前へ、


「…なにか用ですか?」

王の盾の兵士三人に、人気の無い廊下へと連れ出された。

三人とも、冷たい目で私を見ていて、良い話をされる雰囲気ではないことくらい、嫌でもわかる。

いつもなら、廊下で声を掛けてくれていた人達だ。当然、いつもの親しげな雰囲気はない。


「ドクターバースとユージーン隊長のこと…城中がショックを受けてる」

二人の名前を聞いた瞬間、胸の奥が鈍く痛む。

思わず胸を抑える腕には、包帯が巻かれたままだ。結局ドクターバースに巻いてもらうことは適わず、あのあとサレが巻いてくれた。

この包帯も、見る度にドクターバースの最期を思い出してしまい、正直辛い。


ドクターバースの葬儀は、非常に簡素なものだった。

世界情勢のこともあるが、隊長の影響が大きいのだろう。

あんなに皆に慕われ、貢献してきた名医の葬儀にしては、あまりにも淋しい。

ドクターバースの親友だったユージーン隊長も、当然出席は認められず、会場に姿は無い。

小規模な会場には追悼の念が溢れんばかりで、誰もが言葉を失い、頭を垂れていた。

私があの時、もっと何かできていたら、もっとしっかりしていたら…

黒いワンピースに身を包み、その裾が皺になるほど堅く握りしめながら、後悔に身体が震えた。

その夜も、当然眠ることなどできはしなかった。



葬儀から数日、平気な顔を装って過ごしてきたが、正直、平気なわけがない。

心はまだ落ち着かず不安定なままで、また涙が溢れそうになり慌てて顔を伏せた。

俯いたのを怪しいと見なしたのか、兵士の顔は疑惑で歪む。



「こんなこと言いたくはないが…メイ、お前がやったんじゃないのか?」



思わず弾かれたように顔を上げると、隠しきれなかった涙がぽたぽたと床に落ちた。

顔を真っ赤にして唇を血が出るほど噛みしめた私を見て、兵士は三人ともビクリと身体を震わせる。

「なんだよ…だってそうだろ。皆言ってるぜ」

「隊長なわけがない。じゃあ誰が…?そう考えると、お前以外ないだろ」

「隊長がお前を庇って、罪を被ったんじゃないのか?」


発見時、あの部屋に居たのだからそう思われても無理はない。

ユージーン隊長の人望を考えれば、客観的に見て疑わしいのは私の方だ。

隊長が私を庇って罪を被ったというのも、あながち間違っていないのだ。


でも、実際にそう言われてしまうのは、予想以上にショックが大きかった。



ここで「私がやった」と騒ぎたてれば、隊長が被った罪を私が被り直してしまうこともできるだろうか。

あの時、私よりきっと隊長のほうが辛かったはずなのに

私を庇おうとしたばっかりに、自分がやったなどと嘘の証言をしたのだとしたら


私は―――



そう思って口を開いた瞬間、私の前へ割って入った影。


サレは私の顔を見るなり深く溜息をつくと、怯えた表情を浮かべる兵士三人に向き直る。

泣き顔をサレに見られたのがなんだかすごく恥ずかしくて、情けなくて、思わず乱暴に涙を拭った。


「……話はなんとなく聞こえてきたんだけどね、君たちは本気でそんな事を言っているのかい?」


「い、いえ…ただ、可能性の話を…」

兵士の一人が一歩進み出てサレの顔色を窺うと、サレは冷たい目で兵士を睨みつけた後、厭らしく口元を歪めて笑う。

最近はサレのこんなに悪意の籠った表情を見ることも少なくなってきたので、私も少し驚いて身体がビクリと跳ねた。

凍りついた空気を気にも留めずに、むしろ心地よくすら感じているように、サレは言葉を続ける。

「可能性、ねぇ?そりゃあ、無いとは言い切れないさ。でも本人を問い詰めちゃうんだ?こんな場所で?」

「問い詰めるだなんて、自分達はただ隊長があんなことをする筈がないと…」

兵士がムキになって言い返すのを、サレは視線だけで遮る。

射るような、殺意すら籠った視線に、その場に居る誰もが硬直した。



「いいのかなぁ、そんなこと言って。今回の件は既に上層部の方で調査済みで、ユージーン隊長の処分を決定したのはあのジルバだよ。君たちはつまり、上層部の調査結果とジルバ様の判断を疑わしいと言いたいわけだ?」

