マイマイマイン ピチャン サ――――――― ピチャン 雨が降っている。 どこか遠くでぼんやりと聞こえる雨音は空間を遮断し、まるでこの世にはわたしたち二人しか居ないのではないかという錯覚を抱かせる。さらに、情事後の湿った空気と雨の香りが混ざり合わさり不安を掻き立て息苦しさを覚えた。 このまま雨に呑まれて消えてしまうのではないだろうか? ふとそんな考えが頭をよぎり、思わず隣のぬくもりに縋り付いた。 「どうしたショ?」 「…巻ちゃん。」 「うん?」 「巻ちゃん。」 「ありす。」 「まき、ちゃん…」 「ありす。」 ただただ彼の名前を呼ぶことしかできないわたしの背を、ぽん、ぽんと一定のリズムで彼がたたく。いつの日か母がやってくれたように、だが母がやってくれた時とは違う何かが体の中に流れ込んでくるのをわたしは感じていた。 彼の手がわたしに触れるたび、名前を呼ばれるたび、わたしの中は満たされ先ほどまで感じていた息苦しさは嘘のように消えていた。 「巻ちゃん、あのね…」 「ショ?」 「わたしの前世はきっと、カタツムリだったんだよ。」 「カタツムリ…?」 「そう、カタツムリ。で、巻ちゃんはその殻だったの。わたしたちはひとつだったんだよ。」 「…どうしてそう思うんだ?」 カタツムリの殻は単なる家ではなくて体の一部。無理やり取ったり壊れたりすると死んでしまう。しかも、殻を保つためにはその成分を摂取しなければならないんだって。 わたしはきっと、あなたが居なければ死んでしまう。さっきみたいに息ができなくなって、死んでしまう。でも今、あなたはわたしの一部ではないの。1つは2つになってしまった。 けどね、こうしてあなたに触れることで、名前を呼ばれることで、満たされることで、わたしはあなたの補充をすることができる。そうすることで今、わたしは生きているんだ。 だからわたしはカタツムリなんだよ。 そう告げると、わたしは彼の胸にうずめていた顔を上げ彼を見た。 驚いたように目を見開いた彼がどうしようもなくいとおしくなって、ぐっと彼の顔を引き寄せる。なすがままの彼に顔を寄せ、すっと通ったきれいな鼻筋に軽く歯を立てた。 その感触で我に返った彼が少し身じろぐ。 「(あーあ、やっぱり引かれちゃったかな…)巻ちゃんごめん、今の忘r…」 「ありす」 唐突に名前を呼ばれたかと思うと形勢逆転。 気づけば耳に鋭い痛みを感じ、耳を噛まれたことがわかった。 「まき、ちゃん…??」 「オレも補充、してみたショ。」 「え??」 「殻はカタツムリの体の一部なんだろ?ならカタツムリから離れた殻はただのガラクタだ。だからオレも、ありすを補充することによって生きてるんじゃねーの?」 シニカルに笑った彼が、今度は唇にキスをする。 何度も何度も確かめ合うように重なり合う唇。 再び、わたしの中が彼で満ちていくのを感じながら、わたしはすっと目を閉ざした。 わたしたちは、供給しあって生きている。 (巻ちゃん、絶対に離れないで)(絶対に、離さないショ) |