初任務



「先日隊長から説明があったとおり、国王の命令や軍の上層部からの依頼で僕たちは動く。リスクが高いものから低いもの、命が関わるものもあって、依頼は様々だけど…」

サレが手元の紙に視線を落とすと、トーマがそれを覗き見る。

どうやらその紙に任務の詳細が記されているらしい。


「お前の初任務だからな…加減して簡単なものが選ばれたのだろう。つまらん」

トーマは任務の概要を掴んだ後、吐き捨てるように呟いた。


「今回の任務は賊の退治。生かしたまま捕えろってさ。」

「そうは言うがお前は今まで誰ひとりとして生かした試しがないだろう…」

ただのいじわるサドだと思っていたサレと、のほほん牛だと思っていたトーマが、目の前でブラックな会話を繰り広げる。

凄まじい違和感と、伴う恐怖で動けずにいる私を見て、サレはいつもより冷たく嗤う。

簡単なもの、なんて言われた任務の内容は、高い塀に囲われた城の中で今まで生活していた私には随分ハードルが高いものに思えた。

目を見開いたまま動けないでいる私を見て、サレは妖しく笑みを浮かべる。


「――僕たちがこういう汚い仕事を請け負っているから、世界の人たちが"幸せに"暮らせるんだよ」


任務が書かれた紙を燃やしながら呟いたサレのその台詞は、不気味なほど皮肉めいて響いた。


その皮肉は任務を命じた上層部に対してか

何も知らず"幸せに"暮らす民に対してか

汚い仕事を請け負う自分たちに対してか

まだ任務をこなしたことがない自分には、わからなかったけれど。



街の外に出たのは久しぶりで、ましてや森に踏み入ったことなんて、最初に発見されて以来だ。

城の石床とは当然違い、時折ぬかるんだ地面に足を取られながらも森の奥へと進む。

目の前を歩くのは、いつもと違う雰囲気のサレとトーマ。

簡単な任務だと繰り返す二人の後を、小走りで着いていく。

今回のターゲットに気付かれては都合が悪いと思いなるべく足音を立てないよう気をつけるが、前を歩くベテラン四星二人の話し声が大きくて全く意味を成さない。

いくらなんでも余裕すぎやしないか、初心者の自分がいることを忘れているんじゃないか…とハラハラする。


唐突に前の二人が茂みに身を潜めたので、それに倣って慌ててしゃがみこむ。

恐る恐る茂みから向こうをのぞくと、ヒューマのむさ苦しい男たちが円になって火を囲んでいた。

ヒューマはガジュマに比べ「知力に優れ体力に劣る」なんて言われるけれど、ヒューマの中でも知力に劣っているような部類の人間は居るんだなぁ、なんて思った。


「あれが、今回の依頼のターゲットですか」

「そうみたいだね。どうして今回の任務が殺さず生け捕りなのか見ただけでよくわかる…要するに小物なんだろうね。あれは村を襲って壊したり、無差別に人を殺したりする類の賊じゃない。通りすがった弱そうな旅人なんかを脅して金品を巻き上げて細々とやってる奴らだよ。始末するまで至らなくても、国としては放置するわけにいかないんだろうね。」


サレが馬鹿にしたように大声で私に向かって丁寧に説明してくれた。



そう、大声で。



相手に聞こえてしまう、と彼を制止するにはもういろいろと遅かった。

声を聞きつけた賊達はこちらへ向かってやってきて、わらわらと私たちを取り囲む。


「黙って聞いてりゃ、言いたい放題言ってくれるじゃねぇか」

禿げ上がった男がナイフをちらつかせてこちらを睨みつけ、低い声で凄む。

「痛い目に会いたくなけりゃ、金目のモン全部置いてけや」


成程、こうして民間人や旅人から物資を脅し取っていたのか…と納得する。

こんなに柄の悪い連中に囲まれて刃物を突きつけられたら、たまったものじゃないだろう。


視線を滑らせると、髭を蓄えた男が私を舐めるように見つめていた。

目があった瞬間、鳥肌が立つほど厭らしい笑みを浮かべる。

「女も居るじゃねぇか、なかなかの上玉のよォ」

「そいつも置いてけや」

うわぁ。なんだか目を付けられてしまった、と顔を歪めると、それすら楽しいようで、賊達が笑い声を立てる。



初任務でこの状況は酷くないか、と現状を嘆いた。

前を向いても後ろを振り向いても、むさ苦しい男たちがニヤニヤと笑みを浮かべている。



こんな状況を作り上げたサレを見上げる。


わざと危機的状況を作り上げるなんてどういうつもりかと、問いただせるなら問いただしてやりたかった。

しかし、サレの表情を見て悟った。


自分が楽しいから、それだけ。


初心者の自分がいることを忘れているんじゃないか、なんて心配していたけれど、忘れているわけじゃない。

初心者に対して配慮しないだけだ。


相手に聞こえてしまう、と彼を制止する?足音を立てないように歩く?

