・内容的にはR15ですが雰囲気と完成本がR18
・notらぶいちゃですご注意。今後の二人を見守りください系






 結局あれからもギルベルトは何度か茶々を入れてきて、その度に追求を避けて応対するのは酷く疲れた。
 今夜はそろそろ休むと引き上げたのは夜も更けた頃で、宿になっている酒場の二階、一番手前の部屋はベッドが二つと机が一つ置かれた簡素なものだった。
 二人分の酒を入れた身体を片方のベッドに投げる。
「おい、ドアは閉めろ」
 後に続いて入ってきた相手は、言われた通り扉を閉めると暫くきょろきょろと室内を見渡した後、再び扉に手をかけた。向けられる背中に慌てて声をかける。
「待て、どこへ行く気だ?」
「ちょっと遊びに?」
 顔だけ振り返った悪魔はズボンのポケットから小さな長方形の紙を取り出した。ひらひらと遊ばせるそれはどこかの店の名刺のようで。いつのまに、さっき貰っていたのかと歯噛みする。
「ダメだ」
 一言に切って捨てれば気分を害した様子もなく、まるで面白がるように不躾な視線が送られて。服の布目を縫って肌の上を這うようなそれに身を引いたのは無意識だ。
「──なら、君が相手してくれるのかい?」
「は?」
 ……今、なんて言った?
 見開いた両の目で見据える相手は、たちの悪い冗談だと訂正する様子もなく俺を見ていた。僅かに身を引いたままの身体がベッドの上で固まる。
「可愛い弟の身体が不能になってもいいの?」
 一拍、二拍。言葉の意味を理解した瞬間、怒りに湧いた熱がかっと勢いよく頬まで昇った。
「てめえ、こんな時だけ……!」
 よくもいけしゃあしゃあとアルフレッドを引き合いに出せるものだ。
「あはは。で、どうする? するの、しないの」
 嘲るような、値踏みするような笑みに、恐怖にも似た気持ちがちりりと胸を焦がした。
 信じられない。何を言ってるのか、分かりたくもないのに、早く、分からなきゃいけなくて。
「じ、自分で、すればいいだろ……俺、その間は部屋出てるし……」
「病気とか貰って来ちゃうかも」
「ま、待て!」
 視線の先を俺に置きながら、片手でゆっくり扉を開けようとする相手を呼び止めた。
 こいつは、アルフレッドじゃない。まやかしだ。悪魔なんだ。今日一日で何度も繰り返した言葉を自分に言い聞かせる。
 でも、それでも、アルフレッドなんだ。
 深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
 鼻腔に感じるアルコールの香り。ああそうだな、今なら酒の勢いだって借りられる。
 アルフレッドの為なら何だって、どんな事だってやってやると。禁忌に手を染める時、俺はそう決めたじゃないか。
「──いいぜ、やってやるよ……ただし、他の人間には手を出すな」
「約束するよ」
 ようやく扉から離れた手にほっとする俺を、バカにするようにせせら笑う自分の幻影。放って置いてくれと一蹴して、覚悟を決める。
「そこ座れ」
 椅子を指して言うと存外素直に腰を下ろした。鈍い痛みを訴える胸を無視して、震える唇を引き結んで近付く。
 僅かに足を広げて座る相手の膝に手を置いて、邪魔だと言葉で告げる代わりに左右へ開かせて足の間に膝を着いた。
 近くなる下衣の膨らみ。なるべく意識しないように指を伸ばして、触れて、躊躇いながらズボンの前を開く。
「……っ……」
 こんな、まだ布越しで、俺に触れられたぐらいじゃそそりもしないだろうに増した気がする体積に、泣きたくなる。『アーサー、おれ、』聞こえた声は過去がみせる幻だ。頭を振り、意を決してズボンの前を寛げる。窮屈そうなそこから恐る恐る取り出して、親指と人差し指で輪を作るように握り込んだ。そのまま手の平全体を添えて包み、ぎこちなく力加減を調節しながら砲身を扱く。
 別に、成長したアルフレッドのだって、今まで見た事がない訳じゃない。ただ、こういう状態のものを目にするのは当然初めてだった。
 ──俺より、でかい。
 くそ、なにも、考えるな。
 最初はおっかなびっくり触れていたのが手の中で素直に上向く様子に少し気を良くして、自分でする時をなぞりながら輪を狭め、先端から溢れる蜜を掬ってぬめりを借りながら速度を上げる。
「んっ……、ッく……」
 頭上から降る声に耳を塞ぐには、手が足りない。
 さほど苦もなく高める事に成功したのは、身体が若いからだろうか。欲を膨らす袋を反対の手でやわやわと転がし、先端を刺激してやろうとほんの少し人差し指の腹で擦ってやった時だった。呆気なく、唐突に白濁を吐いたのは。
