5月9日は告白の日らしいですぞ!

と言う事で1日過ぎてしまいましたが告白小話!



◇◇◇ ◆◆◆ ◇◇◇



「好きだよ、イギリス」

 突然、アメリカがそう言った。本当に唐突だった。
 だってそれまでは普通に、変わり映えのない軽口を叩き合っていた筈で。俺の家で向かい合ってソファに座って、机の上には紅茶とスコーンを乗せた籠があって、窓からは雲の切れ間を縫って夕陽が差し込んでいた。

「あー…そっそうか!別に俺も嫌いってワケじゃ…」

「そうじゃない」

「っ……!」

 間髪置かずに否定されて、続く言葉が出て来ない。本当に何なんだ、一体。アメリカの声は真剣だった。

「ねえ…分かってるんだろ?俺が言ってる意味」

「わっ、分かんねえな…」

「だったら、ちゃんと俺の目を見て言ってくれよ」

 イギリス、名前を呼ばれる。逸らしていた視線を指摘された事より、今まで見られていた事に気付いて動揺した。頬に熱が籠もる。

「む…むりだ…」

「どうして」

 喉の渇きを覚えるのに、紅茶に手を伸ばせない。震える指先を握り込む。

「無理…本当に、むりだ……アメリカ…」

 ちくしょう、くそったれ、心の中だけでスラングを吐き捨てる度に、目頭が熱くなった。なんで、あんな事を言ったんだ。なんでそんな事、言うんだ。

「…泣かないでくれよ。まるで、俺が虐めてるみたいじゃないか」

 言葉は何も返せなかった。アメリカが溜め息を吐いて立ち上がる。

「帰るね」

「ッ、…待っ…!」

「…なに?」

 反射的に引き留めてしまって、ああ、有耶無耶にして仕舞えるチャンスだったのに。振り向いたアメリカの、青い瞳と目が合った。
 間抜けに開いたままの唇。喉が渇き過ぎて、ヒリヒリする。俺は結局何も言えず、中腰に浮かせた姿勢をソファへ戻して、再び目を逸らした。

「……な、なんでもない…」

「そう」

「……」

「……」

 落ちる沈黙。アメリカは動かない。1秒が長く感じる。
 紅茶に伸ばせないままの指を、膝の上で組んで遊ばせた。行けよ、早く。それで今日の事は、お互い忘れよう。アメリカに見られている気がして、俺は更に視線を逸らした。

「──ああ…言い忘れてたけど、俺、振られた相手と仲良く話たり、お互いの家を行き来したり手料理を振る舞われたり、これから先もプライベートを一緒に過ごせる程、神経図太くないからね」

「はっ?」

 なんだって? 唐突に何時もの調子で掛けられた声を、数秒遅れて理解。

「もうこんな風に、君んちに来て消し炭みたいなスコーンを食べたりはしないって事さ」

 いやいや、なんだよその爽やかな笑顔。それが振られたって面かよ。

「なっ!?ひ、卑怯だぞ!」

「卑怯?卑怯ってのは、こういう事を言うんだ。…イギリス、」

 思わず立ち上がって抗議する俺の名前を呼んで、アメリカが近付いて来る。

「な、なんだよ」

 少しずつ笑顔を消していくアメリカの目が、最初から笑ってなかった事には気付いてた。邪魔な机がガチャンと紅茶のカップが揺れる音を立てて位置をずらし、アメリカが立ち止まったのは俺の直ぐ目の前。おい、近すぎないか。
 立ち上がり掛けた体勢のまま、へっぴり腰の俺は自然と見上げる形になる。

「今から君にキスするよ。……嫌だったら、拒んでくれ」

 『kiss』という単語に、ぼわっと頬に熱が上がった。なんでだよ、なんでそうなる。

「ちょっ…」

 肩に手を置かれて。少しずつ近付いて来るのは斜めに傾けられたアメリカの顔。

「──…逃げなくていいの?」

「……っ、……ッ…!」

 唇に息が掛かる距離で言われた言葉にも動けず、咄嗟に目を瞑った俺の唇は呆気なく奪われた。離れても残る、柔らかい感触。

「……──これで、今日から俺達は恋人同士だねっ」

 ぱっと身体を起こして肩からも手を離したアメリカは、打って変わって底抜けに明るい声で。俺が白眼を剥いて突っ込みたくなるような事を言ってのけた。

「はあ!?お前っ、マジでふざけんなよ!」

 唾を飛ばし勢いで怒鳴り、襟を掴む。さっきからずっとキャパシティオーバー続きで、俺の沸点は余程低い。
 完全に奴のペースに乗せられていると気付いたのは、真剣な目をしたアメリカに手を掴まれてから。

「君こそ、俺を見くびらないでくれ。君が俺の事を好きなのなんて、とっくにお見通しだぞ!」

「だっ、誰が…!」

「おっと、ツンデレは要らないからね。君いま自分がどんな顔してるのか、分かってるのかい?」

 知るか。鏡もないのに、分かる訳ねえだろ。アメリカが言う「どんな顔」とやらを見られたくなくて今すぐ顔を隠したいのに。掴まれたままの手首が俺に行動を起こさせてくれない。離せよ、馬鹿。俯いたら、ぽろりと涙が零れた。

「おまえ…、もう、サイアクだ…っ!」

「そうだよ。…だから君は、俺に脅されて仕方無く付き合ってると思っていればいい」

「んなの可笑しいだろっ」

「なんなら期限を付けようか?その間に、君の不安を消してみせるよ」

「はあ!?なに言ってんだ!」

 思わず顔を上げる。瞬きをしないでいたから、乾いた涙は零れる事なく引っ込んだ。

「君は、俺の言葉を信じられないんだろう?どうせ別れるんだとか、気の迷いだと思ってる」

 真正面から目が合う。しまった。
 心臓が跳ねる。青い青い澄んだ瞳に、全てを見透かされている気がして。逃げられない、そう思った。限に今俺の頭には、期限という言葉がグルグルと踊っている。期限、期限か。それなら──。

「……い、1ヶ月だ…」

「へえ、随分と猶予をくれるんだね」

「いいいっ1週間だ!!」

「オーケィ。じゃあ俺は、その間に、君を俺ナシじゃ居られなくしないとな!」

 少し目尻を下げたアメリカの笑みは、今度こそ本物だ。対して俺が今どんな情け無い顔をしてるかなんて、知りたくもない。

「もう…おまえ、ほんと、バッカじゃねーの…」

 ぐったりと全身の力が抜けて座り込みたくなる。そう出来ないのは、まだ手が掴まれたままだからだ。
 どうしてこんな事になったのか、俺には未だ分からない。馬鹿は俺なのか?いやそんな筈がない。

「…そうかもね。こんなに面倒臭くて頑固でネガティブで酒癖が悪くて料理が下手で泣き虫な君をそれでも好きだなんて言えるヒーロー、世界中どこ探したって俺ぐらいなんだぞ!」

「うるせーよ!ばかっ!」

 明らかに侮辱の込められた言葉に、早速不安になる。やっぱからかわれてるだけなんじゃねーの。
 胡乱な目で見る俺に気付いているだろうに、アメリカの相好は崩れたまま。

「うん、だからさ…君が俺の気持ちを認めてくれた暁には、今度は君からキスしてくれよ」

「うう…くそっ、」

 なにが「だから」なんだ。馬鹿な自分にも分かるようにとでも言いたいのか。そこは確信犯だろ、騙されねーぞ。
 こんな風に突っぱねて、疑って、信じずにいれば。1週間なんて直ぐの筈なのに。
 俺は未だにアメリカに掴まれた手すら振り解けずにいる。



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