わざと大声を出して相手を煽って楽しんでいるこの人に、そんなものはナンセンスだ。


「ほら、早く金目のモンとそこの女を置いていかねぇか!はやくしねぇと…」


はやくしないとどうなるのか、その先を聞くことはできなかった。


髭を蓄えた男に一瞬で近づいたサレが笑みを深めたかと思えば、そのまま何事もなかったかのように男から離れる。


次の瞬間、男は苦痛に顔を歪めることすら無く地に倒れた。


あまりの早業に、賊達はもちろん私も何が起きたのかわからなかった。

フォルスを使用したのか、武器を使用したのかすら、目視することができなかった。


私たちを取り囲んでいた賊は、わけがわからないといった様子で震えあがる。

構えていた木の棒を取り落とす者も居れば、カタカタと剣を小刻みに揺らす者も居た。


私だって、少し足が震えている。

こんな、こんなに残酷で冷たいサレ、見たことがない。


違う男の人みたい。



呆然とサレを見つめているうちに、トーマが近くに居た賊を一撃で薙ぎ払う。

賊は上等な銃を手にしていたが、成す術もなく仲間を数人巻き込んで近くの木に叩きつけられる。


ものの数秒で半分ほどに人数が減った賊達は、動揺してその場に立ち尽くす。


私も、動揺してその場に立ち尽くしていた。

訓練なんかとはまるで雰囲気が違う。

本当に、ここでは人が死んじゃうんだ…


怯えきった賊達の顔を見ていて、自分もなんだか怖くなってきた。



「メイ。」


サレの声に我に返ると、咄嗟に後ろを振り向く。


気が付いたら、背後まで賊の一人が迫っていたらしい。

女一人狙えばどうにかなると思ったのだろう。

冷や汗を流しながらも厭らしく笑みを浮かべる、骨と皮だけのような痩せ細った男が、私に向かって木の棒を振り上げていた。

振り上げられた鈍器よりも、ただでさえ今の状況に動揺しているところに、背後に人が迫ってきていたことにただただ驚く。


心臓が跳ねて、身体が芯から冷えていく。


頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。



「っきゃあああああああ!!!」



自分のものとは思えないような奇声が響き渡ったと同時に、フォルスが身体の内側から爆発する。


と同時に、壊滅した城の闘技場が頭を過ぎり、咄嗟に身体に力を込めてフォルスを抑えた。

あの時、サレは避けてくれたけれど、あのフォルスが本当に人間に直撃したら、きっと身体はあの石床のように砕けてしまうだろう。


うまくいったのか、フォルスの盾はすぐに収縮を始め、消え去る。


しかし目を開けると、骨と皮だけの男はフォルスに吹き飛ばされ、気が付けば私たちを取り囲んでいた残りの賊も、全員地面に倒れていた。



「…ご、ごめんなさい、ついびっくりして…って、死んでないよね?」

自分のフォルスで、しかも驚いたからという理由で人を殺めてしまうことが怖くて、思わずサレに縋りつく。


サレとトーマは当然のように私のフォルスの被害は受けずに平然としていた。


「生きてるよ。怪我も無い。驚いて盾を発動させるなんて、メイらしいよね。まぁ、フォルス制御能力に長けているメイはすぐに抑えたんだろう?咄嗟に発動した割にそんなに過激な攻撃にはならなかったみたいだし」



周りに倒れている賊達を見ると、確かに外傷は無く、盾に吹き飛ばされたショックで気絶しているだけらしい。


安心して息を吐いた次の瞬間、サレは、先程の骨と皮だけの男に近寄り、顔を蹴り飛ばした。


男は小さく呻きながら、たやすく地面を転がる。


「サレ!?何してるの!?」

驚いてサレの腕を掴むと、サレは苛ついた様子で男を見下す。


今まで見たことも無いようなサレの表情。

記憶がある中で何よりも冷たい目。


「メイに何をしようとしたんだろうねぇ、こいつ…」


呟く言葉にも怒気が含まれ、声が震えている。


いくら腕を強く掴んでも、サレは男を蹴ることを止めない。

どうしてそんなに怒っているのか問うこともできず、ただただサレの腕にしがみつく。


どんどん歪んで血が滲んでいく男を見ていると、ぞわぞわと恐怖が身体を蝕む。



「や、めて、サレ」


「さっきの髭の男といい、この男といい、まったく良い度胸してるよ…」

「サレ、やめて、死んじゃうから、やめて」


今まで誰ひとりとして生かした試しがない…


先程のトーマの台詞が頭をよぎって、体中の血液が冷えていく。


まさか、このまま殺すつもりなのでは…


「サレ!やめてお願い!」

サレの腕にしがみついて掠れた声で叫ぶと、サレはやっと蹴る足を止める。

サレが私を睨みつけて何かを言おうとしたところで、トーマがサレの肩を掴んだ。


「サレ、今回はもういいだろう。任務は完了したし、メイも居るんだ。帰るぞ」


私を睨みつけていたサレが、今度はつまらなそうにトーマを見つめる。



「わかったよ…ほらメイ、この縄でこいつら縛って、城に連れて行くよ」


こちらに縄を差し出したサレは、嘘のようにいつも通りのサレだった。


トーマがサレとチームを組んで行動することが多いのは、サレが暴走しないように監視するため、という噂があることを思い出す。


暴走とは、さっきのような状態を指すのだろうか。

トーマが付いていなかったら、サレが暴走したままだったら、どうなっていたんだろうか。



あまりにいろんなことがありすぎて混乱しつつ、事務的に縄を受け取る。

「サレ、さっきこの人のこと…」

「何?」


…殺すつもりだったの?と問う前に、考えを改める。



やめよう。

こんなこと聞いて、どうするつもりなんだろう。


きっと私は、ただいつものサレのようにちょっと悪戯っぽく、人を馬鹿にしたみたいな笑みで否定してほしかっただけだ。

本当のことが知りたいわけじゃない。


「なんでもない。えっと、縛って連れていくってどうすれば…」


「…やったことないから、知らないよ」

サレは吐き捨てるように呟くと、素っ気なく視線を逸らす。

その一言で、また頭がぐるぐると回る。

こういう雑務は下っ端に押しつけていたから自分はやったことがない、という意味にももちろん取れるけれども


今の私には、誰ひとりとして生かして城に連れていったことがない、という意味にしか聞こえなかった。


―――――――――――――――
訓練とは違う戦闘
いつもと違うサレやトーマ
戸惑うしかない自分



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