腕の中に閉じ込めていた温もりが、鼻にかかった小さな声を漏らして身じろぐ。
 年寄りの朝は早い、なんてよく言うけれど、彼も多分に漏れずその通りだ。けど偶には、俺の方が早い時だってある。

「モーニン、あめりか」

 起きてる時はとても聴けないような擽ったい声の主は、これまた起きてる時はお目にかかれない顔をしているんだろう。むずむずと湧き出す気持ちにつられて指先がぴくりと震えるのを、息を浅く吐いて押さえ込んだ。
 この一時を得る為に、彼より早く目を覚まして狸寝入りをしていようなんて思い始めたのは、いつからだろう。胸に頬を寄せて寝入る彼をそっと眺める密やかな時間があるか否かは、俺の1日のやる気を左右すると言ってもいい。
 冬の乾燥で乾いた唇が触れる。惜しむらくは、俺の好きな翠が撓み恋人の位置で寄り添う姿態をこの目で見られない事だろうか。
 寒さの為か、いつもより近い距離が少しずつ離れて行く。
 その内、この手を掴んで力任せに引っ張って、腕の中に引き戻した時に返るだろう反応を。俺が実は起きてるだなんて夢にも思っていないだろう彼が、「起きてたのかよっ」なんて言葉と共にお決まりの台詞で慌てる様を見るのが、俺の楽しみだ。
 思い切りよくカーテンを開ける音に次いで、とうとう彼の気配が扉の向こうに消える。薄目を開けて室内を見渡した。
 俺は知ってるぞ。彼がカーテンを全開にする朝は、寂しいから早く起きろっていう合図だ。因みに会議があるから早く起きろって時は今頃揺さぶり起こされていて、まだ寝てろという時には、彼は何も言わず髪にキスをする。
 さっきは抑え込んだむずむずが、抑え込む理由を失くしてこの身を震わせる。明日こそ、いっそ彼より先に目を開けて起きていて、寝顔を見てたと言ってやろうか。とても寝てなんかいられなくなって、俺は毛布を剥いでベッドから飛び起きた。


「モーニン、イギリス。今日も実にいい朝だね」

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