「あ…。」
「鬼灯様、どうしたの?」
「そういえば今日でしたね、彼女が帰って来るのは。」
作業していた手を止め窓の外を見る鬼灯をシロは不思議そうに見上げた。
「兎、ですよ。」
「兎って、あの天国に居るやつですか?」
「あぁ、シロさんはまだ会ったことがありませんでしたね。丁度欲しい物もあるところです。一緒に行きますか?」
「行く!」
―――――――
「わーい!桃太郎ー!!」
「おぉ、シロ!元気だったか?鬼灯様、今日はどうされました?」
桃源郷へ行くと、桃太郎が外で仙桃の収穫をしていた。
「高麗人参を貰いに。あと、今日は彼女が帰ってくる日だったのを思い出したので。」
「あぁ、ありすさんですね。つい先程帰って来…」
ガシャーン
「…きましたよ…」
「…そのようですね。」
桃太郎の言葉を掻き消す様に聞こえてきた音。驚くシロを尻目に、鬼灯と桃太郎はまたかといった様子で極楽満月へと足を進めた。
―――――――
「だぁから、ごめんって!」
「そのセリフ何度目だと思って、る、のよっ!!」
「わっ!!」
「ギャッ!!」
カッ!扉を開けた桃太郎の横の壁に包丁が刺さる。
しかし、2人とも相変わらず言い合いを続けており、気付いていない。
「お、お二人とも、お客様ですよ!」
顔を青くした桃太郎の言葉にピタリと2人の動きが止まる。
「「お客(様)?」」
片や重そうなすり鉢を手に、片や盾の代わりであろう鍋蓋を手に振り返る。
「どうも、お久しぶりですねありすさん。出張お疲れ様です。」
「げっ…!何しに来たんだよ!」
「鬼灯くん!!あら、それに可愛らしいワンちゃんも!」
あらやだと少し恥ずかしそうに身なりを整えるありすだが、シロも桃太郎も完全ビビってしまっているため後の祭りだ。
「ほ、鬼灯様…この女の人は…?」
「シロさん、こちらはありすさん。見ての通り兎ですよ。まぁ、兎は兎はでも妖怪の括りにはなりますが。」
よろしくねと言ってシロの頭を撫でるありすは人の姿ではあるものの、頭には白い兎の耳があり、長いスカートの下には同じ色の尻尾もあるのだろうことが予想出来た。
「ありすさんは兎なの?でもここにいる兎たちとは少し違うね。」
「さっきも鬼灯くんが言った通り、元々はキュウって言う中国の妖怪なの。」
「そうなんだー!何て言うか、萌え系?だね!」
「あはは、まぁ、ね…」
萌え系と言われ渇いた笑いを浮かべるありす。
「と、とにかく!極楽満月の薬剤師よ。」
「で、僕の奥さん。」
へらりと笑い、ありすの腰を抱き寄せた白澤が言う。
「えぇ!!結婚してるんですか?!」
「ま、離婚寸前ですけどねぇー。」
「もうやらないよ。僕の一番はありすだけだからね。」
「ふん!約束破ったくせに!」
また言い合いを始める2人。
「ほほほ鬼灯様!本当に?!」
「えぇ、正真正銘彼らは夫婦ですよ。」
「この前他の女の人連れ込んでたよね?それって浮気じゃないの?」
「違いますよ、シロさん。」
訳がわからなくなっているシロに、鬼灯はあちらを見てくださいと指差す。
「浮気するのは仕方がないけど、痕跡残したりバレたら離婚って言ったでしょ!!」
「だからって髪の毛一本で…」
「一本で?」
「すいませんでした。」
うさ耳を付けた女性に土下座をする男性の図。大変シュールなこの光景を見つめるシロの目は何時の間にかとても冷静になっていた。
「こういう事です。さ、高麗人参を貰って帰りましょうか。桃太郎さん、畑まで案内してもらってもいいですか?」
「あ、はい。こちらです!」
―――――――
「ねぇ、もう機嫌直してよ。」
「…反省してる?」
「うん。」
さっきの取っ組み合いとは打って変わり、白擇はありすを後ろから抱きしめ、その肩口に顔をうずめる。
「私ね、白擇が女の子好きなのは仕方が無いし、口説いちゃうのはもう病気みたいなのだから仕方が無いと思ってる。」
「…うん。」
「でもね、嫌じゃないわけないんだよ?」
「うん。ごめんね。」
後ろから抱きしめていた腕を緩め、今度は向かいあう。
そのままコツリと額を合わせると、ポツリ白擇が話し始めた。
「僕さ、確かに女の子好きだし、すぐ口説くよ。」
「うん。」
「でもね、一番好きなのも、結婚したいと思ったのもありすだけだ。」
「うん。」
「ねぇ、ありす…我愛尓(ウォアイニー)。」
「うん、わたしも…愛してるよ。」
クスリ2人で小さく笑うと、どちらからともなく重なる唇。
女の子に好きだと言いまくる彼が、愛してると言うのが自分だけだということをありすは知っていた。
だから、ずるいと思いつつも許してしまうのだ。
でも、やっぱり浮気をされるのが嫌だから。と彼女はにっこり笑いこう続けた。
「でも…」
「うん?」
「次バレたらぶった切るから。」
「ナニを?!」
夫婦喧嘩は犬も食わない
(ねぇ、鬼灯様)(なんですか?)(夫婦って難しいね)(…そうですね)
..............................
※ウォアイニ―(愛してる)のニーの字は出すことができなかったので、
尓の字を使わせていただきました。