「あっつ…」

 目が覚めるとじっとり寝汗をかいていて、寒くて身を縮こまらせていた日々を遠くに感じた。長かった冬もようやく終わりか。
 枕元の時計を見やれば、起床の予定時間より1時間も早い。少し迷ってアラームを止める。自分がベッドから出た後、この大きな子供を起こしてしまうのは忍びない。

「モーニン」

 小さく紡いだ言葉と共に贈るのは、一方的な朝の挨拶。頬へ落とした唇が乾燥していたと気付く。少しカサついた唇を舐め、仕切り直しともう一度だけ口吻けた。
 案の定起きる様子のない寝顔を存分に堪能してから、再び頭を固い枕の上に乗せた。枕、といっても人の腕なのだが。
 無遠慮に乗せた所で、ビクともしない事は幾度も実証済み。それでも起こさぬようにと、そっと身じろいで寝心地のいい位置を探した。

「……」

 ――それにしても、あつい。
 目の前の男はよく寝ていられるものだ。いっそ感心する。暑くはないのだろうか。
 巡らせた視線が、厚手のパジャマから覗く太い首を捉えた。薄らと残る淡い鬱血痕は見ない振り。これくらいなら可愛いものだろう。
 ぺたり。吸い寄せられるように触れた首筋は汗ばんでいた。そのまま指先を滑らせる。じっとりと微妙な吸い付きで滑りの悪い肌、別に嫌いではない。勿論相手には因るが。……つまり、そういう事だ。
 昨夜、この手で一番上までキッチリ留めてやったボタンを見る。このままでは寝苦しかろう、第一ボタンだけ外してやる――と、それまで何の違和感もなく伏せられていた目蓋が唐突に開かれて。

「俺、襲われてる?」
「ばッばか! んな訳あるか!」

 思わず引きかけた手を掴まれた。ギクリと肩が強張り、口許が引き攣る。何も悪い事などしていない、疚しい事は何もない、のに、気分はすっかり現行犯だ。

「なら続けてよ」
「う、うるせぇ。もう終わりだ」

 寝起きの掠れた声に笑われて体温が上がる。更に熱くなった身体をベッドの上に起こして、背中を向けた。

「イギリス?」
「飯の支度してくる。起こしてやるから、お前はまだ寝てろよ」
「ミルクとシリアルがあるからいいよ」
「それじゃ昼までもたねぇだろーが」
「途中でハンバーガーを買って行くから問題ないぞ!」
「大ありだ! バカ!」
「俺がタマゴとベーコンを焼くからさ」
「む、」
「君はレタスでも千切ってサラダを作ってくれよ」
「レタスだけかよ」
「トマトとオニオン、チーズもあるぞ」
「ぷっ、バーガーの中身かっつーの」

 笑みが漏れる傍ら、食卓の風景を頭に思い描く。なかなか理想的な朝食かもしれない。

「それとも暑いのかい?」
「ん?」

 未だ腕の中に戻らない事を早合点したのか、少し拗ねた声。唇を尖らせているだろう姿が見たくて振り返った。

「だったら尚更、今の内だぞ! これからもっと暑くなるんだ」
「ぐえ、ばか急に引っ張んなっ!」

 パジャマの生地を強く引かれて後ろに倒れた。おい喉、喉絞まってるから。
 容易く受け止めた腕が人の身体を勝手に定位置まで戻して、腕も廻された。あつい。

「反対意見は認めないぞ」
「……ばぁか。しょうがねーから我が儘に付き合ってやるよ」

 続く言葉は無視をして、自分から進んで更に腕の中に潜り込んでやる。
 別に、コイツの言葉を聞いて……。

「――あつい、馬鹿」
「まったく、君はそればっかりだな」

 頭の上に顎が乗せられたのか、固い感触がぐりぐりと押し付けられた。
 同じ様に押し付けた額が、さっき開けたパジャマの隙間から直に肌と触れる。ぺたぺたとした感触。俺は、嫌いじゃない。

 ――別に。コイツの言葉で始めて気付いて、夏は出来ないのが惜しくなったとかじゃ、ないんだからな。


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