「アメリカ?来るのは明日じゃなかったか?」

「仕事が思ったよりも早く終わってね。家に居ても暇だから来ちゃった」

 アメリカが片手を上げて笑みの形に口角を引くと、イギリスは玄関先で仁王立ちのポーズを取った。「珍しくアポイントを取ったと思ったら」とか「仕事の後はしっかり休め」なんて文句を言いながらも最後には「入れよ」とアメリカを迎え入れる。
 無論、口ではそう言いながらもイギリスがアメリカの来訪を喜んでいる事など、アメリカにはお見通しだ。アメリカが何時になく仕事を急いで終わらせ、その足で空港に向かい飛んで来た事は、イギリスには知る由もないだろうが。

「飯は?」
「飛行機の中で食べて来たよ」
「そうか」

 アメリカをリビングへ通すと、イギリスは「客間を用意してくる」と言って出て行ってしまった。
 手持ち無沙汰になったアメリカは室内をぐるりと見回し、部屋の一角に築かれた見慣れない山へと近付く。

「……これ……」

 其処には、綺麗なラッピングを施された長方形の箱が山積みされていた。
 一つ手に取って見てみると、メッセージカードにはカナダの名前が記されていて。室内灯の明かりに照らして透かして見れば、英国王室御用達の高級チョコレートブランドであるPRESTATのロゴが薄らと読み取れた。
 次々と拾い上げる他の箱も、英連邦や日本などイギリスが親しくしている相手の名前を記したメッセージカードが添えられている。

「…………」

 アメリカの眉間には徐々に皺が刻まれていく。何故なら、綺麗に詰まれた山を崩して入念にチェックをし終えても、肝心な名前の入ったカード付きの箱が見当たらないからだ。

「アメリカ、部屋の用意が出来たぞ」

 丁度リビングに戻って来た相手を振り返る。イギリスはアメリカが立っている正面に詰まれた箱を見て、「しまった」と言いたげな顔をした。どうやらアメリカには見せる予定のなかった物らしい。

「……イギリス。これ……」

「あ、明日はバレンタインだからな。べっ、別にいいだろ。手作りじゃねぇぞ」

 イギリスは渋々と重い足取りでアメリカに並ぶと、眉を潜めて崩れた山を綺麗に積み直し始めた。

「…………イギリス……」
「――なんだよ」

 訝しむような視線を寄越すイギリスを見返し、アメリカは不自然に声が震えないようにと注意しながら、意を決して口を開く。

「……これ、数が足りないんじゃないかい?」
「へ?いや、これで全部の筈だぞ」
「そんなこ……――っ」

 思わず口から零れそうになった台詞を慌てて含み込み、もごもごと口を動かした。「俺の分は?」などと、訊ける訳がない。
 ――しかし。この同じ形、同じ大きさの箱の山の中に世界のHEROへ宛てた名前が見付からないのは、ある意味当然の事かもしれないとアメリカは思い直す。
 寧ろこの中に紛れていたら、其れこそアメリカは今より面白くない気持ちになっていただろう。
 昨日の通話であからさまに2月14日を強調したアメリカに対し、まるで芳しくない反応を返したイギリス。まさかバレンタインを忘れているんじゃないだろうなと危惧した不安は、杞憂に終わったのだ。
 イギリスが他の奴にチョコレートを用意してアメリカにだけ用意しないなど、あっていい訳がない。つまりアメリカの分は、当初の予定である明日の来訪に合わせ別口で用意されていると言う事だ。そうに決まっている。
 そこまで考え、アメリカの胸騒ぎは漸く少し収まった。

「……昨日の話、覚えてるかい?」
「ああ。…1ヶ月前の話もな」

 ぷいと顔を背けたイギリスに、返す言葉が見当たらなくて。アメリカは眉を下げて居心地悪そうに肩を竦めた。
 無言でいるアメリカにイギリスがちらと視線を向ける。

「…………」

 言葉もなく、ほんの数秒交わした眼差しがぷす、と柔らかく撓むのを見て、アメリカはほっと胸を撫で下ろした。

 そうだとも。アメリカは毎年毎年――何か適当な理由を口実に――イギリスからのチョコを強請っていたのだ。今回はちょっと…いやかなり、貰う前からイギリスの手作りチョコを貶してしまったからと言って、貰えないだなんてそんな事ある訳が――。

 バレンタインは、明日。

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