オンリー新刊の通販が開始しました!
Kブックスさん専売で、イベント分が完売しているのでこちらの分布で最後になります!
全年齢でほんのりギャグ風味です。
Kブックスさん

以下、本文サンプルになります!
私がひよこレベルながらゲーマーなばかりにこのような内容になってしまいすみません…!


【モソハソいっぱいやってました 〜なんてことない日常風〜】


「もうやれる事もやり尽くしたんだぞ……」
 Booと唇を尖らせた不満に返る言葉はない。
 アルフレッドは手にしていた携帯ゲーム機を枕に投げた。
 ベッドの上に仰向けになり、天井を見上げながら大きく一呼吸。ごろごろと転がって腹這いに体勢を変え、見やった先の小さな画面の中には、キャラクターメイクから全身を纏う装備まで手塩にかけて育てたアルフレッドの分身がいる。
 やり尽くした、と言うには少し語弊があった。
 アルフレッドがこのゲームを始めたのは、同じ大学に通う友人の菊に誘われたつい最近の事だ。うっかりはまって睡眠時間を削りに削り、設定上一番強いとされるモンスターも既に討伐済みだが、やれる事はそれで終わりではない。
 例えば菊は今、ゲーム内の様々な功績によって手に入る勲章集めに夢中になっている。
「あと残りひとつなんですよ」
 と目の下に隈を作って嬉しそうに笑いながら言った彼の、それが最後に見た顔だった。
 残りひとつの勲章というのが、ひとりでプレイする時にしか連れていけない猫型オトモのレベルを十匹分最大まで上げると入手出来るものだからだ。ひとりプレイの時に連れて行けるオトモ、つまりアルフレッドとプレイしていては手に入らない勲章。よって、それまでどんな困難も強いモンスターも共に戦い駆逐してきた戦友兼師匠に、アルフレッドは現在放置されていた。
 対してアルフレッドは、勲章にそれほど固執していない。ないよりあった方がいいとは思うが、その為にひとりでやるより、誰かと遊んでいた方が楽しかった。
 最後に菊と共に狩りへ行った日を思い出す。出現モンスターの最大サイズと最小サイズの出現をコンプリートするのに付き合わされた日々。同じモンスターと連続五十回目の戦闘を終えて尚ミッションコンプリート出来ず弱音を吐いたアルフレッドに、自称どこにでもいるしがないゲーマーの友人は言った。
「最低百匹は倒す気でいてください! あなた本当にハンターですか!?」
 放置されている不満を伝えるには、さながら鬼神の如き迫力で熱弁を奮う友人を説得しなければいけない。
 どうやって。
 瞬きひとつで諦めたアルフレッドの目は、とても遠くを見ていた。
 ──チリン。
 枕の上にある携帯ゲーム機から、ベルの音が鳴る。
 ちらりと画面に視線を戻せば、誰かがアルフレッドの作ったネットワークルーム……集会所に入って来たところだった。
 ただ誰かと遊べたらいいという目的だけならば、オンラインに行けば幾らでも手軽に果たせる。
 顔も名前も見えない、知らない、偽れる相手。広い広い無法地帯には色々な人がいる、当然問題が起こる場合もある訳で。
 例えば、入室と同時に挨拶もなしにアイテムを強請られたり。
『てつだってくれないか』
 ……こんな風に、助力を乞われたり。
 ずれた眼鏡を直して、携帯ゲーム機を両手に持ち直した。
 画面は、四人がけの大きな丸いテーブルや狩りに行くクエストを受注するた為のカウンター、受注したクエストが張り出される掲示板、アイテム販売所など集会所の代わり映えしない景色の中に、新しくひとりの男性キャラクターの姿を映していた。下の画面に表示される簡易的なプロフィールを見る。
 ハンターランク1、武器は最初からしている初期の弓、名前はアーサー。
 オンラインで相手を募集する時は、四人まで入れる部屋に目標のターゲットを設定する事が出来る。そうすれば同じモンスターを狩りたい同士、あるいはアイテムを集めたい同士がスムーズに出逢えるという訳だ。
 アルフレッドはこの部屋にターゲットを設定しなかった。それは、交流を楽しみたい気持ちあってのものだったのだが……。
 時計を見る。時刻は夜の十一時。寝るにはまだ早く、明確な目的もないアルフレッドは自分から進んで部屋を探そうという気持ちは起きなかった。
 断ったところで、他に何をする訳でもない。
 アーサーは入室した時のまま、部屋の入り口で立ち止まっていた。
 アルフレッドが遭遇した中で一番印象深く……悪い意味で記憶に残っているのは、同じように入室と同時に手伝って欲しいと言った後、すぐにクエストを受注して「これ受けて」と言った相手だ。アルフレッドは目を細めて微笑み、そしてゲーム機の蓋を優しく撫でるようにそっと閉じた。これを師匠直伝の「そっ閉じ」という。蓋を閉じる事でオンラインとの通信が断絶され、次に開けた時にはまるで全てが夢であったかのように誰もいなくなり、まっさらな状態になる。
 師匠こと菊が初めてこのそっ閉じをしたのは、ファーストフード店のオンラインスポットで一緒にプレイしていた時の事だ。友人の行為に、アルフレッドは眉をひそめた。困っている人がいれば助けてあげるのが上級者の努めであり、オンラインの楽しみ方のひとつであると思っていたからだ。何より、極度のゲーマーであるが温厚な菊がまさかそんな側面を持っていたなんて。いくら素性が隠せるオンラインだからって、なにもそんなヒールの仮面を被る事はないじゃないかと。当時は信じられなかった。過去形である。
 アルフレッドからの返事を待っているのか、黙って突っ立ったままでいるアーサー。
 挨拶もなく要求だけするのはマナー違反にあたるが、アルフレッドは元々マナーに煩い方ではない。
 楽しければそれでいい。
『だめならいい』
 アーサーが言った。
 遠慮なのか、せっかちなのか、白黒付けなきゃ気が済まないのか。何も知らない初々しい初心者の可能性もある。こんな短い言葉で相手のことが分かる筈もない。
 アルフレッドはタッチペンを手に取ると、小さなゲーム画面に表示されるチャットの文字列を軽やかにつついた。
『いいぞ!』
 もし一緒にやっていて楽しくない相手だったら、一度の狩りで終わればいい。ギルドカードを送ると、ややして相手からも送られてきた。
 ギルドカードは、このゲームの中で何をしたのかおおよそのことが書いてある名刺代わりかつやり込み度合いの記録帳みたいなものだ。
 好きなクエストを貼ってくれたら手伝うよと告げれば、何をすればいいのかよく分からないと言うアーサーに、彼のギルドカードを開く。集会所のクエストクリア数、ゼロ。アルフレッドは相手の代わりにカウンターまで走った。
『キークエでいいよね』
『まかせる』
 キークエストは、次のランクに上がる為こなさなければいけない必須クエストの事だ。誰かが受けたクエストは掲示板に貼り出されて同じ部屋にいるメンバーが受けられるようになる。どこかたどたどしい動きでアーサーが準備を終えるのを待って、クエストへ出発した。
『さあ、一狩り行こうか!』



