羊水に浮かぶ竜 「ありすー!裕介君来たわよー!!」 「っえ、もう!?今行くー!!」 大掃除やらなんやらで、バタバタと駆け足で迎えた大晦日が過ぎ、また新しい年がやって来た。 数日前に約束していた通り裕介と初詣に行く事になったわたしは、これまた宣言通りいつにも増して気合いを入れて仕度をしていた。 急いで玄関に向かうと裕介と母がおり、母に危ないから走らないのとお小言をもらってしまった。 「待たせちゃってごめんね!」 「もう、ありすったら先に言う事があるでしょ?」 「あ…!あけましておめでとうございます!」 「…あけましておめでとう、ショ。」 「…どうかした??」 わたしを見るなりポカンと驚いた表情のまま固まってしまった彼に、少し気合を入れすぎて引かれたのかと不安になりつつも、レアな表情を見れたとをこっそり心の中で笑う。 「うふふ、さあ2人とも行ってらっしゃい!」 たっぷりと含みをもった笑いを浮かべた母に見送られ家を出る。 向かう先は近所の神社。規模こそは小さいが、毎年多くの人で賑わう場所だ。今日もきっと初詣に来た人でごった返しているのだろう。 ーーーーーーーー 「ねぇ、どお?」 「どお?って…何がっショ?」 「何って、今日のわたしの格好!ちょっと頑張ってみたんですけど…」 似合わない?とでも言うように少し不安そうに瞳を揺らしながら言葉を紡ぐありすに、オレは言葉を詰まらせた。 わかってたさ、最初に聞かれた時点で、今日の格好についての事だったと。 似合っている。 生成りをベースに桜や鞠が色鮮やかに描かれた着物。いつもより大人っぽく結い上げられた髪や襟元から覗く項。少し濃いめに施されたメイクも、とても似合っていると思う。 が、なんだか調子が狂う。 腐れ縁だと思っていた幼馴染が全く違う人のように見えるのだ。 「いや、なんだ、似合ってるショ。」 「本当に?!よかったぁー。お母さんにもお願いしてすっごい頑張っちゃった。」 くるりと一回転。袖がひらり蝶の様に舞う姿に胸が波打つ。 からから笑う彼女はやはり少し大人びて見え、気恥ずかしくなったオレは彼女から目をそらした。何なんだまったく。こいつはありすだぞ? ーーーーーーーー 「そうだ!忘れないうちに写真撮ろっ!」 「あー、そういえばそんな約束だったなァ。」 「本当は新しくカメラ買いたいんだけど、取り敢えずはこれで。」 取り出した携帯電話のカメラを起動させる。 画面を回転させ自分撮りモードにし、わたしたち2人をフレームに入れようとするが上手くいかない。四苦八苦していると横から携帯を取りあげられた。 「ホラ、貸してみるっショ。」 わたしと違う長い腕がカメラを構え、もう片方の腕に体を引き寄せられる。 顔を作る間も無いままピコンという可愛らしい音とともに写真が撮られ、ほらよと携帯を返された。 ーーーーーーーー 「クハッ!よく撮れてるっショ。」 「え、ちょっ!何これ、わたしすごいマヌケ顏じゃん!!」 「そうかァ?さ、神社行くぞ。」 撮れた写真を見て、今朝彼女と会ってから感じていた違和感がすっと無くなったのがわかった。 写真に写る彼女に先程まで自分の感じていた『女性』の、甘ったるく絡め取られるような部分は感じられなかった。 もしかしたらオレは…、少し考えたところでやめた。この心地よい関係を壊したくないと感じたのだ。そうまるで、羊水にでも浸かっているようにひどく温かな安心感がそこにはあった。 数年先、数十年先はわからないが、今はまだこのまま彼女の幼馴染という立ち位置でいい。 大人になっていく彼女 大人になっていく彼 どうか変わらないでと 神に願った (なにお願いしたっショ?)(なーいしょ!裕介は?)(お前が言ったらナ。) |