「調査の結果なんて…下っ端の我々にはなんの情報も与えられず…」

ずけずけと矢継ぎ早に言い捨てるサレに兵士たちはすっかりうろたえて、ただ足元に視線を落として小声で言い訳のようなものを呟いている。

そんな兵士達の様子に、サレはまた大きな溜息をついたあと、片眉を吊り上げて笑って見せる。

「さて、隊長不在の今、四星の僕には今までよりもそれなりの権限が与えられてたりするんだけど、君達どうしたい?ここで君たちの解雇を言い渡すって手もあるけど…それとも、ジルバ様に直談判させてあげようか?」

解雇も当然厳しいし、ジルバ様と対談なんて命の無事すら怪しい。

都合の悪い選択肢しか提示されず、兵士たちはひたすらに頭を下げて謝罪を繰り返した。

「メイ、謝ってるけど、どうする?」

いきなり話を振られて、驚いてサレの顔を見上げると、サレの唇が「任せる」と動いた。

「……私が疑われるのも、仕方ないと思うし、そんな厳しい処分しなくても…」

湿っぽい石畳の床の染みを見つめながら呟くと、サレはつまらなそうに肩を落とす。


「…君達、メイに感謝しなよ。さて、君達はユージーン隊長に拘っている間に、我らが新しい女王陛下はそうじゃないみたいでねぇ…早くも直々に任務を通達しておいでだ。僕はメイに任務のことで話があるから、さっさとどっかに消えてくれるかな?」


そう吐き捨てると、サレはとどめとばかりに兵士三人を睨みつける。

当然、兵士は飛びあがって慌てて頭を下げると、おかしな動きで廊下の角へと消えていった。


「さて…邪魔者は居なくなったし、ここで任務の話をするわけにもいかないから、部屋に戻るよ。」

見上げたサレの顔に先程までの悪意の籠った冷たさは感じられず、思わず胸を撫で下ろす。

サレは私の顔をチラリと見てから、踵を返してさっさと歩き出す。

私も慌てて後を追った。


アガーテ様直々に通達される任務とは、いったいなんだろう。

"ラドラスの落日"からの復興に関する任務だろうか。

ラドラス王に仕えていた時は、陛下直々の任務など請け負ったことがないし、そもそも聞いたことも無かった。しかし、混乱し荒れている今の国の状況を考えれば、おかしくはない。

そうか、女王へ就任してからのこの数ヶ月で、アガーテ様はもう動き始めたんだ。

もう久しく顔を拝見していないが、最後に話した時には、国を纏めるという大きな使命に対し不安を抱え、実感が無いと溜息を漏らしていたあのお姫様が、随分としっかりしたものだ。