 指定されたモンスターを討伐し、村に戻るまであと一分と表示された後の時間は絶対に死なない自由時間だ。
 アルフレッドはアーサーの傍まで駆け寄ると、倒した大型モンスター死体と重なるようにしゃがんで隠れながら、素材を剥いでる足下まで近づいた。
 タイミングを見計らい、足下に小樽爆弾を設置してから素早く離れる。丁度モンスターの大きな胴体に隠れる位置に設置したその小型アイテム──設置と同時に導火線に火が付いて、一定時間経つと勝手に爆発する爆弾に、たぶんアーサーは気づいてない。
 爆破のタイミングは絶妙だった。剥ぎ取りを終えたアーサーのキャラクターが、悲鳴を上げて吹っ飛ぶ。
 普段は敵味方問わずダメージを与える爆弾も、今は決して死ぬ事はない。つまりこれは、ただのお遊びだ。
 落下地点と思しき傍で待機していたアルフレッドは、目算で当たりをつけた位置まで走り込むと大剣を構えて切り上げ準備、そしてすかさずホームランをした。
 地面に転がり伏したアーサーの身体が、再び空高く舞い上がる。
 その時、画面下のチャットに表示されたのは、今まさに宙を舞っているアーサーの文字色だった。
『グッジョブ』
 え。何この人おもしろい。アルフレッドの中でアーサーに対する好感度がぐっと上がる。
 吹っ飛ばされて嬉しいの? ご褒美なの?
 聞きたいのに今は聞けないのがもどかしい。
 アルフレッドは再びアーサーの傍へ駆け寄ると、彼を取り囲むように沢山のタルを置いた。



