虹色の水面 ジー ジー、ジーー 暑い。 いや、夏なのだから暑くて当然なのだが、本日の暑さは尋常では無く、冷たい飲み物を求め歩く自販機までの道のりはとても長く感じた。 「ったく、暑すぎンだろ…!」 夏休みに入った学校にほとんど人がいないためか、ジージー鳴き続ける蝉の音がやけに耳につき鬱陶しい。 早く部室に帰って涼もうと足を速めたその時、視界の端で何かが動いた。 「ふふ、今日は暑いわねー。後でお水あげるからね。」 生垣の向こう、花壇の前に女がいた。他には誰も居らず、どうやら今の言葉は花壇の草花に対してのようである。 女は制服を着ており、少し癖のある黒髪を後ろで束ねた出で立ちでせっせと花壇の手入れをしていた。もうどれ程ここに居たのかは分からないが、白い手は土に汚れ、額や日光に晒された項にはうっすら汗をかいている。 「(こんな場所に花壇なんてあったんだなァ…って、オレは隠れて何やってんだヨ!)」 さっさと部室へ帰ろう。そう思って動こうとした時、突然が立ち上がった。 「ぅわ…!」 「!えっ!?」 驚いたオレの声に驚いた女が反射的に振り返る。 「わ、ぁっ!」 「ア…」 勢いよく振り返った反動で、水をあげようとしていたであろう彼女が持っていたホースの水を被ってしまった。 水を被った部分が外気に触れるたびにひやりとする。 が、濡れた衣服というものは何とも気持ち悪いものでひやりとした心地良さもあっという間にかき消されてしまう。 「あああ、ごめんなさい!!わたしびっくりしちゃって…。えっと…このタオル使ってください。」 女は慌てた様子でカバンから出したタオルを差し出してきた。 いやいや、コイツのせいじゃないっつーかオレが驚かしたのが原因みたいなもんだから、そんなん必要ねーよと言いたいのに言葉が出ない。 「あ、これまだ使ってないやつだから安心してください!」 「あ、あぁ…。ナァ、これってお前が世話してんの?」 「え?」 「だァから!この花壇、お前が世話してんのか?」 夏だというのに雑草一つ無く、随分手入れのされた花壇だと思った。花やガーデニングの事はさっぱりだが、ただ純粋に綺麗だと思う。 「っはい!わたし園芸部なんです。といっても、部員はわたし1人なんですけどね…。」 「へぇ…綺麗だな。」 「あ、ありがとうございます!」 そう言って少し照れた様子で笑った彼女の姿に、かっと自分の顔に熱が集まるのを感じた。 美人ではないし、よく見ると顔にも土がついていて、お世辞にもキレイとは言えない。けれども、何故か目が離せなかった。 「そんなに喜ぶことかァ?」 「ここって生垣があって見えにくいんです。だから、なかなか人目にふれる事も無くて…。嬉しいです!」 まただ。ざわりざわりと胸が騒ぐ。 この意味が分からないほど子供でもなければ初心でもない。 でも、まさか自分がとは思っていなかった。 「そういえば、そのユニフォーム、自転車競技部の方ですよね?」 「あぁ。……ア"!!今何時だ?!」 「へ?…1時26分ですが…」 「ワリィ、部活戻るわ!」 「すいませんっ!引き止めてしまって!」 すっかりと忘れていたが、休憩は1時30分まで。もう行かなければ遅れてしまう。 名残惜しいが、チームメイトに迷惑をかけるわけにもいかない。 「ナァ、また来てもいいか?」 「はい!」 ジー ジ ジーー ジジ 暑い、熱い。 馬鹿高い気温も五月蝿く鳴く蝉の音も全く変わらない。 が、先程とは違う熱さ孕んだ顔を汗が滑り落ちる。 名前も知らない、花壇にいた彼女。 濡れていたはずの服は暑さのためか、すっかりと乾いてしまっている。 「(クソっ!何でオレが…!!)」 彼女の存在と先程の出来事。証明するものは、手の中にある一枚のタオルだけとなっていた。 (一目惚れとか、ありえねーだろ!)(花壇、初めて褒められた…!!) |