「……さみい」
カーテンの隙間から、白み始めた空が夜明けを覗かせる。 日本では、もうすぐ暦上の夏が終わるらしい。それでもまだ暫くは暑さが続くのだと、夏バテ気味に眉を下げていたのは、国と同じ名を冠する友人だ。「去年など、秋の気配を感じる暇もないまま冬が来てしまいました。温暖化の影響ですかねえ」そう、寂しげに零した言葉を。 確かに昨日、この隣でぐーすか寝息を立てている男と共に聞いた筈なのだ。
「……エアコンの設定温度、何℃だよ……」
舌打ちの代わり、眉間に深い深い皺が寄った。 見れば肩まですっぽりとブランケットに包まり、腕はこちらの背に廻されている。 くそっ、絆されてなんか、やらないからな。 枕元に手を伸ばして、昨夜の記憶を頼りに空調のリモコンを探す──寒い。 小さな画面に表示される設定温度に目を剥きながら、28℃まで上げてやった。 頬を撫で、眼球の水分まで攫っていた冷たい風がようやく収まる。 わずかの時間で鳥肌の立った手からリモコンを離し、すぐさま薄手のブランケットの中へ潜り込んだ。
「……さみい。……」
昨夜たくさんかいたハズの汗は、すっかりと冷えてしまっている。 目の前には、人の気も知らずぬくぬくと惰眠を貪る恋人。この人肌に身を寄せたところで、罰は当たるまい。近づいた距離に、肺がアメリカの匂いで満たされた。 時刻を確認したかったが、鼻先まで埋めて逃げ込んだ温もりの中から、もう指一本だって出たくない。 同じホテルに泊まる他の国々に見付からない内に、自分の部屋へ戻らないといけないのに。 今すぐベッドから抜け出して、扉から点々と続いているであろう衣服を拾い集めて、今日の会議の準備もしなければ。いやその前にシャワーを浴びたい。 そんな予定が着々と進行するのは、悲しいかな頭の中でだけ。 なんでこんな、冬の朝に寒さで寝愚図るみたいになってんだ。 自分への不甲斐なさは、直ぐに目の前の原因へとすり替わった。呑気に伏せられた瞼を睨む──睫毛長いな。
「…………」
腹立たしさが続かないのは、腕の中が温かいからだ。温かいのが心地良いのは、部屋が寒いから。
(……起きて部屋の温度が上がってたら、暑いよ、なんて引き離されたりすんのかな)
思い切り手の平で押し遣られ、ベリッと音でも立ちそうな勢いで遠ざけられる様が浮かぶ。 それは、とても、面白くない。
「──……くそっ」
再び枕元を探り。ちょっと、ほんの少しだけ。 部屋の温度を下げたのは。
(俺の所為じゃ、ねえ)
──きっと、夏の所為に違いない。
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