2014年の夏インテで発行した猫たりあ合同無配の私パートの小説部分になります!


 * * * *


 段ボールから飛び出したアーサーの後を素早く追いかけるアルフレッド。開け放した扉の向こうへ尾の先が見えなくなるまで二匹を見送って、イギリスは感心の息を吐いた。
「あいつら本当に仲良いな」
 ことん、と響く軽い音。テーブルを挟んで向かい側に座るアメリカが、手にしていたマグカップを置いて椅子を軋ませる。
「そう思うんだ?」
 イギリスとアメリカの意見が合う事などそうそうない。それでも意外な切り返しに顔を向けると、アメリカの口元には楽しげな含み笑いが滲んでいた。
「なんだよ」
「逃げ回ってたじゃないか」
「恥ずかしかったんだろ」
「へえ〜〜」
 テンポ良く返した後に、恥ずかしがっているのとは少し違うかもしれない、と思い直したが、口にすることは出来なかった。上手く言い表せないが、イギリスにはアーサーの気持ちが何となく分かるのだ。
 笑いを収めないアメリカに、イギリスは腹が立った。お前には分からないのか、そう、裏切られたような思いが込み上げる。そうだな鬱陶しかったんだろ、とでも言えば良かったのか。根拠はある。アルフレッドのアーサーに対する懐きようは、普通とは言い難かった。気紛れでクールな猫の性分をどこに置いてきた、お前は犬か。生まれて初めて親を見たヒヨコかと言いたかった身体は、随分と大きくなってしまったけれど。それに付き合わされているアーサーが翻弄されていても、致し方ないというものだろう。
「なんか文句あるのかよ」
「いや、うちの子は凄いなと思ってさ」
 アメリカが軽く肩を竦めてマグカップを手にする。その顔からは、さっきまでの笑みが消えていた。イギリスの気配を察して会話を切り上げるつもりなのだろう。が、沸点の低いイギリスへ最後の薪をくべるには充分だった。
「ああ? うちの子の思慮深い健気さがなけりゃ、お前んとこのデブ猫の相手なんざ務まってねーよ! 感謝しろ」
 アメリカの顔にもカチンとした苛立たしさが走るが、先に喧嘩を売ったのはそっちだ。一触即発の空気の中、ニャアンと鳴く猫の声が混ざる。見るといつの間にか、入り口付近で二匹寄り添うようにこちらを伺っていた。
 少し椅子を引いたイギリスが、猫たちの方へと身体の向きを変える。床に手を下ろすと、アルフレッドが一目散に駆けてきた。押し付けられる頭を撫でてやると、怯えた様子だったアーサーも少し遅れてやってくる。猫に罪はないのに、酷い台詞を吐いてしまった。許してくれるか、そんな気持ちを込めてくしくしと撫でる。
「いつもありがとな」
 アルフレッドへ向けたイギリスの言葉を理解した訳ではあるまいに、アーサーが常より低めに鳴いた。
「なんだ、お前も撫でて欲しいのか?」
 両手で優しく掻き撫でているうちに毛繕いを始めた二匹は、そのままイギリスの手を忘れたように互いにじゃれ合ってしまった。一抹の寂しさと共に曲げていた背筋を正す。
 贔屓だ、耳が拾った気の所為かもしれない言葉に目を向けると、アメリカが苦々しげな顔をしていた。
「俺だって!」
 荒げられた声はすぐに勢いを失くして、青い瞳が視線を落とす。沈黙で先を促せば、ぼそぼそと続きが紡がれて。
 途中、一度だけチラとイギリスを見た視線は再び逸らされ、視界に映るのは俯き気味の耳と頬。
「俺だって、君が逃げたら追いかける」
「は?」
 なんだそりゃ。そう思うのに、やたら赤が栄える視界に二の句が継げない。
 コーヒー淹れてくる、一息で飲み干したマグカップを手にそう言ったアメリカが、イギリスを見ないまま席を立つ。
 頭の良い肥満猫は向かう先がキッチンだと察したのか、ニャアニャア鳴きながら足音も荒く後を追った。残された一人と一匹で顔を見合わせ、その背が消えた先を見る。
「……なんだよ……お前が逃げてんじゃねえか……」
 なんだよ、もう一度呟く声は相手に伝わるべくもなく小さい。イギリスは今すぐ逃げ出したい衝動に駆られた。テーブルの上に置いていた拳が、体温の移ったそこから離れようとぴくりと動き、けれど浮かせるまでに至らない。
 頭の中で、この場から立ち去る理由を考える。アメリカがからかって来て疲れるから、コーヒーの匂いがムカつくから、一人の時間を楽しみたいから。
 後から後から沸いてくる尽きない理由は、けれどこの家を出なければ達成されない事を知っていた。どこにいたって、すぐに見つかってしまうだろう。今だって、キッチンからは人が立てる物音と気配が絶え間なくイギリスの元まで届いている。
「……くそっ」
 逃げる事を諦めたイギリスは、アーサーを抱き上げてどんな顔と言葉でアメリカを迎えるか考え始めた。

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