「くさい」
「は?」
 ついさっきシャワーを浴びて来た所だと言うのに、こいつは一体何を言っているのか。
 ベッドの上に仰向けに寝転がりながら、イギリスは思わずバスローブの袖を鼻先へ寄せてくん、と嗅いだ。
 その間も自分に覆い被さり、首筋ですんすんと鼻を鳴らす体格のいい恋人に、イギリスは顔を顰める。
「おい……」
 臭いなら嗅ぐな。そんな思いで肩を押せば、顔を上げた相貌は眉間に深い深い皺を刻んでいて。思わず離した手の平が、剥き出しの裸の肩との間に吸い付くような余韻を残す。
 微かに香る汗の匂い。
 ──おまえの方が、よっぽど。言いそうになった言葉をイギリスは呑み込んだ。
 代わりに、じろりと睨み上げる。
 眼鏡を掛ていないと僅かに昔を想起させる見慣れた相手。その引き結ばれた唇が、ゆっくりと開かれた。
「だって……」
 濃い不機嫌の色は、怒っているというより、どちらかと言えば拗ねている風を感じさせる。付き合いの長さによる直感だ。
 イギリスは何度か瞬きを繰り返しながら、青い瞳が告げる先を待った。
「君の匂いは、こんなんじゃない」
「……は?」
 至って真面目に紡がれた言葉。二度三度と頭の中で反芻してから、イギリスはもう一度鼻を鳴らして自身の匂いを探った。
 確かに今日使った石鹸の類は、ホテルに備え付けの物だ。隣国フランスにある、とあるホテルの。
 会議の期間中、各国に与えられたホテルは当然それなりのランクであり、つまり決して安物を使っている訳ではない筈で。
 それでも。普段は愛用のオーガニック品を持ち歩いている事を指摘されたようで、僅かに羞恥が沸く。いつもと違う匂いがするとは自分でも思った。臭いとは思わなかったが。
 今日は家に忘れたんだから仕方ないだろうと言い訳染みた言葉と、なんで気付くんだよいちいち言うなと喚きたくなる衝動。二つ纏めてぐっと堪えて、イギリスは再びアメリカの肩を押す。しっとりと汗ばむ肌からは、アメリカの匂いがした。
「変な事言ってないで、おまえも同じ匂いになって来い」
 押しても言ってもビクともしない厚い肩。
 シャワーを浴びて、汗を流して、清潔なバスローブに袖を通した今の一体何が不満だと言うのか。臭いと言われた所でこれ以上綺麗になどなりようがないのに。
 イギリスは溜め息混じりに明日フランスに文句を言おうと決めた。
「ったく。そんなにくせぇならもう一回シャワー浴びて来るから、とにかく離せ」
 だんまりを決め込むアメリカは、首筋に顔を埋めたまま動かない。押し付けられた鼻先でスンと嗅がれた気配に、イギリスは強く肩を叩いた。臭いと言われて悦ぶようなマニアックな趣味は持ち合わせていない。
「聞いてんのかアメリカっ、ぁッ!?」
 ぬる、と肉厚な熱が這う感触に一瞬で肌が粟立つ。舌の表面で舐め上げられたらと気付くのに、そう時間はかからなかった。
「何してんだバカっ!」
 もがけばその分も体重をかけて来る身体。徐々に身動きが取れなくなって来る。
 鼻先で肌の上を辿られ、顎の下や耳の裏にまで押し当てて嗅ぎ回られる。その度に掛かる吐息の擽ったさに、イギリスは腰を跳ねさせて弓なりに背を反らせた。
「……っん……!」
 咄嗟に掴んだ後頭部の髪を引っ張れば、そんなイギリスの方が咎められるように歯を立てられる。
「──いッ……!」
 肩に爪を立てて抗議した所で、悲しいかな全力で抗えないイギリスの微々たる抵抗を、アメリカが意に介する様子はない。
 悠々と揺れるナンタケットに、本気で嫌がってなどいない事実をまざまざと見せ付けられているようで、頬に羞恥が灯る。
 迷う心がちらりと視線を送らせた先、デジタル時計が示す時刻を見て、イギリスは流されかけた自分を叱咤し今度こそ力を込めて押し返した。
「いいから寝かせろ! 明日は朝から会議だろうが!」
「――……だ」
「あぁ?」
 よく聞こえなくて聞き返す。
 明日は朝から会議の続きがある──つまりはアメリカの部屋から出る所を誰かに見られないようにする為、イギリスは真っ先に起きて支度を済ませる必要があった。
 動きを止めたアメリカから顔を逃がして横目で見た表情は、俯いていてよく見えない。
「アメリカ……?」
「──……やだ」
 吐き出された呼気が。互いの息が思いのほか熱くてイギリスは焦った。
 まだ先程の情交が残り香となってうっすらと籠もる部屋。余韻が尾を引いたままの汗ばんだ身体に組み敷かれた状況。
 覆い被さられて重なる二人の間にも熱が籠もって微かに体温が上昇する気配に、イギリスは今度こそ手足をバタつかせて暴れた。
「しねぇぞっ、やんねーからな! 一回だけって約束だったろ!」
 力業で来られては勝ち目はない。必死に訴えるのは、アメリカのヒーローの部分だ。約束、明日の会議、後は何だ何があると思考を巡らせる。
 身体が辛いからやめて欲しいと言ってみようか、そう思ったイギリスが口を開くよりも、アメリカの方が早かった。
「もう一回しよう」
「はあ!?」
「このままじゃ眠れないよ!」
「なんでだよ!」
「ねぇ、イギリス」
 顔を上げた双蒼に、灼けるような視線を送られる。
「するの? しないの?」
 細めた視界に捉えるアメリカは、もう何を言っても聞き入れるような顔をしてはいなかった。
 ゆっくりと持ち上がった指先に、首筋に残る唾液を塗り広げられる。
 ぞくりと痺れた身体の奥が、鈍い疼きを訴えた。
「くそっ……明日の朝、絶対起こせよ!」




――――――――――


フリーリクエストから、
イギリスの体臭が好きなアメリカ
でした!
体臭なんだか愛用石鹸なんだか紅茶なのか薔薇なのかイマイチよく分からない内容になってしまいますが、何にせよこの後たっぷり汗をかかされてそのまま抱き枕にされるようです。


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