくないもの』

 部屋にある壁掛け時計を見て、しかし何の驚きも感じる事なく友人へと向き直る。

「なら……頼もうかな」

 いつも自分の味方でいてくれる友人が云うのなら、と頷いて目を閉じて。

『おまじないは簡単に解けてしまう魔法だから気を付けて? 本当はこのまま時を止めてもいいんだけど、"今"のあなたもそれを望んでいるかも知れないけれど、でも……あたしは信じてるから』

「フェアリー……?」

『ねえイギリス、あたし達はみんなあなたの味方よ? だからあの子の事も応援してるの。だって、それがあなたの幸せだから』

 宙に羽ばたいてにっこり微笑む妖精に首を傾げて見せるが、今度は友人は何も云わなかった。

「よく解らねぇけど……ありがとな」



 魔法を掛けた妖精は、パチンと音を立てて姿を消してしまって。

「……アル……」

 一人きりになった部屋で無意識に恋人の名前を呼んだら、何故だか涙が一筋零れた。


 



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