「イギリス…」
「なんだよフランス、改まって」

 新大陸の風は優しく暖かい。今なら言える気がした。此処には、フランスとイギリスの2人しかいない。

「結婚、してくれないか?」
「は?」
「俺は本気だ、だから…」

 フランスは小箱からダイヤの指輪を取り出した。光を反射して輝く宝石に、イギリスの視線が注がれる。
 こんな時、いつも割って入って来る子供たちの気配はない。

「フランス…」

 辺りを包むいいムード。これはいける、フランスは確信した。あとは邪魔さえ入らなければ…。

「HAーHAHAHAHA!ちょっと待つんだぞー!」

 突然の声と共に襲い来るのは、空気を震わせる轟音と突風。見上げる視界に、大きなプロペラを回して宙に浮かぶ鉄の乗り物が映る。更にその下、垂れ下がるロープの先には、大きな薔薇の花束を手にした金髪の青年が掴まっていた。
 徐々に近付いて来るにつれ、風に煽られた薔薇の花弁がヒラリハラリと辺りへ舞い踊る。

「アメリカ!?」

 フランスの視線の先、イギリスの目の前に降り立った青年は、大きく成長したアメリカだった。並ぶイギリスより背が高いという事は、フランスよりも背が高いという事だ。

「イギリス、君にこれを…」

 すっかり散ってしまって茎と葉だけが残る花束。一瞥して後ろに放ったアメリカは、代わりに肉や野菜を挟んだパンを取り出した。サンドイッチとは少し違う。

「君には指輪や薔薇よりも、このハンバーガーが似合うんだぞ!」

 言うや否やイギリスの手を取ると、その指にハンバーガーとやらを突き刺した。
 左手の人差し指にグッサリと、厚みのある丸いパンが刺さっている。
 それまでされるが侭だったイギリスが、指先に落としていた視線をアメリカに合わせた。パチンとウィンクを決めるアメリカの相貌が、フランスからもよく見える。

「思った通りだ、イギリス…よく似合ってるよ」

「…アメリカ…」

 見詰め合う2人。まさかあんな物でプロポーズのつもりでいるのか、手の中のダイヤを握り締める。口の中で、歯と歯が強く噛み合う嫌な音がした。

「なんでときめいちゃってんの!?おかしいって絶対!」

 こんなの絶対おかしいよ!フランスの悲痛な叫びに同意してくれる者は誰もいない。

 その時、突如として空からおびただしい量の飴色の粘液が降り注いだ。イギリスを中心にぬとぬとした甘ったるい匂いに覆われて行く。

「イギリス!?」

「めいぷる掛けのイギリスさんは、僕が頂いて行きます!僕だって…本気を出せばこれくらい出来るんですから!」

 カナダの号令と共に、巨大な白い獣手がイギリスを鷲掴んで宙へと攫った。

「お、おい!」

 慌てて伸ばした手は宙を掻く。見上げれば、獣手の間から辛うじて金色の頭とブラブラ揺れる手足が見て取れた。

「カナダ!早まるな!おいアメリカどうす…」

 呼び掛ける声は途中で止まる。焦りも露わにアメリカへ向き直ると、アメリカはさっきまでとは違う格好をしていて。

「やるね、カナダ!けどそうはいかないんだぞ!」

 何時の間にやら青の全身タイツと赤いマント姿に着替えていたアメリカが、「とうっ!」と掛け声と共に身一つで空高くまで飛び上がる。
 ただの人、いや国であるフランスには、その様子を呆然と見上げるしか出来ない。

「ホントなんなの、一体…」

 眩暈を覚えるのと同時、フランスは虚ろな意識が浮上して行くのを感じた────。



「──……ハッ、…夢…?」

 カーテンの隙間から朝日が差し込む部屋は、新大陸で過ごしていた頃のそれではない。
 フランスはガシガシと頭を掻いて起き上がった。そうだ、此処はニューヨークにあるアメリカが所有している別宅の一つ。

 昔話を肴に酒を呑み、久し振りに4人で川の字に…なんて寝たらこの夢だ。
 因みに並び順は奥からイギリス、アメリカ、カナダ、フランス。何処かの超大国様が、さり気なさを装い切れていない強引さで決めて下さった。

 隣を見る。すっかり成長した身体を小さく丸めて眠る姿。どうやら起こしてしまったようで、アメリカ、次いでカナダが欠伸をしながら身体を起こした。
 まだ夢見心地のようで、キョロキョロと辺りを見渡している。
 ポツリと呟いたのはアメリカだ。

「夢……?」
「お前も夢を見たのか?」
「フランスもかい?」
「まあね。…やけに嬉しそうだけど、どんな夢だったの?」

「それが聞いてくれよ、…夢に俺たちが出て来てさ、それで俺、とうとう…ずっと好きだった人にプロポーズして……ッ、いい所でカナダが邪魔したんだぞ!」

 隣で眼鏡を掛けていたカナダにアメリカが喰って掛かる。

「ええ?夢の内容まで僕に当たらないでくれよ兄弟」

「本当の事なんだから仕方無いじゃないか」

「僕だって君に邪魔されたんだからね。クマノスケさんに乗って、イ…憧れの人を迎えに行ったら君が」

「はいはい喧嘩しないの。お兄さんもね、お前たちが出て来る夢を見たよ」

 プロポーズしたけど返事を貰えないまま2人に邪魔された夢…とは、口にする必要もないだろう。邪魔さえ入らなければ、結婚していただろうに。三者三様の視線を交わした6つの瞳は、遅れて目を覚ましたイギリスを捉えた。キョロキョロと辺りを見渡した後、「夢か…」と何処か安堵の滲む溜め息を吐く姿。

「うるせぇぞ、ったく…。あーくそ、妙な夢を見ちまった」

 喉の乾きを意識するような、一瞬の沈黙。口火を切ったのはほぼ同時だった。

「へえ、どんな夢だったの?」
「どんな夢だったんだい?」
「どんな夢だったんですか?」
 矢継ぎ早な質問に気圧されながら、イギリスが気鬱に口を開く。

「…転がって来たタイヤに弾き飛ばされて、巨大なハンバーガーに押し潰されて、最後はメイプル漬けにされて熊に喰われる夢だった」

 口にしながら思い出したのか、苦々しく顔を顰めるイギリスとは正反対に、カナダの顔がぱっと輝く。

「…それって最後は僕がイギリスさんを…?」

「HAHAHA,何を言ってるんだいカナダ。その後はヒーローが熊のお腹の中から助け出すんだぞ!」

 すかさず牽制するのはアメリカだ。

「お兄さんは…もう良いです」
 何の話か付いて来れていないイギリスは、置いてけぼりにされた子供のような顔をしている。

「お、おい。アイツら何の話してんだ?」

 まさか夢の中に出て来たイギリスを現実で取り合っているとは、言えようものもない。
 フランスは朝食のメニューを考え始めた。こんな関係も、悪くないと思いながら。



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米英が来ると思われた方はごめんなさい!
今回はタイトルの通り、最後まで新大陸家族でした。

完結まで時間が掛かってしまいすみません…!
お付き合いありがとう御座いました。


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