霧の街

しばらく歩くと、霧の奥にぼんやりと街の外形が浮かび上がって見えた。

「あれが目的地の、王都バルカだよ」

サレがぼんやりと浮かんだシルエットを指差し、説明してくれる。

トーマに背負われたまま、王都をよく見ようとその背中から身を乗り出した。
バランスを崩したトーマから怒られたが、構わずそのままの体勢で目を凝らす。

王都だというのだから、王国で一番栄えた場所。どれだけ煌びやかな城がそびえているのだろう。

洗練された街並み、賑やかな人々。

私は期待に胸を膨らませた。


しかし、近付けば近付くほどうっすらと見えてくるのは、とても王都だとは思えないほど薄暗く、鉛色の雲で覆われた街だった。

道中も霧がひどくて気分が滅入ったが、王都の周辺になれば晴れるものだと思っていた。
しかし、王都の目の前まで来ても、霧は晴れるどころか濃くなっているように思える。

霧が深すぎて、数メートル先も見えない。


「…本当にあの街が王都?」

心配そうな声色で尋ねると、サレは、面倒くさそうに振り返る。


「そうだよ。薄暗くて重苦しくて素敵な街だろう?」

サレは、さも楽しそうにクスクスと笑いを洩らす。


「ほら、もう着くのだからおとなしくしていろ!」

「うわ!ちょっと待って…わあああああ!」

トーマが鼻息荒く溜息をついて諌めるように言うと、身を乗り出していた私を一旦投げて体勢を整えた後、落ちてきたところを乱暴にキャッチすると、もう一度抱えなおした。

やはりトーマはヒューマが好きではないらしく、私に対する扱いが少々乱暴であり、気が向けば私を罵っていた。

「ヒューマの小娘のくせにフォルス能力者とは生意気な」

とか、

「森で倒れていたとは貧弱な娘だ」

等と道中ブツブツと言われたが、サレに気にしないように言われていたのであまり気に留めないことにした。

二つの種族は仲が悪いこともあるそうだ。




そうこうしているうちに、とうとう王都バルカについた。


街に入ると、まず人の多さに驚いた。

「人がいっぱい…さすが王都」

街に入ってすぐ目に入る大きな噴水も美しく、街の中を走る蒸気機関車も魅力的だった。

霧に隠れてうっすらとしか見えないが、街の奥にある一際高い建物が、目的地のカレギア城だろうか。

目新しいものばかりで、街の人や店、建物をいくら目で追っても追いつかない。


いろんなものに目を奪われる私の様子を、サレは馬鹿にしたような目でニヤニヤと見ていたが、気にしない。

だって、ここには素敵なものがたくさんある。

街に入る前は重苦しい雰囲気と濃い霧にばかり気を取られていたが、想像していた煌びやかな城も、洗練された街並みも、賑やかな人々も、確かにここにはあったのだ。


トーマの背中から街を見渡して感動しているうちに、カレギア城に辿り着いた。


遠くから見た時も大きいと思ったのに、近くで見ると迫力が違う。
アーチ型の石造りの入り口が美しく、この街の霧深さが、より一層厳かな雰囲気を醸し出している。

入口に差し掛かると、門番であろう兵士がわざわざこちらに向き直って敬礼し、中に通してくれた。


…もしかしたらこの二人、すごく偉いの人達なのでは。

という考えが脳裏を掠めた。


城の中には高級そうな紫色の絨毯が敷いてあり、荘厳な外観だけでなく内装も煌びやかで美しかった。


「これから君の扱いについてはお偉いさんが決めると思うけど…」

飾られている植物や滑らかな石造りの床に目を奪われているうちに、サレが説明を始める。


その時、目の前に、美しい女性が現れた。



浅縹色の流れるような艶やかな髪に、白く滑らかな肌。

純白の絹のドレスを優雅に身に纏い、ふさふさとした大きな愛らしい耳が、頭の上に生えている。

彼女を囲うように、堅く武装した兵士と、鹿のような風貌のガジュマの女性が連れ立っているようだが、高い身分の人なのだろうか。


思わず彼女を凝視していると、そのキラキラと輝く花浅葱色の猫のような目が、こちらを捉えた。

かなり風貌がヒューマに近いが、どうやらガジュマのようだ。


「サレ…そちらのヒューマの少女は…?」

歩みを止め、ゆったりとした仕草でこちらへ向きなおると、凛とした声でサレに問う。


「ご機嫌麗しゅう、アガーテ王女。森で倒れていたところを保護したんですがどうやら記憶喪失のようで…しかも、フォルス能力者のようだったので、どう処理するのか王の盾の会議に掛け合ってみようと思って連れてきたところですよ」


サレが片膝をつき、ニヤリと笑みを浮かべながら女性の問いに恭しく答える。

どうやらあの女性はアガーテという名前らしい。


トーマもノロノロと私を背中から降ろし、片膝をつく。

未だ脚にうまく力が入らない私は、うろたえながらも正座したまま頭を下げる。


「記憶喪失…フォルス能力者…このヒューマの少女が?」


アガーテ様の瞳に驚愕の色が広がり、やがてそれは興味を示す光へと変わった。


「それは…確かに珍しいですね。後程会議で――」

「…興味があるわ。サレ、後程その少女を私の部屋へ連れてきて頂戴。」

鹿のような女性の言葉を遮り、アガーテはサレに向かって命令する。


「アガーテ様!」

「ジルバ、私この少女ととてもお話がしたいの。会議の後でも良いわ。」

アガーテが一言サレに言い下すと同時に、ジルバと呼ばれた鹿のような女性が、窘めるように叫ぶ。

しかしアガーテは、頼み込むように、しかし有無を言わさぬ口調で言い放つと、こちらをじっと見据える。


「では後程ね…」


王女は穏やかに微笑み掛けると、従者を従えて颯爽と扉の奥へ消えた。




女性が去ったあと、サレに助け起こされながら、

「さっきのはアガーテ様。国王の娘だから、この国の王女様にあたるね。」

と教えてもらった。

「王女様…というと、身分としては」

「まぁ、かなり高いんじゃない?」

「…ですよね」

粗相は無かっただろうか、と途端に心配になる。

それどころか、あとで話がしたいとまで言われてしまった。

「アガーテ様はそんなに怖いお方じゃないから大丈夫じゃない?」

サレはクスクスと笑いながら言う。

「確かにヒューマの娘でフォルス能力者は珍しいが、王女が直々に話がしたいというのは少々驚いたな」

トーマが私を背負いながら呟くと、サレは口元に手を添えて楽しそうに目を細める。

「楽しい楽しい、女の子同士のお話がしたいんじゃないかな?」


「え?サレなにか言った?」

「…聞こえてなくていいんだよ」

よく聞こえずサレを振り返り尋ねるも、適当にあしらわれてしまった。

こいつ度々よく聞こえないように喋りやがると思いながら、もう一度なんと言ったのか尋ねようと口を開くと、サレは突然わざとらしく天を仰ぐ。

「それにしても大変だ。君は会議に出た後に王女様のところにも顔を出さなきゃいけないなんて…いつからそんなに偉くなったんだい?」

サレの嫌味に、トーマもゲハハハと下品な笑い声を立てる。


来て早々大変なことになってしまった気がする…と、今更ながら血の気がひいていくのが自分でもわかった。


―――――――――――――――
ラドラスの落日前なのでアガーテ様はまだ王女様です。



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