シグナルブラック






「お前…ありす?」
「久しぶり、荒北。」




荒北靖友。わたしのかつての彼氏の名前。もう随分と前の事、まだわたしも彼も荒れており、周りには不良と言われていた。

荒北の鋭い中にある優しさが大好きだったし、彼もわたしを好きだと言ってくれた。決してうまくいっていなかったわけではないのだ。



けれど、彼は自転車競技部への入部をきっかけに変わってしまった。良い意味で、だ。かっちりとリーゼントで固められていた髪はさっぱり短くなり、仲間や打ち込める物が出来た。きっとそれは荒北にとっては良い転機であったのだろう。
けれど…




「靖友、もう別れよ。」
「…オイ…!」
「…ばいばい。」




わたしは逃げた。どんどん変わっていく彼の隣にいるのが辛かった。わたしだけがそのままで、おいて行かれる気がして、でも自分が変わるのも怖かった。だから一方的に別れを告げることで逃げ出したのだ。








そのあとも何人か恋人と呼べる存在はいたが、長くは続かなくて、その度に思い出すのは彼の事だった。



そんなとき、友達に無理やり引っ張られ連れてこられたのが、荒北の出る大会だった。ギリギリの走りをする彼の表情は今まで見た事のないほど必死で、輝いていて、わたしはやはり彼の事が好きなのだと確信した。


隣に居たいと思った。
赤く染めていた髪も、べったりと顔を固めていた厚く濃い化粧も、弱い自分を固めていた鎧すべてを捨てても、彼の隣ににいたかった。




−−−−−−−−




「わたしも変わったの。やっぱりわたし、荒北が好きだから!」
「ありす…」
「わたしが一方的に離れたのに虫が良いって事は分かってる、でもわたし…!!」



色々な思いが込み上げ、溢れそうになる。そして、その一筋が頬を滑り落ちる瞬間。体に感じる懐かしいぬくもりと香りで、自分が彼に抱き締められている事に気づく。



「似合ってる。」



そう彼がわたしの肩口に顔を埋めたまま言ったかと思うと、次は少し体を離し、真正面から視線が絡まる。久々の距離感に心拍数が上がるのが分かった。



「黒髪もその化粧も、スッゲー似合ってる。」
「ほん、と?」
「あぁ。」



再び互いの瞳に自らがうつるほどまで距離を縮められる。瞳の中に写るわたしが不安そうな様子でこちらを見ていた。



「それによォ…オレは別れんの、了承してねェんだけど?」
「うそ…!」
「ウソじゃねーよ!お前、オレの言葉聞く前に行っちまっただろーが!その後も避けまくるしよォ。」
「あ…ごめん…。」
「ハッ!許さねー。」



そこまで言うと、次はニヤリと意地悪そうに彼が笑った。



「だから、今度はぜってー逃げんじゃねーぞ。」
「また、隣にいさせてくれるの…?」
「だァから、オレは別れたつもりねーつったろ!」



彼がぐしゃと乱暴に髪を掻き回す。
きっとついに涙腺が崩壊してしまったわたしの顔は、ぐちゃぐちゃで酷いことになっているのだと思う。ひょっとしたらこれはわたしの見ている都合の良い夢なのではないか?それくらい予想外のことで、ただただ嬉しかった。



「あー、それとありす。」
「なに?」
「呼び方、ちゃんと名前で呼べよ。苗字でなんか呼んでんじゃねー。」
「!!」
「オラ、早くしろ。前も呼んでたんだ、出来んだろォ。」



じっと彼がこちらを見て待っている。
確かに前もずっと名前で呼んでいたのだから、簡単なことのはずなのに、なぜか気恥ずかしくなって、なかなか口から出てこない。



「…やす、とも。」



やっとのことで口から出た彼の名前。たどたどしくなんとも頼りない声ではあったが、懐かしく、やはりこの方がしっくりくる。

上出来だと笑う彼がわたしの手をとり歩き出す。
前よりも少したくましくなった手が、改めて彼が変わったことを実感させた。が、今度はなぜかそれが嬉しくてたまらない。








置いていかないでと祈り続けていた日々は、共に歩みたいという願いへと変わった。















(化粧ってスゲーな)(な…!!どういう意味よ!)(ま、オレはすっぴんのがカワイイと思うけどォ)



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