バサバサとおキレイな服の裾をはためかせ、髪を乱し形振り構わず向かって来たその姿は。 確かに珍しいものだったかもしれない。
 何かにつけて視界に入る機会が多かった腐れ縁。
 そもそも、コイツの姿が一番に目に入るなんて事がまず、おかしかったんだ。




「イギリスー!」

 俺を見るなり叫びながら走って来た青い顔を、取り敢えず殴り飛ばしたのは致し方ないと思って欲しい。右手の甲にはヒゲの感触。フランスは見事な放物線を宙に描き、そして床へと沈んだ。
 平和ボケでもしたんじゃないかと思うほど、いつもより綺麗に決まった右ストレート。バカだなフランス、この俺の視界に入った瞬間から、お前には常に死亡フラグが立ってるんだよ。
 なんて、まぁそれはさて置きだ。
 俺が今フランスを殴り飛ばした理由は、別の所にある。
 よほど油断でもしていたのか、ピクリともせず横たわる姿を最後に一瞥してから、咳払いをひとつ。
 床に伏したフランスから視線を移すと、そこには呆然と立ち尽くすアメリカがいた。
 ぱちりと大きく瞬いた瞳を丸々見開き、じっと俺の姿を映している姿は、一言で言い表すらばそう、かわいい。
 けどアイツは、アメリカはな、本人は表に出さないようにしているつもりみたいだが、全く以てダダ漏れな程、独占欲が強いんだよ。
 つまりは、そういう事だ。

「イギリス……」

 微かに震えているアメリカの声。

「アメリカぁ!」

 呆然と此方を見るアメリカに向かって足を急がせる。アメリカちゃんと見てたか? 見てただろ? 俺の身は潔白だ。髭には指一本たりとも許してない。
 いつまで経っても、半ばずり落ちたテキサスすら直す素振りがない様子に見かねて手を伸ばす。ついとフレームを押し上げてやれば、アメリカはハッとしたように正気付いた。肩に乗せられる重みは、アメリカの両手の平だ。

「イギッ、イギリス!!」
「ん? どうした?」

 こて、と首を傾げて話の続きを待つ。
 アメリカとこうして顔を合わせるのは、随分と久し振りだった。前回の会議を最後にお互い多忙だった為、付き合い始めて以来、最長の間が空いたのだ。
 そう、俺とアメリカは付き合っている。いわゆる大人の関係、お付き合い。こ、恋人同士ってヤツだ。
 だから少しくらい、いいよな。そんな思いを込めて、アメリカの服の裾をそっと摘んだ。指先から伝わる確かな存在感。たかが服ではあるけれど、今はこれで我慢だ。

「…………な、なん、でもない、ぞ」

 たっぷり30秒は固まっていたアメリカは、幾度か口を開閉させて何か言おうとしていたが、結局首を横に振って。ぎゅうと俺の身体を抱き締めた。

「アメリカ?」
「俺だって偶には、少しくらい……!」
「ア、アメリカ? なに言ってんだ?」

 訝しむ俺を余所に、アメリカは何やら感極まった様子で俺を抱き締め続けている。それが嬉しくないとは決して言わないが、なにぶんアメリカの腕は力加減の仕方を忘れたようにメキメキと俺を締め上げていた。これがアメリカじゃなければ、何の嫌がらせかと思うところだ。

「……あ、あめりか……苦しい…」

 何か、あったのだろうか。背中をぽんぽんと撫でてやれば、アメリカの腕からほんの少し力が抜けた。
 もし何かあったのだとしたら、原因は其処で伸びているフランスが知っているに違いない。いや寧ろ、フランスの所為なんじゃないか?
 ギッと睨んだ先で、床に投げ出されていた指先がピクリと動いた。

「イ……イギ、リス……」

 うわ言のように俺の名前を呼んだのは、意識を取り戻したらしいフランスだ。
 丁度いい、目を覚ましたら締め上げて、何があったか吐かせようと思っていた所だ。けれどそう考えていた俺が動くより早く、声に反応したアメリカが勢い良く振り返った。

「イッイギリス! アイツやっつけてくれよ! 遠慮しないでっ! さあ!」
「え? お、おう……?」

 ぐいぐいと背中を押して俺をけしかけようとするアメリカ。
 なんだか違和感が、あるような……。
 それでもフランスの目の前まで辿り着いて、もとい押し出されれば、取り敢えずと脳天に踵を振り下ろして沈めた。
 アメリカがパチンと指を鳴らして大層喜んで見せる。

「見て楽しいものじゃないけど、やったぞ! ──さてイギリス、邪魔者はいなくなった事だし……楽しい事して俺と遊ぼう?」
「ア、アメリカ?」
「なんだい? まさか合衆国で超大国で元弟で今は恋人な、君が大好きな俺の頼み事が聞けないって言うのかい?」
「いや、そういう訳じゃ、ねーけど…」
「だろう? なんて言ったって俺は、アメリカだからね」

 ……アメリカってこんな奴だったか?
 何か悪いもんでも拾って喰っちまったんじゃないか?
 ステップでも踏みそうな浮かれた様子に、ますます訝しむ気持ちが沸く。

「うんうん、アメリカだぞ。そうだイギリス、キスしてよ。世界一の技、おに……俺に感じさせて?」
「う、お、おう……?」

 ……なんか可笑しくないか?
 いよいよ以て頭でも打ったかと心配になるが、目の前にいるのは何処をどう見てもアメリカだった。
 俺が見間違える訳ない、これはアメリカだ。アメリカの筈、なんだが……。

「イギリス?」

 いや、アメリカにキスを強請られて断る理由なんかない、けど。
 思わず足元に転がるフランスをちらりと見るが、生憎まだ意識が戻る様子はない。

「イッ、イギリス? どうかした?」
「いや……よし、目ぇ瞑れ」

 アメリカの両肩に手を置いてガシッと掴んだ。びくりと震えたアメリカが、おずおずとだが頷いて大人しく目を伏せたのを確認してから、頬に手を添える。ゆっくりと撫でて滑らかな肌を堪能し、僅かに足りない身長差を埋めるべく踵を浮かせた。

「──……」

 少しずつ、少しずつ距離を寄せる。唇が触れ合う寸前に俺も瞼を下ろした──その時だ。
 ──ん?
 じょり、と、手の平の中に在る筈のないモノの感触。
 さわさわ撫で触っていると、俺より少し高かった顎の位置が同じ高さにまで下がっている事に気が付いた。

「なんだよイギリス〜、くすぐったいじゃない…か……」

 今の、声は。
 ばちりと同時に目を見開いて、かち合う視線の瞳の色は。

「……──ッ!」

 骨が折れる勢いで首を動かし、床を見下ろした先で倒れ伏しているのは──。
 ついさっきまで目の前にいた、筈の。

「…………」

 まだ触れたままの指先から、ざぁざぁと血の気が下がる気配を確かに感じた。
 にこりと笑みを貼り付けて正面に向き直る。
 今度は俺が、骨が折れるのも構わず目一杯の力を込めた。力加減など無論熟知した上で。


 た だ で す む と 思 う な よ。



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フリーリクエストから、「米英で米仏入れ替わり、問答無用で殴られる米(外見仏)、仏死亡フラグ展開」でした!

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