『てめえ!!!!』
 短い一分が終わって集会所に戻るなり、アーサーが言った。
『なにしやがる!!!!』
 目を滑る口汚いスラングの羅列。その殆どが規制に引っかかって記号に置き換わり、言葉になっていない。どうやらかなり怒り心頭のご様子らしい。
 オンラインで知らない相手とやるのに不都合を覚える事、その最たる理由は意志疎通のしにくさだ。
 タッチパネルに羅列する文字をひとつひとつ触れて言葉をなぞる。
『グッジョブって言ってたじゃないか』
『選択ミスだ!!!!!!』
 思わず漏れた不満には、すかさず訂正が入った。
 クエストの最中は、チャットで好きな言葉を発言することが出来ず、あらかじめ用意してある十二個の定型文の中から選ぶことしか出来ない。初期設定にある十二個では、怒りを現せるようなものはなかった。腹立ち紛れに指を滑らせたのがよりにもよって『グッジョブ』とは。
 楽しい気持ちが面倒臭さに負けて、ごめんと謝った。
 話題を変えようと、今持っている素材で装備を作る事を勧めた。足りなかったら、必要な素材を狩りに行こうと。
『わかった』
 素直にそう告げるアーサーが、集会所を出て行く。加工屋に向かったんだろう。
 待っている間に、さっき交換したアーサーのギルドカードを見た。ページをめくり、全ての情報にざっと目を通す。
 クエストのクリア回数は少ないけれどプレイ時間は妙に長い。色々と手探り状態なんだろうか。フレンド登録した相手と狩りに行くと溜まる友好度はゼロ、どうやら友人と一緒にやっている訳ではないらしい。
 各種武器の使用回数を見る。アーサーの使用頻度で一番多いのは弓だった。他の武器は、綺麗に一ずつで並んでいる。
 もしかして、と不意に過ぎるのは、武器の練習用として用意されたクエストの存在。一番レベルの低いランクに位置する、クリアしなくてもいいクエスト。それを生真面目にもひとつひとつこなしてしている姿を思うと、なんとなく好感が持てた。
「──よしっ」
 アルフレッドはベッドに横たわっていた身体を起こすと、ゲーム機を持ってパソコンデスクへ移動しインターネットを立ち上げた。攻略サイトを開いて、弓使いのオススメ装備を調べる。カチカチと何度かマウスのクリック音を響かせて、幾つものウインドウを開いたままゲーム機をたぐり寄せた。
『アーサー』
 なかなか戻って来ない彼に向かって、チャットで呼びかける。
『もし分からなかったら、オススメがあるけど』
『たすかる』
『じゃあまず――』



 今度は遊ばず、先輩ハンターとしてかっこいいところを見せてやろう。そう思ったアルフレッドは戦闘終わりの残り一分、今度は周囲の雑魚を切る事に専念した。モンスターの素材を剥いだり、辺りで採取するだろうアーサーの邪魔をさせないように。
 けれどそのアーサーがモンスターの素材も剥がさずに一目散に駆けてきた。なんだ? 疑問が確信に変わる前にアルフレッドの前でぴたりと止まると、小さく片足の爪先を突き出して。キック。一応敵へのダメージ判定はあるがごく僅かで、主に気絶状態になった仲間を起こしたり、こうして戯れに意味なく繰り出したりも出来るそのアクションには、味方をよろけさせる効果がある。通常は。
 アルフレッドのキャラクターは、よろける動作を軽く通り越して宙に舞い上がった。
 ふわりと身体が浮かび、ごろごろとボールのように地面を転がっていく。
 蹴脚術、だ。食事に付加出来るスキル。キックの威力が上がる、それ以外に何もない、通常であれば全く使わないそれは、明らかにこの為だけに選んだんだろう。
『ざまあ!!!!!!!』
 チャットに表示されるアーサーの文字色。さっきは初期設定の定型文しか喋らなかった人がどうしたの。もしかして定型文を作って来たの? 長い間戻って来ないと思ったら。
 やっぱり、この人おもしろい。
 アルフレッドはおもむろに定型文の一覧を開くと、迷わずひとつの言葉を選択した。
『グッジョブ!』



『くそ!!!!!』
 戦闘画面が終了し、集会所に戻るとアーサーがえらく憤慨した様子でチャットに罵詈雑言を書き連ねた。
 相変わらず規制だらけで『***』ばかりが並んでいる事は彼も気がついているだろうに。
 自分の操作キャラクターが地に落ちても、アルフレッドの口元はずっと笑みが浮かんでいた。
 完全に先のアルフレッドへの仕返しをするつもりだったんだろう。すぐに走り寄って来たアーサーは、ふんっと気張る掛け声と共に大きな樽型の爆弾を設置して。けれどアーサーが次の行動よ移るより早く起き上がったアルフレッドは、自身の蹴りで起爆して。
 アーサーごと吹っ飛ばした。
 再び地面に転がる自分のキャラクター。自爆だ。
 楽しい。アルフレッドはアイテム欄を開いて素早くスクロールする。何か遊べる物は持っていなかったか、早くしないと一分が終わってしまう。
 負けじと再び駆けてくるアーサーに向かい、大型モンスターを捕獲する為の玉を選択して何度も投げた。
 アーサーは狩りから戻った立ち位置のまま暫く規制もものともせずに喚いていたが、アイテムボックスの前に立って消費した分を補充しているアルフレッドに向かって駆けてきた。
『次は勝つからな!!!!!』
 ねえ君は一体なにと戦ってるの?
 笑いながら訊ねたかった問いは、その文字列を打ち込むもどかしさに急いて胸の内に閉じ込めた。
 そんな、当たり前にまた一緒に狩りへ行くつもりでいるところが、何でか嬉しく思う。

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