アガーテ様だって、ユージーン隊長やドクターバースと、親しくなかった訳が無いのに。


ドクターバースが亡くなったあの日から、眠れない夜が続く自分とは、大違いだ。



『メイに会えて良かった…』

弱弱しく微笑む、最期の瞬間のドクターバースが頭から離れない。

もしかしたら私の行動で、助けられたかもしれないのに。

もう少し早く部屋のドアを開けていたら。

もっとうまく応急処置ができたら。

目の前で悲しみに暮れるユージーン隊長ですら、まともに庇うこともできずにただ泣くばかりだった自分が恨めしい。



『――死ねぇっ!!』

『―――やめろ!!』

あの怒声と、大きな物音はなんだったのだろう。

確かにドクターバースの声だったと思ったのだが、私はその後弱々しく謝罪を重ねるドクターバースを見ている。

一体何があったのか推測することも難しくて、募る罪悪感を消化することもできなくて…

『こんなこと言いたくはないが…メイ、お前がやったんじゃないのか?』

ああ言われても、仕方がない…


気が付くと、私はサレを追う足を止めて、荒い呼吸を繰り返していた。

サレは私を横目で一瞥すると、マントを翻してこちらへ向かってくる。

そうして、何の言葉を掛ける訳でもなく、薄紫色のハンカチで撫でるように私の冷や汗を拭く。


「サレ…?」

名前を呼ぶと、サレは微かに首を傾げる。

その仕種に少し安心して、胸を締め付けていたものが微かに緩んだ気がした。


「手、握って」

掠れる声でねだりながら手を差し出すと、サレの冷たい手がそれに重ねられる。

その手を握ろうとしたところで、手を引かれてそのまま強引に抱きしめられる。

「手、握って欲しかっただけなんだけど…」

少し不満げに抗議の声を上げると、サレは尚更きつく私を抱きしめた。
甘酸っぱいラズベリーの香りが鼻をくすぐる。

「何、考えてたんだい」

何故か戸惑いがちなサレの質問に、応えられずに唇を噛むと、それにサレの唇が重ねられる。

珍しくはないサレからの突然のキスに、何故かほっと安心する。


「…どうせ、自分のことでも責め続けてたんだろ。くだらない」

その唇から紡がれたサレの言葉に、再び身体を硬くする。

信じられないような思いでサレを見上げると、その表情を見る前に乱暴に抱き竦められた。

「ドクターバースの死に際にメイにできることなんて無かったんだよ。君ひとり、今更考え込んで何になるんだよ。」

「な、なんでそんなことサレに言われなきゃなんないの…!」

サレの胸板を押しのけようと腕を突っ張ってもびくともしないし、振り絞った声は、力いっぱい怒鳴り付けたつもりなのに弱々しく震えていた。

そのまま顎に手を掛けられて、顔を上げさせられる。

サレの端正な顔は、今まで見たことの無いくらい真剣で、悲しげで。

てっきり蔑むような眼をしていると思っていたのに、予想外のサレの真っ直ぐな瞳から、目が離せなくなった。


「君はずっとそのままのつもり?言っておくけど、メイはあの時、ただドクターバースに包帯を巻いてもらいたかっただけだ。あの場に居合わせたのはタイミングの問題。それにあの隊長だよ?隊長が自ら名乗り出たのは、彼なりに考えがあったか、彼自身のエゴだ。それ以上でもそれ以下でもない。ドクターバースの死にはそれでなくても謎が多いのに、メイだけが振り回される必要なんてない。」

「そ、んなこと…」

「言われても、割り切れないって?今のメイはすごくメイらしいよ。他人のことばっかり気に掛けて、いつまでもうじうじ考えて、結論を出せなくて、馬鹿みたいに悩んでる。でもやっぱり明るくて、まっすぐで、諦めが悪くて、口が減らなくて、僕の予想を越えてくれる、そんなメイが見たい。」

普段のサレからは考えられないくらいに素直で、若干不気味さを感じながらも、サレの言葉ひとつひとつが身に染みる。

こんな風に、想ってくれてるんだ。


されるがままに抱きしめられながら、生温い涙が一筋頬を伝うのを感じた。


「…最近のメイは、消えてしまいそうで怖いんだよ」

城のあちこちで顔を売り、任務から逃走し、四星をからかって遊ぶような私からは、想像もつかないような最近の様子に、サレはサレなりに"らしくない"不安を抱えていたらしい。

蚊の鳴くような声で、サレが呟く。

「……消えないよ。人間は消えたり現れたりできない」

「…人間は弱いから、すぐ消えるしすぐ壊れるよ。」

サレらしくない震えた声に、思わず息を飲む。なんと言ったらいいのかわからなかった。

大丈夫だよと言えるほど、自分はまだ大丈夫ではない気がした。

「私が消えそうになったら、サレがこうして私を繋ぎとめておいてくれれば、良いと思うよ」

大丈夫の代わりに発した言葉はなんだかちょっと照れくさくて、語尾が小さくなる。

返事の代わりに、抱きしめる力が強くなった。

痛いよ、とたいして痛くもないのに抗議の声を上げ、サレを見上げて笑みを浮かべてみせた。



大丈夫。私は歩いて行ける。


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