俺はねイギリス、ただ君が「おめでとう」って言ってくれれば、それだけで良かったんだぞ。
 まあ、それすら君には難しい事だろうけど。

 奇跡に頼って言わせるような願いじゃないって、君にも分かるだろう?

 だから……って言うか。
 うん、そう。あれは仕返しなんだ。
 奇跡に頼ろうとした君へのささやかな。

 俺の言葉の意味、ちゃんと考えてくれよ。





 ――あの夜から、数日が経った。

 世界のヒーローともあろう俺は今、なんとも言えないしょっぱい気持ちを抱えている。
 どうしてかって?
 よく聞いてくれたね!
 あの眉毛が、あの日、あの夜、あの時、俺が彼に言った事を。
 単に寝ぼけて口にしたと思ってるからさ!

 たしかに、寝起きのふわふわとしたテンションに身を任せたのは俺さ。ああ俺だよ。
 寝る間際の記憶は朧気で、自分がいつ寝たのか、落ちる直前に呟いたらしい内容が記憶にないのも俺だ。
 けど、でも、だからって。
 なんで起きてからのも全部寝ぼけてたって決め付けるんだい!

 ああ、もう。思い出したら腹が立って来たんだぞ。
 そもそもイギリスが、「なんでもいい」なんて言うから悪いんだ。あの人が俺の夢に勝手に出て来なければ。
 大人しく「おめでとう」って言って、不味い手作りのスコーンでも片手に、趣味の合わない品の一つや二つ持って来ていれば。
 俺だって、あんなバカな事を言ったりしなかったのに。



「……あんなバカな事とは、一体なんですか?」
「それは秘密さ!」

 俺は今、日本に来ていた。

「おや、それでは私からは同意も否定もしかねます」
「もー! 答えがイエスじゃない君なんて日本じゃないんだぞ!」

 冷たい麦茶を片手に、縁側っていうベランダに座って空を見上げる。
 雨の多いどこかの国を彷彿とさせるような曇天だ。

「君んちの梅雨ってのはホント厄介なんだぞ。すごーくジメジメするし」
「まあそう仰らず。この季節があるから我が国は水に恵まれているのですから。それに、今日は七夕ですしね」
「七夕だと曇りなのかい?」
「ええ、単純に梅雨の時期というのもありますが、この日は特に」
「ふーん。たしか七夕ってヒコボシとオリヒメが年に一度会える日なんだろう? 残念だね」

 さっき雨が上がったばかりの庭は、まだ庭のあちこちに水の道筋を作ってる。見上げる空は星一つ見えやしなくて、これじゃあミルキーウェイも渡れそうにない。

「アメリカさんらしくないですね」
「そうかい?」

 日本は空を見上げた。

「こうして地上から見上げる空は厚い雲に覆われていますが、更にその上では満点の星空が広がっていることでしょう。きっと今頃、二人きりの逢瀬を楽しんでおりますよ」

 咳払いを一つした日本は、慣れない事でも言ってる照れたのか、俺の言葉を待たないでそそくさと部屋の中に入ってしまった。
 すぐにペンと細長い色紙を持って戻ってくる。

「長話に付き合って頂いたお礼です。宜しければ、アメリカさんも一枚どうですか?」

 渡された紙は短冊だった。知ってるぞ、この紙に願い事を書くとヒコボシとオリヒメが叶えてくれるんだろう?
 受け取った紙とペンを手にした俺は、日本へ背中を向けて縁側を机代わりに書く内容を考えた。
 ――願い事、といえば思い出すのはイギリスの顔。

「……」

≪イギリスが俺の願いを叶えてくれますように≫

 ……うーん。なんか、ちがう。

 イギリスと、イギリスに、イギリスが――。
 色々考えてみたけど、どれもしっくり来なくて。

「――ああ、そうですアメリカさん。彦星と織り姫がちゃんと願いを聞いて下さるよう、願い事は具体的に、日本語で書いて下さいね?」
「ええ! そんなの面倒臭いんだぞ! もう君が代わりに書いてくれよ!」

 丸めていた背中を起こした勢いのまま、紙とペンを日本に渡す。

「なんて書きましょうか」

 日本はなんだか随分楽しそうだった。

「≪誕生日の夜をやり直したい≫で頼むよ」
「ずっと寝ていらしたそうですしね。イギリスさんから伺いました」
「うん……まあね。だからもう一度仕切り直すんだぞ!」

 この願いなら日本に代筆を頼んでも問題ないし、具体的だ。
 思い付いたままに言ってみたけど、改めて考えるとこの願い事が一番しっくり来る気がする。

「ではこの短冊を庭の笹に……」
「それは俺がやるよ」

 日本の手から短冊を受け取って、内容を確かめながら庭の隅に向かう。結構大きい笹だった。

「どうせなら、やっぱり上の方だよね」

 ブロック塀をよじ登って、一番てっぺんの笹の葉に手を伸ばす。
 途中で見付けた短冊には、≪世界が平和でありますように 日本≫と書かれていた。これって具体的な願いなのかい?
 なんとなく日本に騙されたような気になる。
 あと≪早く二次元に行く装置が発明されますように 本田菊≫は見ない振りをした。

「あれ?」

 一番上、俺が付けようとした場所で風に揺らめく一枚の短冊。
 雨に濡れてやや重たげに、隠すように括り付けられた紙切れに手を伸ばして。
 ……裏返しだったそれを、何気なくめくった。

「……」



≪アメリカが俺に好きって言いますように イギリス≫






 *** *** ***





『なあ日本、これは友人の…あっあくまで友人の話だからな! 俺じゃなくて!』
『はあ』

『で、その友人がだな……それまで弟だと思ってた奴に、こっこっこっ恋人になってくれって言われたらしくてだな……』

『それはそれは……おめでとう御座います』
『めでたいのか!?』
『告白されたのでしょう? そのご友人は』

『いや、それが単に恋人になってくれって言われただけで、そいつは俺の事なんかなんとも思ってない筈なんだ……とその友人が言っててだな』

『ですが、好きでなければ恋人になりたいなどと仰らないのではないでしょうか。そのアメ……ご友人に告白なさった方も』

『違う! 告白なんかされてねえ! 好きだなんてそんな言葉っ! 俺はアメリ……カのように弟だと思ってた奴から聞いた事はない、と友人が言っていた』

『はあ……。……イギリスさん、ここに良いものがあります』
『……ん? なんだ?』

『我が国の七夕という行事をご存知でしょうか――』







 ――――――――――☆ミ☆ミ



あとがき。

 母国語じゃない上に「具体的に」「分かるように」って縛りを入れられて直訳しちゃうイギリスさん可愛いなって。

英「日本!見るなよ!?絶対見るなよ!?」
日「はいはい見ませんとも(※私は)」



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