つまりすべてが




珍しく部活の無い日曜日、彼が愛車を整備する姿を横目で見つつ、わたしはパラパラと雑誌をめくっていた。が、幾度となく見返したそれはとっくに見飽きており、暇を弄んでいた。




細く華奢な後ろ姿(もしかしてわたしより細いんじゃない?)、綺麗に染められた不思議な色合いの髪(それが似合ってるから凄いよね)、面倒くさそうにしつつも、面倒見が良くて優しいところ(たまにお母さんみたいって思う)。

そして何より輝いているのは、ロードバイクに乗っているときの、坂を上っているときの姿だ。初めて大会を見に行ったとき見た生き生きと坂を上る彼の姿は、今でもはっきりと思い出せるほど鮮やかに記憶している。

ぼんやりと彼について考え、満たされていく。



「(すき、だなぁ…)」



こうして彼の知らぬところで、わたしはもう一度彼に恋をする。
いったいこれから何度、わたしは彼に恋をするのだろうか?
我ながら恥ずかしいものだ。そう心のなかで独りごちたところで、ふと彼の髪が目にとまった。




「あっ…!」
「…!?どうしたっショ?」


静かな空間に突如発せられたわたしの声は思いのほか大きく響き、驚いた彼が手を止めこちらを振り返った。



「裕介くん、頭プリンになってる!」
「あー…そう言えばそろそろだなァ。」
「プリンになってるところ初めてみたかも。」
「近頃少し忙しかったからな。」



そうなんだーと言いつつ彼に近づき、背中に抱き着くような形で、彼の頭を覗き込む。「何するっショ?!」と抵抗する彼だが、わたしに離す気が無いことが分かるとため息を一つ。
大人しくわたしの好きにさせる事にしたようだ。





改めて間近で見ると、綺麗に染められた髪の根元が薄っすら茶色になっているのが分かる。私はこの不思議な髪色の彼しか見たことがなかったので、少し嬉しくなった。



「気ィすんだか?」
「んー…ふふっ、裕介くんって地毛は茶色なんだねー。わたしは真っ黒だから羨ましいよ。」
「そうかァ?ありすは黒髪のほうが似合うショ。」
「そう?なら、黒髪も悪くないかも。」



振り返った彼がわたしの髪を撫でながら言う。普段あまり見る事のない穏やかな表情。ふわふわと優しく撫でる彼の手が、わたしは好きだ。



「どうした?だらしない顔になってるショ。」
「んー?幸せだなーって!」
「幸せ?」
「休みに2人でのんびりできる事、頭を撫でてもらえる事、新しい裕介くんを見つけられた事、ぜーんぶ!幸せだなーって!」
「……クハッ!!」


彼が突然笑いだしたので、何か変な事を言ってしまったかと思い考える。
不意に手を引かれバランスを崩されたかと思うと、そのまま彼の胸にダイブ。頭を抱えられる形で抱き締められていた。



「どうしたのー?」
「いや、何でもねえ。」



取り敢えず体制を整え、顔を上げようと試みたが、さらに強い力で抱きしめられ、それが叶う事は無かった。



「ぅ?…え?裕介くん??」
「もう少し、このままでいる、ショ。」






少し不思議に思いながらも、今はただこの幸せな時間を満喫することにしたわたしは、自らも彼の背に手を回し、ギュッと抱きしめ返した。
だから私は知らない。彼が顔を上げさせてくれなかった理由を、わたしの頭上で、彼がらしくもなく顔を真っ赤に染めていたことを…。











(今のは反則っショ…!!)(ふぁー落ち着くー。)(こんな顔、見せられねェだろ)




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