「──ッ!」
 驚いて反応が遅れ、びしゃりと顔に被った。どろりとした粘液が瞼を滑り、鼻筋を伝って唇の上まで垂れてくる。
「んぷっ、テメエ……っ!」
 何しやがる。目に入らないよう片目を伏せて、両手を傘のように先端へ被せた。手の平にぬるついた熱が当たってはどろりと手首を伝い落ちる。
 顔を流れる他人の精液が気持ち悪くて、袖で拭おうと首を下げたら伸びてきた指に阻まれた。頬に付着した白濁を、肌の上へ伸ばすように撫でる指先。遠慮なく唇に触れて尚止まらない動きに薄々意図を察した時は既に遅く、人差し指と中指を口の中へ突っ込まれていた。舌に広がる知らない味。
「んやっ! やめろバカっ!」
 睨み上げた視線の先で、目が、合ってしまった。
 興奮状態を隠しもしない相貌に薄い笑みを乗せて、ランプの仄明かりが映り込んだ空の色。瞳の奥で欲望が渦を巻いている。
「ねえ、まだ足りないんだけど」
「……っ!」
 さっきまでの、少し得意気になった気持ちなんか、もうどこにもない。恐怖を溶いた焦りに引いた腰が充分な距離を取る前に、背中の後ろで組まれた脚に捕らわれる。指で舌を引っ張り出されて、ぬるぬると触られるのが苦しくて自分から顔を近付けた。
「ンぅっ……ッふ」
 足の間に顔を埋めると、濡れた熱が鼻先に触れて。すぐに擦り付けられる切っ先は、既に予想出来ていた事だった。未だ引っ張られたままの舌を自分の意思で動かして、ぬるりと屹立を撫でる。ようやく離された指先に一度舌を口の中へ戻して、唾液で濡らしてからそっと伸ばした。ぺちゃり、触れて。恐る恐る先を呑み込んで行く。
「君の口の中、あっつい……」
 それは酒の所為だ。言葉は当然声にならない。
 咥内に溜まるばかりの唾液を掻き混ぜられて、耳につく水音が響く。
 それ以上、目を、鼓膜に届く言葉と連動して動く唇を、見たくなくて強く瞼を下ろした。
「アーサー」
 ここまでするなんて聞いてない。最初から知ってたら、知ってたら……俺はどうしただろう。
「うンっ!」
 背中に当たるふくらはぎに引き寄せられて、体勢が前のめりになる。弱々しく振った首が左右か上下かも分からないまま、俺はただただ何も考えるなと自分に言い聞かせ続けた。
 二度目の吐精は一度目よりも時間がかかって、びくりと膨れた感覚に慌てて離れようとしたら、頭に添えられた手が邪魔をして結局口の中に出された。
「んッ、ンぅ……」
「くっ……」
 さっきは余裕がなくて頭に入って来なかった欲を吐く声が、今度はしっかり鼓膜を震わせて脳にまで届く。低い、熱を孕んだ男の声。知りたくなんかなかった。
 頭の後ろの手を払い退けて、零さないよう口を窄めながら萎えた性器から顔を離す。ずるりと抜け出たそれをなるべく視界に入れないようにして取り出したハンカチに、口の中のものを吐き出して。ひっくり返して畳んだ裏地を使い、結局視界の真ん中に据えてしまったくたりと萎えた竿を綺麗に拭った。
 ずっと開けっ放しで酷使した顎が、ジンと痺れるように痛い。
「……ごほっ」
 口の中が粘着いて気持ち悪かった。涙が出そうなくらい。
 立ち上がり、ふらつく足を、弱味は見せまいと力強く踏み出して部屋の出入り口に向かった。
「先に寝てろ」
 言葉は吐き捨てて廊下へ出る。君は? そんな問い掛けが聞こえたような気がするが、そんなの知るものか。
 扉を閉めて、壁に手を着きながら階下を目指す。明かりを落としてシンと静まり返った宿、辺りに人の気配はない。一歩、二歩、怯えて逃げるようなつたない足取りはすぐに止まって、胃の中から込み上げるものを手で押さえ付けたら鼻につく匂いで余計にえずいた。
「っぐ……」
 堪えた代わりのように流れる涙。荒れ狂う胸中の衝動をただただ一言に込めて、呟いた。
「……アル……っ」
 今更のように襲い来る背徳感にガタガタと震える身体を抱き締める。
 こんな事になってしまって。アルフレッド。
 増えて行くばかりの罪を、どう償えばいい。
 俺は今、人として赦されざる罪を犯している。
 すぐ戻る気にはなれなくて、暫く水場でぼんやりしてから重い足取りで開けた扉の先は、朝の微かな光が窓から差し込む中、しんと静まり返っていて。その事にほっと息を吐く。
 二つ並んだベッドの片方に大人しく潜る金の頭を確認してから、俺ももう一方のベッドへ潜り込んだ。


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