奇襲


「それにしても、きっと今にわかるって…何がわかるんだろう」

結局部屋に戻って一人で考えても、ミリッツァの言葉の真意はわからないまま。

考え込んでいるうちに、いつのまにか日が暮れて、任務の時間が迫ってきた。

どんなに来るなと望んでも、夜はやってくる。

カーテンの隙間から外を覗き見ても、窓ガラスには不安そうな自分が映るだけで、外の様子はよく見えない。

装備品を確認しながらぼんやりと天井を眺める。

また今日も、会話ひとつなく任務を終えて、そのままこの部屋に戻るのだろう。

サレの居ない、この部屋に。




いつも通りに城を出て、簡単に任務内容を確認して、目的地へ向かう。

いつも通り、会話はない。

最初の任務と同じ森。同じぬかるんだ地面。

最初の任務と同じ、賊退治。


前回は生け捕り。

今回は ―― 生死を問わない。


任務の内容を頭の中で繰り返しながら、黙々と進むサレとトーマの背中を見つめる。

今まで誰ひとりとして生かした試しがないという二人。

城の中でも残忍だと噂されるサレとトーマ。


この二人が人を痛めつけるところなんて見たくないのに。

サレに目配せされて、近くの茂みに身を隠す。

視線の先には、今回のターゲットの賊が居た。最初の任務の時よりも、人数は少ないようだ。

しかし、前回よりも手強そうなゴツい男ばかり。怖いなんて言っていたら、きっと苦戦する。


気合いを入れなおし、サレの合図で茂みから飛び出す。

堂々と出て行った最初の任務とは違い奇襲を仕掛けるあたり、今回の賊は前回より手強いのだろう。

サレが雑魚であると判断すれば、こんな方法は取らないはずだから。

それとも前回のようにふざけるような空気じゃなかっただけだろうか。


サレやトーマが次々と賊を地面に叩きつけるのを尻目に、立てかけてあった斧を手に取って向かってくる大男を正面に向かい撃つ。

大男が振り回す斧を屈んで避け、そのまま足払いを掛けると、大男は自分の斧の下敷きになって昏倒する。


集まってくる賊をフォルスで防ぎ、回避を繰り返しながら着実に賊の数を減らしていく。

斬り付ける勇気が無くて、峰打ちで意識を断つだけだが。

それがいけなかった。


「油断大敵だぜ、お嬢ちゃん」

「うわっ!?」


背後に気配を感じた時はもう遅く、倒れたと思っていた賊の一人から羽交い締めにされる。

前回もこうして背後から襲われたというのに、学習能力がなさすぎた。

こうなってしまえば、ゴツいおっさんに力で敵うはずも無く。

もがく暇も無く、正面からニヤニヤ笑いながらハンマーを構えた男が向かってくる。避けようもない。

焦りすぎて、フォルスの発動が遅れる。


ごめんなさいドクターバース。

今回はいつもより多大なるご迷惑をお掛けしてしまうようです。



刹那、目の前に紫色が飛び込んできた。

その紫が何かなんて、考えなくたってわかる。


ハンマーで頭を思い切り殴られて倒れこむ紫色が


サレであることなんて



「……サレッ!!」



一瞬の隙を付いて背後の男の腕から抜け出すと、倒れたサレに駆け寄る。


嘘だ

嘘だ


また「僕がやられるとでも思ったの?馬鹿みたい」って

いつもみたいに笑って



「―――っ!!」



目を閉じたまま倒れるサレ


紫、なんてからかっていたサレの髪が、服が、みるみる血で真っ赤に染まっていく。

ただでさえ不健康に白い肌に、恐ろしいほど血が映える。



馬鹿だ、私。


前みたいには戻れないのかなんて悩んだりして。

今のサレも前のサレも、同じじゃないか。

意地悪を言ったりわざと厳しくしたりして

それでも私のことを思って、私のために、たくさんのことをしてくれたんじゃないか。


前回だって今回だって、襲われかけた私を庇ってくれたんじゃないか。

前回は相手を制する形で

今回は身を呈する形で

私を守ってくれたんだろうが…!!


自分に対して怒りが込み上げてくる。


助けてくれた相手を怖がったりして、それで勝手に悩んだりして。



『メイは賢い子だから、きっと今にわかる』


ミリッツァ、私は賢くなんかないよ


だって、気付くまでにこんなに時間が掛かったもの。


こんなことになるまで気付かなかった、大馬鹿者だ。



これ幸いとばかりに武器を構えて飛びかかってくる賊を睨みつけると、フォルスですべてを弾き飛ばす。

まだ意識のある賊を一撃で気絶させると、あと立っているのが自分とトーマだけであることを確認し、サレの側へと走った。



「サレ!サレぇえ!!」


殴られた頭から止めどなく流れる血に動揺しながら、服の袖を破って止血する。

訓練後に何度もお世話になったドクターバースに、応急処置程度は教えてもらってた。

傷に効く薬も、薬草も少し分けてもらったものがある。


いくら読んでも返事をしてくれないサレに、不安がどんどん蓄積されていく。

がくがくと震える手を叱咤しながら、傷に薬を塗りこむ。

気が付かないうちに涙も勝手に溢れてきて、肝心な時に視界を邪魔する。


手際良く賊をひとまとめに括り終わったトーマがこちらの様子を見に来た。

「サレは大丈夫だ。この程度で死ぬ奴じゃない…ただ、出血が多いと危ない。急いで城に戻るぞ」

さすが場数を踏んでいるだけあって、随分落ち着いた様子だった。


「サレを最初に城に担いで行く…しかし、その間お前一人で賊を見張るのは正直あてにならんな。しかし賊を先に連行すればサレを運ぶのが遅くなる…」

トーマが唸りながらゴツい男達と私を交互に見比べ、これだから非力なヒューマは…と舌打ちをする。

ほんとうに、どうして自分は非力なヒューマなんだろう。


ミリッツァみたいに力持ちだと良かった。

トーマみたいに体力があれば良かった。


しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。


「トーマ、賊の連行をお願い。サレは私が担ぐから」


焦って制止するトーマを無視して、私はなるべくサレを揺らさないよう背中に担ぐ。

背負ってみれば、思ったよりもサレは軽い。


いける…そう確信して、城へ向かって歩き出す。


ヒューマだってガジュマだってハーフだって関係ない


私は私の全力を尽くすだけ…!




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