「リーマス・ルーピン」

沈黙を破ったのは女の人の方だった。わざとらしく音を切ってリーマスの名前を呼ぶその声に僕は嫌な気分になった。スネイプの時よりもずっと棘があった。

「セブルスにすっかり騙されたわ。まさかあなたがいる場所に連れて来られるなんて」
「ダンブルドアの考えなんだ。セブルスなら君を連れて来られると、私達の所にね」
「ダンブルアも絡んでいるの。今更あなた達ふたり、私にどんな用かしら。そもそも最後に会った日私があなたに言ったことを覚えてる?」
「…『私、きっとあなたを殺してしまう』?」
「ええ。それで私、いまそうしたいのよ」

次の瞬間、女の人が呪文を唱えた。立て続けにバシッと魔法がぶつかる音が響く。女の人が唱える呪文をリーマスは防いだ。後退するリーマスに女の人は詰め寄ったので、僕の見える範囲までふたりが移動してきた。リーマスがおされていた。助けなきゃと思って立ち上がりかけた時、目が覚めた時ベッドサイドに杖を置いたままにしたことを思い出した。どうしようと考えたほんの数秒のうちに、リーマスは床に倒れて、女の人の杖は武装解除の呪文を受けて玄関ホールの隅に転がっていった。女の人は僕の存在に気が付いていないようだった。床に倒れたリーマスにのしかかると、リーマスの首に手と掛けた。

「魔法を使わなくても人は殺せるのよ」
「…どうか私の話を聞いてくれ」
「そう言う時のあなたの話で聞いてよかった話はないわ」
「シリウスのことだ」
「…シリウス?」
「彼は本当に無実だったんだ」
「そう言えば、私があなたを助けるとでも思ったの」

女の人の声はひどく落ち着いていた。女の人の手がリーマスの首を絞めていくのが分かった。もう考えている暇はなかった。リーマスはどうしてか女の人に抵抗する素振りをみせない。と言うより、杖を離して両手を無造作に床に投げて降参しているか諦めているかのように見える。僕は叫んだ。

「やめろ!」

彼女は初めて僕の存在に気がついた。驚いてこちらを見ている。彼女はリーマスの首から手を離さないまでも、意識はこちらに向いていた。それなのに、リーマスは彼女を退けようとしない。

僕は丸腰で、彼女の近くにはリーマスの杖があった。構うものか。一歩一歩階段を降りていくと、彼女はひどく困惑した顔をした。リーマスに飛びかかった人間の表情とは思えなかった。ダンブルアはどうしてこの人をスネイプに頼んで連れて来させたのだろう。その時、階段を駆け下りてくるいくつもの足音が響いた。

「私の名付け子に手を出すな!」

階段から声が響いた。彼女の反応は早かった。リーマスが手放していた杖を取ると、立ち上がりながら僕と距離を取った。武器を持っていない僕は、杖を向けられえて立ち止まるしかなかった。僕たちは見つめ合った。ガスランプの下で見える、杖を構える女の人の姿は滑稽だった。彼女は完璧にマグルの格好をしていた。それもバーノンおじさん達が間違いなく気に入るだろうと思うくらい品のある洋服の着こなしだった。杖さえ持っていなければ、マグルそのものだった。背後でリーマスが立ち上がる気配がした。

階段で叫んだのはシリウスだった。彼女に向かって武装解除を掛けた。彼女が持っていたリーマスの杖は弾かれたように宙を舞った。それをキャッチしながら、僕の所まで駆け下りてきたシリウスは僕を階段の近くの後方までぐっと押した。ロンもハーマイオニーも他のみんなもそこにいて、杖を構えていた。戻ろうとするとウィーズリーおじさんが強い力で僕の肩を掴んだ。シリウスの後ろ姿は怒りで満ちていた。シリウスは彼女に自分の杖を向けたまま、首をさすっているリーマスに彼女から取り返した杖を渡した。

「貴様、ヴルデモートの使いか?!」
「シリウスやめろ」

そう言ったのはリーマスだった。最初に杖で戦った時も、首を絞められた時も、本気で抵抗しなかったのはおかしいと思ったけれど、今はもっとおかしい。リーマスは返された杖をシリウスに向けた。横でハーマイオニーが小さく悲鳴を上げた。シリウスはリーマスに向かって吠えた。

「やめなどするものか!」
「杖を下げろ、シリウス!君が誰に杖を向けているか、よく見ろ!」

リーマスが低い声でシリウスに対して怒鳴った。どうして自分を殺そうとした相手を庇うような真似をするのか分からない。僕以外の階段に控えたみんなはリーマスの言葉にぐらついて、握った杖が少し下がった。シリウスは杖を構えたままだったけれどリーマスに言われた通り、彼女の方を向いた。

「…モニカ?」

そう呼ばれた女の人はシリウスに向かってにっこりした。今までの事が嘘のような優しさと愛おしさに溢れた微笑み方だった。シリウスは杖を下げた。そして、彼女の所まで歩みよると、突然彼女を抱きしめた。初めは横に垂れたままだった彼女の腕も、しばらくしてそっとシリウスの背中に回った。状況が飲み込めない僕達を尻目にリーマスだけは満足げな表情を浮かべていた。


今だけは、言葉を捨てて


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