結局俺は、一睡もしないで誕生日当日を迎えた。
 大人も子供も国中が沸き立つインディペンデンスデイ。
 当然俺も例には漏れず、今も見知った顔触れを招待して盛大なホームパーティーの真っ最中さ!

 …俺の庭の木に、天使が引っ掛かってるなんて報告が飛び込んで来たのは、正にケーキに立てたロウソクの火を吹き消そうとした時だった。


 俺が送った招待状には返事も寄越さなかったクセに、君は一体なにをしてるんだい。

 まるで風に吹かれたシーツみたいに器用に引っ掛かって、くうくう寝息を立ててたコスプレ天使を回収してベッドに寝かせる。
 ゲストルームはみんなの荷物置き場になってるから、俺の部屋に運んだ。……仕方なく、不可抗力だぞ。

「…、……はっ!」
「やあ、お目覚めかい?」

 すぐに気が付いた彼は、俺の顔を見るなりそっぽを向いて口笛なんか吹き始めて。
 そんなので誤魔化せると思ってるなら、君は実に馬鹿だな!

「イギリス……君ねぇ」

「俺はイギリスじゃねえ! 心優しい天…」

「イギリス」

「…はい」

「招待状も渡してるんだ。ちゃんと正面から入ってくればいいじゃないか」

「おっ俺は別に、おまえを祝いに来たんじゃないんだからな!」

「じゃあ何しに来たのさ…」

「……プ……ント……」

「うん?」

 声が小さすぎて、よく聞こえない。
 俺はベッド手を着いて身を寄せた。ら、思い切り腕を引っ張られてベッドに頭から突っ込んだ。
 地味に痛い。特に鼻の頭と、床に強かに打ち付けた膝頭が。

「っ…! おまえが欲しい物を事前にこっそり調査して、大英帝国の凄さを見せ付けてやる予定だったんだよ!」

 耳のすぐ近くから、イギリスの大声が聞こえる。
 身じろいで、片目だけ開けて見上げると、視界に映るのは布切れみたいな天使のコスプレ衣装から露出した胸元のドアップ。
 俺はさり気なく顔の向きを元に戻して視界を閉ざした。
 ブランケットをかけた彼の膝辺りに、こうして顔を突っ伏していると。なんだかすごく…。

「なのにおまえが早く寝やがらねぇから…! おい、アメリカ? 聞いてるのか?」

「ねむい」

 うん、ねむい。
 そういえば妙な夢を見て以来、あまり寝ていなかった。

「ば、ばか! 昨日ちゃんと寝ないからだろっ!」

「……君こそ。ほんとは具合、あまり良くないんだろ」

「お…俺はいいんだよ!」

 怒鳴る声に、いつもの覇気が全くない。
 さっき眠っていた時も、俺のベッドに寝かせた途端に魘されていたし。目元には隈があった。

「おいアメリカ、…アメリカ? 寝たのか? パーティーはどうするんだよ、寝るなら横になれって。なあ、」

 軽く肩を揺さぶられたけれど、ダメだよ、そんなじゃ。
 本気で俺を起こしたいなら、もっと大きな声で揺すって貰わないと。全然まぶたが開かないんだ。

「……ゆめで、きくのは……ひきょうなんだぞ……」

 後で聞いたら、俺は落ちる間際にそんな事を言っていたらしい。

「…ちゃんと、きみが…考えてくれよ……」

 天使のコスプレをした彼が、おかしな力を使って人の夢の中に勝手に入って来てるなんて。そんな非科学的な。
 ともあれ、俺の意識はここで途絶えた。

 夢を見ないほど深い眠りだったのか、俺の言葉が利いていたのか、あるいはあの日見たのがただの夢だったのか。
 天使が出て来る夢は見なかった。




「おい、アメリカ…アメリカ」

「…ん……イギリス?」

「もう日付が変わっちまう」

 枕元にあるデジタル時計を指して、イギリスが言う。
 俺は目を擦りながら、いつの間にかベッドの上に横たえられていた身体を起こした。

「おまえが欲しい物はなんだ?」

 子供を寝かし付けるような声でイギリスが言う。
 彼の顔色は、部屋が暗くて確認できなかった。
 もう変なコスプレはしていなくて、見慣れたスーツ姿にステッキを持っている。ステッキといっても紳士的アイテムでもなんでもなくて、先端に星が付いた玩具だ。
 ……着替えたのが惜しいだなんて、全然まったく、これっぽっちも思ってないよ。

「なんでもいいの?」

 まだぼんやりと寝起きの声で訊いた俺は、たぶん、夢に見た天使の事を考えていた。
 君の所為で、俺はあれからずっと欲しいものを考えてたんだぞ。

「当然だ、俺に起こせない奇跡はな……あっ、国の情勢に関わるような事はなしだかんなっ」
 直ぐには答えないで、俺はじっと時計を見た。あとほんの僅かで日付が変わる。
 奇跡が起こる時間は、もうおしまいだ。

「お、おい」

 イギリスも時計を見てる事を確認して、きっちり零時を過ぎてから。

「恋人になってよ」

「へっ……?」

 俺は彼の唇を塞いだ。



――――――――☆ミ

後日、続きにもう一つupします!

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