「あれ、ここにあった箱の山はどうしたんだい?」
「ん?ああ、妖精さんに届けて貰った」
「……ふーん…」
一晩泊まって翌朝の、バレンタイン当日。 寝起きのアメリカは客室からリビングに入って直ぐ、昨夜あった筈の物が無い事に気が付いた。 気のない返事の裏に隠して、アメリカの指がピクリと震える。
――俺が一番に貰う筈だったのに!!
「…ちょっと電話してくるよ」 「仕事か?」 「まあそんなとこ」
アメリカは足早にリビングを後にして、イギリスに声が聞こえないよう別室に移ってから携帯電話を取り出した。 アドレス帳から見知った名前を呼び出し、抉るようにコールする。
『Hell...』 「Hye,カナダ。…イギリスからのバレンタイン、届いてるかい?」
『うん。今年も机の上に、差出人のないカードとチョコと、薔薇が一輪乗ってたよ』 「…それって、PRESTATの?」
『よく分かったね。君の所にも届いたのかい?』 「……まあね」
『イギリスさん、許してくれたんだ。はは、良かったじゃないか。君ってばこの1ヶ月、ずっとそわそわしてさ――』
「ッそ、それじゃあ切るんだぞ!今年は食物兵器じゃなかった事を、俺に感謝してくれよな!!」
アメリカは通話を切ると、先程よりも忙しなく指を動かして次の相手に掛けた。じわじわと急き立てられるように心が騒ぐ。
「トニー!」 『アメリカカ ドウシタ』
「俺の机の上に、箱が乗ってないかい!?」 『スコシ マッテロ』
「イギリスからのチョコが入ってる筈なんだ。お土産は沢山買って帰るから、それだけは食べないでくれよっ!」 『イワレナクテモ……ンン、ドコニモ ナイナ』
「what's!?そんな筈は…」 『モライニイッタンジャ ナカッタカ』
「そうなんだけど……」 『ナラ、モラッテクレバ イイ』
「うん……」
家で留守番を頼んでいた友人との通話を終えると、アメリカは携帯電話を仕舞って肩を落とした。 ――昨日、バレンタイン前日にも関わらず急ぐ様子なく詰まれた箱の山を見た時は、これでは当日に届くまいとすっかり勝ち組の気でいたのに。 アメリカは意気消沈したままリビングへと戻った。
「アメリカ?…何か問題でも起きたのか?」
イギリスの様子は、普段と全く変わり映えしない。
「ううん。何もないよ、俺には何も…」
「そ、そうか。…飯、喰うか?朝食出来てるぞ」
「要らないよ……」
「え……?」
「あっ、えーっと…ちょっと今、食欲が無くてさ」
「おい、本当に大丈夫か…?あ…甘いものもあるぞ……?」
「…えっ?」
突っ立ったままのアメリカに、イギリスが近付いて来る。心配そうに眉を潜めた表情を隠す事なく傍まで寄ると、イギリスは額に掌を当てて「熱はないな」と呟いた。
「甘いもの……俺の……?」
「お前、喰いたいって言ってただろ?」
小首を傾げるイギリスに、アメリカは大きく頷き返す。心は一瞬の内で軽やかに晴れ渡った。
「うん!貰うよ!Hye,イギリス何ぼさっとしてるんだい!早く持って来てくれよ!」
「お、おう。全くお前は……ちゃんと飯も喰えよ?」
アメリカがYESと答えて朝食の用意された席に着くと、ぷすっと頬を緩めたイギリスはキッチンへ向かって。 朝食は少し冷めていたが、いつもと変わらない出来映えだった。アメリカは上機嫌で紅茶を啜り、焦げたイングリッシュブレックファストを平らげた――。
――そうして食後。
「………」
アメリカの目の前に並べられたのは、器に盛られた焦げた塊とクロデットクリームと、紅茶のおかわり。アメリカは絶望した。 普段と変わらないティータイム。 一部茶色に見えなくもない黒い塊を手に取り、真っ白なクロデットクリームを塗りたくって一口齧る。 苦い塊をクリームの甘味で誤魔化して、殆ど噛まずに紅茶を煽って嚥下した。指と唇と瞼の震えが止まらない。
「う、うまいか?」
朝食を終えた食器の片付けをしていたイギリスが、アメリカの方を見ずに訊ねる。 その心なしか赤い耳を思い切り引っ張って己の心が叫ぶまま「チョコは!」と言ってやりたい気持ちを懸命に抑え込み、震える唇を一度引き結んだアメリカは吼えた。
「まずいよ!!」
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